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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
星々の祝福

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再会

「ルネの痕跡、ありません」


 ノエルロードの部下オリガが、セキノの消えた路地裏の現場でルネ検出機を手に、うろうろと周辺をさまよっている。もう一人のニレも範囲を広げて捜索を試みているが、検出機からはなんの反応もない。

 ネオンの届かない路地裏ではあるが、街灯がないわけではなく月の光も明るい。人通りもあるし全く人目につかない状況ではない。しかし、聞き込みをしても、セキノの姿を見た人はいるが男の姿を見た人はいなかった。


 お手上げだ。二酸化炭素を今世紀最大に吐き出して天を仰ぐしかない。すると煌々と輝く月ではあったが、周りにはうっすらと雲が陰ってきた。

 同じように空を見ていたヤッタがぼそりと呟いた。


「雲、出てきたね」

「うん」


 ネオンの輝く夜ならではの、暗闇の中でもはっきりと姿のわかる灰色の雲を見上げた。


「雲が月を隠したら波動が消えるよ」

「え……あっ」


 そうか。雲が月を隠すことで月の光が消える。つまり、月の波動が地上まで届かなくなる。そうすれば、今まで月の波動に消されていたルネの痕跡が確認できるかもしれない。例えうっすらとしか雲がかからなかったとしても、波動が薄れることには違いはない。ルネを検出する可能性はある。


「あ~」


 ヤッタが声を上げた。


「でもまた雲がどっかいっちゃいそ……」

「手を貸しましょうか」


 背後から聞こえてきた言葉に音速で振り返った。気配がなかったことに、存在に気がつかなかったことに、血の気が引いて背筋が泡立つ。


「そう警戒しなくても大丈夫ですよ」


 立っていたのは、いつぞやの飲み屋でヤッタの羽を欲しがったあの男だった。その背の高さと声からすぐにわかったのだが、相変わらずの威圧感と驚きに口からはすぐに言葉が出てこなかった。


「先日の御礼がしたい。盗み聞きは申し訳なかったですが、雲で月を隠せばいいのでしょうか」


 空を見上げながら男が言う。


「え、いや、あなたは……」

「先日は羽をありがとう」


 月明かりを背後にして、枯れた黄金の髪が風に揺れ、金色の瞳がわずかに薄められる。私は月下のもとたたずむ男を見て目を見開いて確信した。この人は私と同じ長命の人種だ。それだけでなにかしらの同胞に抱く情念のようなものを感じた。


「どうしてここに」


 震える声を制して問いかける。


「滞在場所が近くで。なにか騒がしいから見に来ただけです」

「嘘っぽいです」

「この際嘘だってかまわないでしょう」


 男が空を見上げた。手元には以前ヤッタが自ら引きちぎった羽がひとつ握られていた。その羽がわずかに光を帯びたと思ったその時だった。

 一転にわかに掻き曇り、厚く灰色の雲が空一面を覆い尽くし月の光を遮断した。私だけではなくヤッタまでもが目を見開く。


 この男、ヤッタの羽でルネの効果を増価させ、一瞬にして雲を呼びよせたのだ。気象を操るルネなんてものに初めて出会った。驚愕に目を見開いていたが、空から地上に視線を戻した時にはすでに男の姿はなかった。

 星外にはバケモノのような人間がいるのだ。私なんかよりもずっと。

 とりあえず今はそれら一切のことを不思議に思っている暇はない。


「くもっ、くもっ」


 私とヤッタ、二人一緒に声を合わせて叫びながら、近くにいたオリガに走り寄り空を指さす。


「へ? 雲ですか」


 オリガとニレが私が差した指につれられて空を見上げる。


「雲が隠れた今しかない~」


 ヤッタが叫ぶ。


「出力最大にしてルネを検知!」

「へっ?」

「早く!」

「は、はいっ」


 私の指示に、ニレとオリガの二人がルネ検出機の出力を最大にする。すぐに反応があったのか両者の口が大きく開く。


「ルネの痕跡確認しました!」

「ネットワークにつないで。固有パターンから前科確認。できますよね」

「できます!」


 ノエルロードがどこかで寝ているので代わりに指示を出す。二人の部下たちはなんの疑問も抱いていないのか、言われた通りに機器をネットワークに繋ぎ、ルネの波動パターンから前科を確認し始める。

 DNA型に記録はなくてもルーンの場合は固有パターンで記録されているはずだ。


「出ました! 前科あり!」


 ニレが叫ぶ。


「ダイス・フェロニゼ。男三十七歳。前科、二年前強盗未遂事件。執行猶予五年」


 ルネの固有パターンが捜査局のネットワークに記録されているということは、以前にもルネを使用して捕まったということだ。


「やつのルネはなんですか」


 ニレのコンピュータをのぞき込む。


「物体転移、一メートル以内だそうです」

「物体転移?」


 思わず口から疑うような声が出た。さきほど彼らは、ダイス・フェロニゼがセキノと共に消えたといっていた。物体転移は人体を転移させることはできない。人体の転移であるならば、空間総転移と記載されるはずだ。


 いや、と画面から顔を上げて考え込む。

 正確に言えば物体転移は人体の転移に適していない、というだけだ。やってできないことはない。空間総転移とは亜空間を移動するルネであり主に人の移動に使われるルネだ。かたや物体転移は亜空間を利用せず、物体を瞬間的に原子レベルに分解して高速で移動させるルネで、生きていないもの、岩とか水とかを移動させるのに使うもので、原子レベルに分解させるだけあって、生体に使うには負担が強すぎる。


 しかし、無理矢理物体転移を人体に使ったとして、データベースの記載が本当ならば移動距離はせいぜい一メートルだ。それだけの距離ならこれだけ探して見あたらない訳がない。

 どういうことだ。焦りを感じて無意識に胸元を掴んだ。


「むぎゅ」


 懐に入っていたヤッタが苦しげな声を上げた。見ると私の手がヤッタの頭を掴んでいた。


「アンスルちゃん痛い。ヤッタは苦しい。ヤタガラス虐待案件でワカメに言うよ」

「あ、ごめん、ヤッタちゃん。完全に一体化してているの忘れてた。ワカメには別に言ってもいいです」

「言わないよ。ボエ~」


 手を離すとヤッタがぷるぷると羽を震わせた。


「物体転移だって?」


 今までの話を聞いていたらしいヤッタが、懐から首を伸ばして画面に見入った。


「なに書いてるのかわかんない」


 まったく場違いだが、ヤッタも大人になったなと感慨に浸った。少し前まではこんなところでこうやって凶悪犯の捜査に加わることなんてなかったはずだ。

 ヤッタも大人になった。大人に……。


「あ」


 思わず素頓狂な声が出た。


「どうしたの、アンスルちゃん」


 ヤッタが私を見上げた。


「進化」


 ぽろりと言葉がこぼれ落ちた。


「え」

「ルネって、進化したりします? その、効果とか長さとか強さとかそういった」

「進化? するよ。がんばって訓練すれば、線香花火程度の火炎系ルネがチャッカマンになったりするよ」

「それだ」


 私は指を立ててオリガとニレを振り返った。


「あいつ、クズさ加減もルネも進化してるんだ」

「え、一体どういう……」

「二年前に物体転移一メートル以内と言うことは、血の滲む努力をすれば、物体転移百メートルくらいにはれないこともないはず」


 二人が顔を見合わせる。


「ということは……」

「本部に連絡、応援を要請! まだ遠くには行っていないはず。ルネ封じの手錠は用意していますか」

「はいっ!」


 本当に理解できているのかわからないが、二人とも腰に下げていた黒光りする手錠を空高く掲げた。

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