ワカメの怒り
しばらくしてノエルロードが戻ってきた。
「無理しないのなら帰っていいってよ」
「ありがとうございます」
「ただ、今回のことでとうとう周りにもアンタが衛星システムからの光の槍を放つことがばれちまった。わりぃけど、さすがの俺でも今回のことは誤魔化しきれない。多分、今後なにかしらの事情聴取はあると思う」
「わかりました。むしろ今までばれなかったがのが奇跡なくらいです」
「あのよ」
ヤッタを頭に乗せてベッドから降りた私の腕を、ノエルロードが掴んだ。
「おまえ、いつもこうなの? システムを起動したらぶっ倒れたりすんの?」
今回は久々だったこともあるので倒れたのだが、久々でない時でも身体に影響は出ないのか、と聞かれればそういうわけでもない。体調次第では卒倒したりもする。
「まぁ、たまに」
と適当に言葉を返す。
「保安官やってたときもそうだったわけ? 他人の仕事のことあんま言いたくねぇけどな、それがわかってて、あの隊長はおまえにそのシステム使わせてたってわけ?」
案の定、彼は厳しい表情で詰め寄ってきた。
「システムを使うのは私の意志です。シキ隊長の指示ではありません。と言いますか職場ではほぼ使ってません」
「だろうな。けどな、あいつはおまえに人殺しをさせてたんだろうが」
あまりの剣幕に言葉に詰まった。なにを突然興奮しているのだと言いたかったが、いつものノエルロードと違って至極真面目で茶化せる雰囲気にはなかった。
「その能力を知った上で、その能力がいつ発動するかわからないような、戦場と言ってもいいその状況で、おまえに人殺しをさせていたんだろうが。自分は手を下さずに。おまえがこうやってぶっ倒れるかもしれないのに、おまえをいいように利用していたんだろうが」
「それは」
「俺は!」
私の言葉を遮ってノエルロードが言った。この人にしてはめずらしい、怒鳴るにちかい大きな声に思わず体が硬直した。
「あそこにもどるべきではないと思う」
なぜだろう、心臓が強く脈打った。戻らないと言う選択肢の存在に今まで気づかなかったことに驚いたのだ。それほどまでに私はあの場に依存してしまっていたのか。
「お前はなついているかもしれないが、シキはなんだかんだでお前に殺しをさせているじゃないか。自分は命令するだけで行動しないで、安全な車内で命令だけしてんだろ。おおかた、お前が心配だとか、その能力はお前が悪いわけじゃないから使ってもいいとか言ってさ」
当たってる。なにも言えなくて直立不動のまま相手の言葉を待つ。
「あいつら、あんたとあんたのシステム利用してんだよ」
「まぁ、使ってもいいとは言われていませんが、だいたいそうですね」
「なんだよ。わかっててシキの言いなりになってんのかよ」
でもそれは私が率先してやっていることなのだ、と言いたかったが、脳内のニューロンがいつも以上に複雑に交錯してうまく言葉にできなかった。
シキ隊長たちは動かない。それは、私が動くことを期待しているから。私が動くだろうと思っているから。私が殺してくれることを望んでいるから。自分は殺せないから。でも、殺したいから。誰かが殺してくれればいいと思っている。そう言ってしまったらきっとノエルロードは、やっぱりそうかと彼らに怒りを募らせるだろう。
「シキだけじゃない。あの、なんつったっけ、防御のルネ使う奴、あの、ほら、優男」
「ユイス先輩ですか」
「あ、それ、ユイス。あいつだってホイホイと防御のルネをアンタに施して自分は後ろに引っ込んで、ホイホイとおまえを前線に送り出しているわけだろ」
「あの人は防御のルネを買われて採用されたようなものですから、それは仕方がないことです。喧嘩はからっきしなんです」
「じゃあ他のやつは。ルネを持ってない奴とか、おまえと同等に戦闘要員のやつら」
「私がどうにかなったときに出て来るんじゃないですか」
改めて言われてみると確かに私は馬鹿だ。ぼんやりとノエルロードの背後にある白い壁を眺める。焦点が合わない。壁と自分との距離がうまくつかめない。
「あのな、あいつらわかっててお前に殺しをさせてんなら犯罪だ。密猟では協力関係だが、わかってて殺しをさせてるなら、あいつらとは敵対することになるかもしれない」
「私の意志ですよ。それでいいでしょう」
「よくはない。そうなるように煽った罪ってものがある。それになにより、俺は卑怯な人間が嫌いだ」
「最終的には好みの問題ですか」
そうだ、とノエルロードは頷いた。腕をつかんでいる手に力がこもる。
「自分だけ安全な場所にいて、部下を危険な目に遭わせるようなやつはクズだ。部下が自分で行くと言っても、そこは自分が行って、なおかつ殺さずにことを納めるのができる上司ってもんだ」
「シキ隊長はできない上司なんです」
「じゃあ仕方ねぇな。ってわけあるか!」
ノエルロードの言葉に驚いたのか、ヤッタが頭の上でぴょんと跳ねた。それが原因で思い出したように彼は私の腕から手を離した。
今までの言い合いの最中、ヤッタが怒り出さなかったのが不思議だった。初めて見るノエルロードの逼迫した様子に驚いたからだろうか。頭の上にいるからヤッタの表情を見ることはできないが、まぁおおかた、ぽかーんとしているのだろう。
「今までお前より前に出て戦おうってやついなかったのかよ」
「いましたよ」
私の言葉にノエルロードは意外そうに眼を見開いた。
「いたけど、死にました。ずっと昔です。私が衛星システムを起動させなかったせいで見殺しにしました。密猟者によって蜂の巣です。傍らにはシキ隊長……その時はまだ隊長ではありませんでしたが、彼もいました。けれど誰も何もできませんでした。わたしたちは果敢だった彼を見殺しにしたんです」
そうか、と彼は気まずそうに目を伏せて頭を掻いた。ほんの少しだけ沈黙が場を支配した。
「ノエルロードさん」
「なんだ」
「天馬は四十五分に一頭、大鵬は九時間に一羽、密猟目的で殺されています」
「は……」
ノエルロードが顔を上げた。
「誰が殺すかとかどうでもいいんですよ。私が人間を殺すにしても、数十日に一回とかです。軽いもんです」
「軽さとかそういう問題じゃねぇんだよ」
ノエルロードが言葉をとめて、しばし考え込んだ。
「いや、これ以上はやめておく。お前は悪くないのに、お前を責めてしまう」
「ノエルロードさん」
「なに」
「あなたは優しいです。おそらく、シキ隊長よりも」
彼は驚いたように私を見た。ノエルロードは優しい、嫌味でもなんでもなく心からそう思った。その優しさが愚かさだとは私には言えない。
「俺はあいつと仲良くなんてできない」
あいつ、シキのことか。ウマが合わないのは感じていた。仕事の面では普通に話をしていたが、仲良くとはまた別のことなのだろう。難しいな、人間の世界は。
「まぁ病み上がりだし、今日はこのくらいにしとくわ。子ガラスちゃんも早くおうちに帰りたくてうずうずしてるだろうし」
「うん、ヤッタ暇すぎて生き倒れそう。アンスルちゃん。早くおうち帰ろう。きっとおビールきんきんだよ」
「ああ。ヤッタちゃんが冷蔵庫に入れておいてくれたんだっけね」
家まで送っていくと言うノエルロードの申し出をヤッタが断り、病院から家まで電車を使い帰路に就く。あいつに家を教えたくない、というヤッタだったが、履歴書を提出した時点で家の場所はばれている。だが、それを言うとヤッタがまた怒り出すので、そのことは黙っておいた。




