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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
星々の祝福

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39/65

「ね、それはあなたの問題で、私の問題ではないでしょう」

 ほとんどといって良いほど争いのなかった惑星カヅキの話を聞かされて育ったオリンは、きっと純粋だったのだ。

 狭い惑星カイトスの中で人々が争っていることがどうにも理解できなかった。

 国家によって理不尽に捕らえられ拷問を受ける民を放っておけなかった。自分に忠誠を誓わないからと他民族を処刑する独裁者に怒りを覚えた。自国の領土を広げるために他国の人間を殺戮する人間を許しておけなかった。自分よりも劣っていると、言葉が通じないだけの異種生物を虐待して殺す人間がなぜ安穏と生きているのか理解に苦しんだ。これは正しい世界なのだろうか。かつて祖先が自らの星を壊してまで守ろうとした星の生き物がこんな醜悪な肉の塊だったとは。


 惑星カヅキの人々は選択をあやまったのだ。

 カイトスは滅ぶべきだった。だからこそ、ニビルはカイトスを選んで進んで来たのではないか。だが、過去は変えられない。ならばいっそのこと、全て世界は滅んでしまえばいいとすら思った。


 それと同時にオリンは自らの行動に疑問を感じて、救いを求めた。これでは私がもっとも嫌った、他民族を迫害し相成れなければ殺したこの星の独裁者と変わらないではないか。 

 やはり最初から関与すべきではなかったのだ、この星の人間とは。お節介がすぎたのだ。


 だが、かつてカヅキの人々がしたように、侵略され滅ぼされようとしている星を守ることに、この星の中でも迫害を受けて苦しむ生命を救おうとするわずかながらの国や人と重なった。誰がそれを非難できよう。それでも、後の世界では、放っておくことができたやつが賢いとされるのだろうか。 


 誰か私を止めてくれる人がいるならば。オリンの母は同じカヅキの人間で、娘の行動を哀しみさえすれ疑問は持たない。ともすれば肯定さえするだろう。誰か、自分の行動に正しく疑問や疑念を呈してくれる人がいてくれるならば。願いは願いで終わり、彼女の虐殺はとまらない。

 オリンは自分を制御できない。そして自分を制御するための人間を求めた。つまり、子どもを作るしかないのだと。

 そこで同じく惑星カヅキより移住してきた生命で、恒龍人種と呼ばれる長命種の間に子供を作ることにした。


 恒龍人種は一見オリンと変わらない形をしているが、人間より心も体が強く圧倒的に長く生きる。恒龍人種とは異種間であるため、子供をなすことはできるができた子供に生殖能力はない。それはオリンにとって最も求めるべき条件だった。そしてオリンは身ごもった。

 自らを制する存在をつくるため、そしてこの代でシステムの継承を終わらせるために、最後のカヅキの血を引くことになる子どもを。


「ということで、私は子どもを成し得ません。つまり、私を制御できる人間を作ることはできません。システムを使える人間も私が最後です。母がそれを望み、自らの子宮を使い願望を達成したんです」

「すげぇ……母さんだったんだな。お前、よくひねくれもせずここまで育ったな」

「ははは。私の母はある意味立派な人でしたよ」


 私の言葉に返すことが見つからなかったようで、ノエルロードはあんぐりと口を開けたまま押し黙った。外から鳥の声が聞こえてくる程度に静かな室内だった。


「そして私は母と似たようなことをしてしまっています。あの世の母が聞いたら嘆くでしょうか、よくやったと褒めてくれるでしょうか」

「アンタが殺しているのは犯罪者だ。殺したいから殺しているとは違うだろ」

「似たようなもんですよ」

「似てはいない」


 ノエルロードが少しだけ不機嫌な声を出した。改めて思う、彼は優しいと。どうしてこんな仕事をしているんだろうと思う程度に。


「今でも覚えていることがあって」


 真白い天井を見上げて記憶の引き出しを開ける。これは夢の話ではなく確かなことで忘れようもない。


「娘の私が長命になって、あなたは一安心でまぁいいとして、私はその後どうなるんですか、誰もが死んでいく中で、子をなすこともできない私は。と聞いたことがあったんです。母、オリンに」

「うん」


 コーヒーカップに延ばしかけた手を止めてノエルロードが頷く。


「そうしたら、すごく不思議な顔をされたんです」


 今でもありありと思い出す。あのときのまるで罪を知らないような純真無垢な母の顔を。汚れ一つない白い麻布の服に身を包み、少女のように首を傾げる母の姿を。


「それはあなたの問題で、私の問題ではないわ」


 たんぽぽの綿毛が微笑したら、こんな感じなのだろうなと漠然と思ったことを覚えている。なんの悪気もない人間はある意味とても害悪だ。ふとそんな言葉が脳裏に浮かび上がる。


 ノエルロードが口を開いたままひゅっと喉の奥から声を発した。それからしばらくその口から音が発せられることはなかった。

 沈黙ののち、私は深く息を吐き出し、そのときの状況を脳に再現しようとしてまた瞼を閉じた。


 風の強い夜。がたがたと揺れる窓。身を隠すようにして生きていたので、当時のカイトスの標準的な生活レベルからも相当低い、全く持って質素な家だった。天井からぶら下がるうす暗い電球。電球の暗さを補助するために焚かれた壁際のキャンドル。キャンドルからは甘い香りがしたので、もしかすると明かりの補助的なものではなく、単に母の趣味だったのかもしれない。雨が近いのか湿った木のにおいが甘い香りと交じり合う。座る度に不満げに音をたてる木製の椅子に、同じく頬杖をつく度に非難の音を発する木製のテーブル。熱いお茶を入れたカップを置いていたせいか、テーブルにはカップの底と同じ大きさの染みがいたるところについていた。染みを避けて指先で木目をそっと撫でる。その正面には薄く笑みをたたえた母の顔。


 どこへ行ったのか近くに祖母はいない。もう寝たのかもしれない。


「ね、それはあなたの問題で、私の問題ではないでしょう」


 オウムのように反芻して母が頷いた。その通りだと私も頷いた。だが、産んだあなたの問題はどうなんだ。そうは思ったがおそらくなにを言ってもどうにもならないことが瞬時にわかったので、私は曖昧に頷いただけで、ぬるくなった緑茶を喉に流し込んで自室に引き上げた。


 歩く度に床がいつもよりも大きくぎしぎしと音を立てていた。

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