追走
「監視塔からだ。私は行きます。人間のお医者さんこの子お願いします」
「分かった、気をつけて」
リアが子供をあやすかのように私を抱いて背中をトントンと叩く。女性ならではの仕草に少しだけ心が安らぎほっと息をついた。
そして直後に私はイセザキにヒナを受け渡し、すぐさま診察室を飛び出した。
「アンスール、今どこだ。出動するぞ」
「西棟にいました。今そちらに向かってます」
通信端末に隊長からの連絡が入る。走りながらそれに答えつつ、階段をかけ上り隣の中央棟に急ぐ。
「遅い!」
「申し訳ありません」
蹴破るようにして執務室のドアを開くと、すでに準備を終えた隊長がライフルを片手にこちらを睨んだ。謝罪もそこそこに自身のロッカーを開けた。
「第十一保護区A135J2地点ですね」
「ああ。ほかの奴らは既に車両庫に向かっている」
「あそこ、天馬とか大鵬とかヤタガラスといった、超貴重種の重要繁殖地じゃないですか」
先ほどまで胸に抱いていたヒナのぬくもりを思い出して、思わず唇を噛んだ。
「やつらの狙いはそいつらだろうな」
隊長に続いて私も拳銃とサーベルを腰にぶら下げ、さらに自動小銃を抱えて執務室から車両庫に向かう。緊急出動は今週に入り既に二度目だ。なにも珍しいことではない。ここ、国指定の自然保護区にあっては。自然動物や自然植物そういった資源の豊富なこの場所は、密猟者や不法採取者にとっては命を懸ける程度には価値のある垂涎モノの宝の楽園なのだ。
「相手は武装している。我々が出動することを見越してのことだろうな」
「こちらと争ってでも、希少種たちが欲しいと」
「闇ルートではそれはそれは高く売れるからな」
バカだな。自然保護区に無断で汚い足を踏み入れた不法者たちを思うと笑わざるをえない。私の出勤日にご登場とは。むざむざと殺されに来たようなものだ。
「いくらお金があっても命あってこそなのに」
「すでに殺す気だな、お前は」
「まさか」
私の嘘を見抜いてシキが諦めを含んだため息をついた。
「ところで」車両庫についたところで、隊長がこちらを振り返った「また動物の医務室に行っていたのか」
「はい。今日は人が足りてないとかで、ヒナにご飯あげてきました」
「それはいいんだが情を移すなよ。さよならする時に辛くなる」
「分かってますよ」
心配しなくても必要以上に相手に情を移すことはしない。いつかは離れていくものに心を動かしたりはしない。
先に出動の準備をしていた隊の仲間と合流し装甲車に乗り込む。一号車には私とシキ隊長を含め五名の隊員が乗り込み先頭を走り、二号車三号車がそれに続く。
国立公園自然保護管理院の所有する装甲車は軍隊から払い下げたものだ。
この国立公園自然保護区域は、数多くの希少な動物たちが生息することで知られている。その中でも特に希少とされているのが我々人間とも共通の言語で意思疎通を図ることのできる、月兎、陽象、天馬の三聖獣。そして、ヤタガラス、大鵬、鳳凰の三大神鳥だ。特に三大神鳥は惑星カイトスの中でもここにしか生息しない。
乱獲や密猟などによって数を減らしてきた三大神鳥を始め、数々の希少な動物たちが絶滅の危機にあることに憂慮し、以前より自然保護区域であったこの場所が、五十年前より国指定の特別保護区域となった。
特別区域となったことで、この区域での動物の捕獲は種類問わず全面的に禁止されるようになり、違反者には罰則が設けられることとなった。しかし、希少動物は今でも裏社会で高額取引がされており、中でも星外への輸出になると星内の数倍は値段が跳ね上がる。そのため今でも密猟者は減らない。
貴重な種を密猟などで星外に出されたらこの国の、なによりこの惑星カイトスの恥だ。そこで惑星カイトスの主要国からなる国際会議により、この区域に密猟者を監視する組織として自然保安官を配置された。保安官はこの自然保護区域を守るための戦闘に特化した集団で、武器を所有し密猟者と戦う。さらには密猟者への攻撃が合法的に容認さたうえに特権が与えられた。それは、保安官はこの保護区内の密猟者に限り、戦闘の際もしくは密猟発見の際等、殺害することになったとしても罪には問ず、ということだった。この地で活動する保安官は国やカイトスによって法律的に守られているのだ。
つまり我々は自然保護官などという柔らかい名称を使っているがそれは名ばかりで、実質は密猟者の抹殺機関だ。自然保護はとりあえず横に置いておいて、悪質な密猟者の取り締まりを行っている。一応野生生物の保護は専属の獣医師を置いてはいるがメインではなく、冠しているはずの自然保護の部分は他の機関にまかせているのが現状だ。
「密猟車は二台で逃走。どうやら大鵬を狙っていたらしい」
私は装甲車に揺られながら腰にぶら下げたサーベルの柄を握りしめた。
相手はこちらと戦闘行動に入ることを覚悟の上で、この区域に入り込み狼藉を働いている。つまり、殺されることまでも覚悟の上、ということだ。
「密猟者捕捉しました。ただ一台だけです」
保護区域内を少し走ったところで操縦手が声を上げた。保護区域は広大だ。だが監視塔からの厳しい監視と保安官の迅速な行動により、敵を捕捉するのはそう難しいことではない。
「別々に逃げたみたいですね」
「軽装甲機動車か。どこから手に入れたんだか」
「軍から払い下げたんでしょうか」
「なんで軍が密猟者に払い下げるんだよ。警察から奪ったんじゃねぇの。警察も払い下げの使ってるし。さすがに軍からは強奪できないだろうけど、警察程度ならなんとかなりそうだろ。あいつら一応そこそこの武器は持ってるし」
「わざわざ追跡しやすい荒野を走るとは、なにか理由があるのかな」
装甲車の天井ハッチを開いて、代わる代わる頭を出して逃走する密猟車の尻を眺めつつ、口々に好き勝手なことを言い始める。シキ隊長の率いる小隊はみんな口は悪いが腕はいい。自分で言うのもなんだが、この車両に乗っている分隊はその中でも特に腕がよく、狙撃手であるサフアン分隊長含め5名の保安官からなる。後続の車両等全体の指揮官である小隊長のシキを含めて、この第一装甲車に乗り込んでいるのは6名。
隊員のおしゃべりに苦笑しながら、シキが天井ハッチに向かって叫ぶ。
「あんまり頭を出すともぐら叩きにあうぞ」
「もう少し近づいてあっちも顔を出せば、頭を狙えますが」
シキ隊長の言葉を無視して私も天井から頭を出し、自動小銃の銃口を前方の車両に向けた。
「とりあえず逃げることに必死だろうから、そう簡単に頭は出してくれないだろうなぁ」
「周りに動物などは見あたりませんから、威嚇射撃でもしますか」
射撃手のリコ二等官が走行音に負けないくらいの大声でシキに問いかける。
「そうだな。すでに動物を捕まえている可能性があるから直撃はさせるなよ。あいつらを殺しても罪にはならないが、保護動物を殺したら大変なことになる」
「じゃ、失礼して、当たらない程度に狙わせていただきます」
砲筒から発射された弾丸が、超高速で逃げる車両の側面すれすれに着弾する。衝撃によって車両はわずかに蛇行したものの、スピードを緩める様子はない。むしろ加速したようだ。
往生際の悪い相手にリコが舌打ちをする。
多少のリスクは伴うが車輪を打ち抜こうか。シキがそう言い終わった瞬間に、開いたままだった天井のハッチから突然影が落ちた。反射的に空を見上げたそこに広がっていたのは、空一面の巨大な鳥の群だった。




