ただ寝ているだけの人間と働くカラス
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監視という形をとられているため家にも戻れず、あれから一週間、私はかつて接客室として使用されていて、今は使われてはいない部屋での生活を余儀なくされていた。狭い部屋ではあるが、市民の税金で建てられた部屋であるからかなかなか快適だった。
しかしながら、一日中ごろごろともしてられない。まず初日に賞金首情報のコードネームからヤタノカガミを発動してみたのだが、コードネームでは無理だという大方の予想通り、案の定なにも写らなかった。同様に犯罪履歴からでも無理なことがわかった。
捜査官たちの冷たい視線が突き刺さる。
既にこの馬の骨とカラスは役に立たないという雰囲気がチームの中に漂っているのをひしひしと感じた。こんなふわっとした情報でわかるわけないだろうが。だが、役に立たないならそれはそれで幸いだ。ならばとっとと解放すればいい。義理もなにもないこのチームに貢献したいという気持ちは微塵もない。それでも、彼らは監視のために私とヤッタを拘束し続けた。
表向き捜査に協力といっても捜査自体は本職の捜査官がやっているし、捜査局からの要請で協力している以上、特別捜査官の方を休んでも基本の給料は出してくれるというし、その上三食昼寝付き。積極的にする事といったら洗濯くらいだ。
そういった自分が今なにをしているのかわからなくなる程度には、自堕落な生活が送ることができた。ただ、常に誰か捜査官が傍にいなくてはいけないため、自由に外には出歩けない。何十年物か分からない二層式の洗濯機を回しながら、今日は何をしようかと思考を巡らす。
あらゆる可能性からヤタノカガミを試している以外は、日中はほとんどノエルロードの執務室のソファで寝ているか、部下たちの部屋の応接間で昼寝をしているかのどちらかだった。仮住まいで寝ないのは一応は出勤しているという姿勢を見せるためだったが、ただ寝ているだけなので、わりと冷たい目で見られることに最近気が付いた。やはり寝るなら自室でと今更気がつく。
捜査に協力ってなんだろうと、脳味噌が溶けかけたときに、ノエルロードが一枚の紙を持ってやってきた。現場に残された犯人の痕跡から解読されたDNAが書かれた紙だった。
DNAを頼りに、ヤタノカガミで犯人の姿を投射しようというのだ。初の試みだった。やってみる可能性はある。いつも通り例え映ったとしても五秒、いや三秒が限界だとヤッタとノエルロードの両者にきつく言い聞かせた。相手がルネを使えないとはいえ、長いこと捜査局に捕まらない凶悪犯ということはただの人間ではないはずで、なにが起こるかわからない。
えんき……ATGCCTTA……デオ……キシリ……ボ……なにこの手書きの……え、図形とかなにこれ、カクカク……渡された紙に書いてある文字をたどたどしく読んで、ヤッタが無の表情で私の顔を見上げた。
「ワカメはこれでヤッタにどうしろって言うの」
「これでがんばってほしい」
「今のヤッタちゃんにできる範囲でいい。やってみてくれないだろうか」
ワカメのとんちんかんな言葉に今まで以上に困惑していたヤッタだったが、アンスルちゃんの頼みなら出来る限りのことはしてみると言い、ルネを発動させてくれた。
ヤッタの前に表面が波打つ鏡が出現する。ノエルロードが喉を鳴らし、今度こそはと呟いたそのとき、ゆらゆらと揺れる鏡中に男の後ろ姿が見えた。
おお、とその場にいた部下たちも声を上げた。だがはっきりとは映らない。周りに見える風景から察するに、ウリュウの繁華街だろうか。
「はい、三秒」
ぱんと手を叩くとヤッタがびくりと肩を震わせて、ふっと鏡が消えた。鏡を覗き込んでいたノエルロード以下一同が、あーという声を共に一斉に溜息をつく。やはりDNA型だけでは無理がある。名前と顔が分からないと投射するのは難しい。
三秒間で記録した男の姿を見てみたが、全体的にぼやけてはいる上に後ろ姿ということもあり、大きな手掛かりとはならなかった。もう一回だけ、というノエルロードの泣きの一回により、時間を置いてもう三秒だけヤタノカガミを発動させてみたものの、やはり結果は同じだった。
「疲れた。名前も顔も分からない状態で探るのって、すごく疲れる」
心なしかげっそりした顔をして、ヤッタがお気に入りの場所である私の頭の上に鎮座した。相手がどんなであれ、もともとルネを使うのは疲れることなのだ。特に精神力を摩耗する。ルネを使えない人間は、それがただの魔法だと思っているらしいがそれは違う。使いすぎると体にまで不調が現れる。これ以上ルネを使わせるのは精神的にも体力的にも負担がかかりすぎる。
結局、ヤッタが投影した後ろ姿を頼りに、張り込み捜査をすることとなった。夜間、事件の起こった現場付近に女性の捜査員を配置するとの説明に眉を顰めた。
「危険すぎやしませんか。いくら捜査官でも」
相手は何人も女性を殺しているのだ。
「それしか方法はないだろう。男が姿を現したら一斉に確保に動く」
ノエルロードは執務室に部下を集めて、捜査の段取りを話し合った。そこに私とヤッタも加わる。
「みんなが集まったところで、改めて紹介する。もう知っている通り、こいつが噂のヤタガラスの子とその保護者のカヅキアンスールだ。この子ガラスちゃんの力で、それとなく犯人の後ろ姿は判明した。彼らにはこちらが監視しつつ、捜査に協力して貰うということだが、このふたりの監視の方はまあ、もういい。先日、また実体のない天からの光の槍による殺人事件があった」
「はっ?」重要なことをさらりと言ってのけた男を勢いよく見上げた。「初耳ですが」
「うん。アンタには今初めて言った」
「どうして教えてくれなかったんですか」
「言ったらもう捜査にも協力する必要ないって言われると思ったからよ」
そりゃあそうだ。私のアリバイが証明されて、監視する必要がなくなったのだから、ここにいる必要もない。私としては(ウエハース買収があるにしろ)、監視されついでに協力するという認識だったのだ。
どうやら事件は日中、私がノエルロードの部下たちのいる部屋の応接間で、ヤッタとともに寝ていたときに起こったらしい。そこにいた部下たち全員で、鼻の穴にこよりを差し込むことで私が完全に寝ていたことを確認して、晴れて身の潔白が証明されたのだ。
「ま、最後まで一緒にやろうや。みんなもそのつもりだし、な?」
ノエルロードが馴れ馴れしく肩を抱いた。それを見た彼女の頭上のヤッタが、すぐ横にあるノエルロードの頬を鋭いくちばしで一突きする。
「アンスルちゃんに触るな、ワカメ!」
いてぇ、と叫んで床に転がりもんどりをうつ男に飛びかかり、執拗に攻撃を仕掛けるヤッタを慌てて引き剥がした。
「相変わらずいい突きしてんな、子ガラスちゃんは」
頬をさすりながらノエルロードが歯を見せて笑う。どうやら彼はヤッタが怒ることをわかってやっていて、それを楽しんでいるようだ。マゾヒストか。こんな上司を持って苦労するだろうなと思い部下の様子を見るたのだが、彼らは上司の奇行に慣れているのか、生暖かい目をして上司を眺めているばかりだった。
かくして、満を持しての一斉捜査に私とヤッタちゃんも加わることとなったのだった。




