ヤタノカガミ
ここはマウントをとっておくべきだろう。
「ありがと! 俺としてはアンタに監視なんてつけたくない。でも、上の連中は監視をつけろとうるさい。しかし、実際のところ、俺のとこでは今進めている捜査が大詰めを迎えていて、限りなく白に近い人間に監視をつけるだけ人的余裕がない。ということで、一緒に捜査をすれば一石二鳥だろ? 監視も出来るし、アンタの力を借りることができる。仮にだ。一緒に捜査している最中にまたアンタがいない所で光の槍で殺人があったりしたらどうだ。アリバイ成立、身の潔白を改めて証明できる。二人とも万々歳。そう言って上の人間にはアンタを監視しつつ捜査に加える許可をもらった」
「私が協力すると言っていないのに、勝手にですか」
怒るよりも呆れた。その様子に気がついたのか、ノエルロードはかさかさとゴキブリのように四足で床を這って、私の足元に近づいた。うひゃあ、と叫んでヤッタが一メートルほどその場で跳び上がる。
「お願いします! どうやって一か月に十人もの賞金首を捕まえたのか、コツを教えて!」
なおも足に縋りついて教えを請う。仕事のためにはプライドを殴り捨てる。それは立派な姿勢だとは思うがしかし、いい年した男がこれでは情けなさすぎる。
いつもはノエルロードが私に近づくと怒るヤッタだったが、今回ばかりは無言だ。食欲をなくしたらしく、道端に吐き捨てられたガムを見る目をしてノエルロードを見下ろしている。食べかけのウエハースが所在なげにテーブルに影を落とす。
「協力するのはいいですけど」
「ホント!?」
満面の笑みを浮かべてぎゅうと強く脚を抱き抱え、あまつさえ頬ずりをしてきた男を蹴り飛ばした。あへぇと声を上げてごろごろ転がり、尻を上げて床に突っ伏す。ヤッタがうひゃひゃあ、と驚きの声を上げた。
「気持ち悪いです」
「アンスルちゃん。ヤッタは初めてワカメが可哀想だと思った」
「本当に協力してくれるの!?」
蹴られたことなどなんのその、ノエルロードはがばりと起き上がり、かさかさと再びこちらににじりよってきて、コアラのように再び脚にすがりつき、期待の籠った眼差しで私を見つめた。
蹴り飛ばす気力も失せて、ただ無表情にノエルロードを見下ろすしかない。
「はい。でも、一か月で十人捕まえるコツは教えられません」
「それは……もしかして、その子ガラスちゃんの星々の祝福のおかげ?」
なんだ。やはり知っていたのか。
肩をすくめて知らないふりをするも、ノエルロードには確信があったようで、縋るような目でヤッタを見つめている。その視線に気がついたヤッタは白目を剥いて一歩後ずさり、ボエーと恐怖の声を上げた。
「ヤッタ、ものすごく物欲しそうな目でワカメに見つめられている……」
「ヤタノカガミ。違うか」
私はヤッタと顔を見合わせた。
「やっぱりそうか。調べたんだ。ヤタガラスのこと」
そこまで知られているのなら仕方がない。ヤッタと私は観念して頷いた。
ヤタノカガミとは知りたい相手の姿を鏡に投影できるルネだ。もちろんリアルタイムなので背景に映り込んだ映像で場所の特定もできる。
しかし、この力は簡単には使うわけにはいかない。プロである捜査官ですら捜査が難航している相手ならなおさらだ。相手は強力なルネを使えて、精神波動レベルだって強いかもしれない。そうすれば、ヤタノカガミを使った際に気づかれて、鏡越しに反撃される恐れだってあるのだ。それは相手がどんなルネが使えるかには関係なく、気づかれて怒りをかった時点で精神攻撃を受けてしまう。そういった点で、ヤタノカガミは諸刃の刃といっていい。
それになによりも、相手の顔と名前がわからなければ姿を投射することは難しい。手がかりさえあれば投射できる可能性はなくはないが、顔と名前が分かっている場合に比べて精度は大幅に下がる。
そう伝えると、ノエルロードはそっかぁ、と意気消沈した様子でその場にへたりこんだ。
「万能ではないんだな」
「ママならそう簡単には反撃されないと思うけど、ヤッタまだ子供だから、ルネも弱いんだ」
ごめんね、ワカメ。とヤッタが首を前に倒し、さほど申し訳なさそうでもなく落としたウエハースをばりばりと食べ始める。
「えっと、じゃあつまり逆にいえば、相手がルネを使えるような奴じゃなければ、反撃されないってことか」
まあそうですねと頷くと、顎に手を当ててノエルロードが呟いた。
「それなら大丈夫かも」
そう言いつつも、目を合わせるでもなく確信が持てなさそうな姿に不安を覚える。
「どういうことですか」
「現場で捜査したんだが、どう探してもルネを使った痕跡がなかったんだ。おそらく相手は特殊能力者じゃない。まるで透明人間のようにいなくなるものだから、ルネを使っているはずだと思ったんだが」
「ルネの痕跡が残るのは、使用後数時間程度と言われていますよね、確か」
ノエルロードが頷く。だが、複数の事件も一時間以内に駆けつけることができたのだが、やはりルネの痕跡はなかったという。
相手がルーンでないとすれば、ヤタノカガミを使ったとしてもリスクは少ないのは確かだ。
「仮に力を貸したとして、賞金首に掛かっている賞金はどうなりますか」
「それはアンタたちの手柄にするさ。俺たちはあくまで協力という形で」
それはおいしい話ではある。
どうする? ウエハースを頬張るヤッタを見る。力を使うのがヤッタである以上、協力するかどうかはこの子次第だ。私としては協力したくはないが、賞金はおいしいところではある。が、ヤッタに危険が及ぶことには、足を突っ込みたくはないのは正直なところだ。
「一応話は聞いておこうよ」
ノエルロードのお願いであるにも関わらず、意外にもヤッタが乗り気だった。これはまんまとウエハースに買収されたとみた。
「ありがとう! 子ガラスちゃん! ウエハースもっとあるよ! 食べて!」
「とりあえず、話だけは聞きます。話だけは」
冷たく言い放つと、かさかさと四つん這いで移動して、いそいそとソファに座りノエルロードは語り始めた。
今回捜査しているのは以前から追っていた連続婦女暴行殺人犯。被害者の体に残った体液などからDNA型が一致したことで、それぞれの犯行が同一犯のものであることが確定されたが、顔や名前はわからない。去年の暮れに多額の賞金首となったはいいが、足が掴めなさすぎるので賞金稼ぎも追いかけない状態だ。全てこの近辺で事件を起こしている。余罪もあるとして捜査中。
そしてさらに賞金首となったのに、先日またこの街で強姦致死事件を起こしたのだ。よほど捕まらない自信があるのだろう。昨年から犯行を続け被害者は今年に入り今回で七人目。総力を上げて捜査しているが犯人の尻尾は未だに掴めず。市民の間では不安も広がっており、捜査局に対する不信感も相当のものだ。若い女が七人も被害にあい半数以上が殺されているのに、犯人の目星すらつかないのだから当然だろう。
ノエルロードから手渡された紙に目を通した。本人の顔写真はない。画像の部分は白紙だ。コードネーム『下衆野郎』賞金額一千七百万イェン。
「このコードネームは警察にしてはなかなかですね。分かりやすいです」
「そうだろう。俺が付けたんだ」
本当にルネが使えないというのであれば、ヤッタにヤタノカガミを使って捜査してもらう手もあるだろう。しかし、ルネが使えない人間がここまで捜査局の目を欺くことができるのだろうか。不安は拭えない。
それでも、ヨーグルト味ウエハースにすっかり気をよくしたヤッタは、私の不安をよそに、協力することを快諾したのだった。




