大月
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惑星カイトスの衛星、大月、赤月、時月、喜月が空に浮かんでいる。今日の月は一段と綺麗だ。赤月は朝に見るよりも夜の方が明るくはっきりと発光しているので綺麗だといつも思う。しかし赤月自体は綺麗なのだが、赤月の光る時間は街全体がうっすらと赤く照らされて、多少不気味ではある。
もともと同じ星だった月たちが、こうして様々な色に発光している理由はよくわかっていない。
様々な人が行き交うウリュウの繁華街はとてもにぎやかだ。赤月の光をかき消すほど明るい色とりどりのネオンに誘われた人々が店の中へと消えていく。夜十時を過ぎてはいるが、この街が寝る気配はない。
その中をノエルロード隊の面々が張り込み調査をしている。ノエルロード、私、ヤッタ、そして部下のオリガとニレの二名がワゴン車の中で犯人の動きを待つ。
囮になる女性警官は、先日コーヒーとおいしいお菓子を運んできてくれた女性でセキノと言った。彼女は動物好きでヤッタを通じて私とも仲良くなった。暇を見つけてはヤッタを抱っこして頭を撫でてくれたので、ヤッタもすっかり彼女になついてしまった。
持ち場につく直前にセキノと話をしたのだが、彼女はノエルロード隊長を信じているので、全く怖くはないと言った。だが、そう言ってヤッタを撫でるその手は震えていた。まだ二十歳そこそこの若い女だ。怖くないはずがない。
いやな任務だな。彼女にとってもそうだが、なによりその親にとって。私は震えるセキノの手から目をそらして、空き缶の転がる路上を見下ろした。
ヤッタは興奮しているのか目がらんらんとしており、いくら寝てていいと言っても寝ようとはしない。
「すごい! 街がまぶしい!」
「子ガラスちゃん、おとなしくしてくれよ。張り込み中なんだから」
「はーい」
小声で返事をして、ヤッタは窓にかかったカーテンの隙間から外を眺めた。大きな瞳にピンク色のネオンがキラキラと反射している。
情報端末を取り出して、改めて犯人の情報を眺めた。改めて確認するとこの賞金首、だいたいの犯行周期が決まっているらしく、ほぼ四週間か八週間ごとの犯行だ。およそ一か月に一回か、と呟いた私に反応してノエルロードが画面をのぞき込み、犯行周期のところを指さす。
「そうそう、四週間周期。未遂で終わってる時もあるけどな。こいつな、全て大月が満月の時の犯行なんだ。だから、犯人が動くなら今日。満月に興奮する奴がいるっていうけど、そういう類のやつなのかな。狼男ってやつ」
「えー? 大月が満月のとき?」
外を見ていたヤッタが振り返り大きな声を上げた。ノエルロードが唇に人差し指を当てて、座席の背もたれから背中を浮かす。
「しーっ。だから、声がでかいって。てか、そんなに驚く事なのか?」
「だって満月でしょ。そういうことは早く言ってよワカメ。ヤッタはまんまとルネ使って危ない橋を渡っちゃうとこだったじゃない。これだから人間は信用できないよね。怪しんでたアンスルちゃんは正しい! は~、ワカメクワバラクワバラ」
ヤッタがボエーと機嫌の悪い声を上げた。言っている意味が分からなくて、その場にいた全員も首を傾げた。
「どゆこと?」
ワカメが頭を傾げると、しばらく切っていないだろうワカメ髪がさわさわと揺れた。
「犯人、ルネ使えるから大月が満月の夜にしたんじゃないの」
それぞれが顔を見合わせた。いよいよ意味がわからなくて、膝上のヤッタに問いかける。
「満月とルネになにか関係があるということ?」
「え? えっと、うーん」
ヤッタが困った顔をして私を見上げる。言いたいことはあるのだが、うまく伝えられるかどうか不安なときの表情だ。
「ゆっくりでいいから、ヤッタちゃんの言葉で教えて」
「うん」
ヤッタが頷いて体ごと私の方を向き、翼を広げて大きくジェスチャーをする。
「えっとね、犯人が満月の夜に悪いことするのは、大月の波長のせいじゃないかなって思うの」
「大月の波長?」
「ヤッタのとこ、大月の満ち欠けによって、体調の変化する子がいたよ」
ヤッタのとこというのは、ヤタガラスの仲間のことだろう。ヤッタの話に私は無言で頷いた。
ヤタガラスの中には、月の満ち欠けによって体調が変化する個体がいるということか。それは人間でもたまに聞く。女性の月経も月に影響されるというし、出産が多いのも大月が満月の日だ。交通事故が多いというのもそういう類の話だろう。満潮も月の作用であるように、衛星の中でも特に大きな大月は惑星カイトスの生命に常に大きな影響を与えているのだ。
ヤッタが話を続ける。
「人間の世界はどうか知らないけれど、ヤッタたちとか大鵬の間では、月たちとルネはとても深い関係があると言われているよ。ルネは星々の力を借りて使う力でしょ。だから、カイトスにいてルネを使うとき、一番近い星である月たちの影響をとても強く受けるんだ」
似たような話を祖母から聞いたことがある気がして、こめかみを押さえた。確か祖母は言っていた。ルネは宇宙にある星のエネルギーを力の源としているのだと。人間の中から発するものではなく、生まれ持った星の影響を受けてルネは発現するのだと。
けれども、月の影響を受けるというのは初耳だった。しかし、考えてみれば、星のエネルギーがルネの源となっているのなら、月の影響受けるのも当然だろう。
私には理解できる話だったが、純粋な惑星カイトス人であるノエルロードたちは一から十まで初耳だったらしい。目をぱちくりさせながら半信半疑といった様子だ。
惑星カイトスでは神の御使いといわれ、惑星カヅキでは神話の時代に王でもあったと言われ、数千年生きるというヤタガラスの言ったことだ。根拠のない話ではないはずだ。
「それでね、月の満ち欠けによって体調の変化するヒトって、月の満ち欠けがルネの波長と同調することがよくあるんだ」
ルネの波長は声紋と同じようなもので、個人特有のものだ。ルネの波動の痕跡から、使用者の特定もできる。つまり。
「つまり?」
ノエルロードが身を乗り出す。
「いちばん大きな月……えと、大月、それが満月になったときの月の波動に、そのヒト特有のルネの波動が重なりあって、ルネの痕跡が消えることがあるよ。えっと、うーん……、消えるというか、消されるというか、見えなくなると言うか。星の波動には、なんだってかなわないからね。ヤッタのぱぱがそうだったんだー。それで、よくままに内緒で満月の夜に家を抜け出して女の人のとこに行って、でも結局ばれてそのあとままにつつかれてたたワハハ」
車の中にヤッタの笑い声だけが響く。
背筋に冷たいものが走った。隣にいるノエルロードの顔を見てから、後部座席にいる彼の部下たちの顔を見る。彼らの顔は誰も一様に真っ青だ。
窓から空を見上げた。地上のネオンに負けることなく、真黒い夜空に大月が誰よりもその存在を主張し堂々と浮かんでいる。
ヤッタの話が真実だとすると非常にまずい。
「セキノを一人にしては駄目だ!」
叫ぶが早いか、車から飛びだそうとヤッタを片手に抱いて助手席のドアに手をかけた。
「あっ!」
後部座席にいたオリガが声を上げる。
「どうした」
「セキノに動きが……あ」
ニレも画面に見入ったまま、目を大きく見開く。
「男が近づいてきて、き、消えました……」
「なんだと」
ノエルロードが振り返り驚愕の声を上げる。
「消えた!? まさか空間転移か! バカな」
「そんな大がかりなルネなら、検出機にひっかからないはずが」
「だからぁ!」
いけないことだと思いながらも、言い掛けた言葉を大声で遮る。ニレがびくりと身を震わせた。どう思われようと、今はとにかくセキノの安全を確保しなくてはならない。
「大月と同調してるからごまかせたのでしょう!」
「あ、そ、そっか」
二人とも混乱しているようだ。隊長であるノエルロードも振り返った姿勢のまま銅像のように動かない。彼らを置いて私は車から飛び出した。
「その男のことを調べて! ほかは現場に急いでルネの痕跡を探しましょう。満月とはいえ、直後ならまだ残っている可能性だってあるはずだ。早く!」
乱暴な言葉で檄を飛ばす。はっとしたように顔を上げて、慌ててオリガとニレの二人が機器を片手に車から降りてきた。しかし、ノエルロードの動きは鈍い。震える手でドアを開けると、足に力が入っていないのか、運転席から転がり落ちてコンクリートに転がった。
「まさか、そんな」
ノエルロードが独り言を呟いた。顔面は蒼白でなにを掴もうとしているのか、虚空をさまよう手は震えている。
怖いのか?
地べたにはいつくばるノエルロードを見下ろした。これじゃあ足手まといになるだろうし、置いていくのがいいだろう。私は片腕に止まっているヤッタに視線を落とした。
「ヤッタちゃんはここに……」
「イヤだ。ヤッタも一緒にいく。セキノンはヤッタに好物のヨーグルト味のウエハースくれた。ヤッタの頭も撫でてくれたんだ」
ヤッタが頑固なのは私が人一倍わかっている。ここで説得に時間をとるのは無駄だ。
「わかった。でも絶対に私からは離れないで」
「うん!」
ヤッタが力強く頷いて懐に飛び込んできた。私は地面にはいつくばり震えているノエルロードにちらりと視線を送っただけで、二人の後を追いかけて走り出した。




