質疑応答
箱に入っている真新しいケーキのど真ん中にフォークを突き立てて笑顔を向ける。カザモリが何か言いたげな顔をしていたが、気づかない振りをした。
「保安官の時にはほんと、やりたい放題だったなぁ」
「私はカイトスの人間であると同時にカヅキの人間でもあります。しかしそれ以前にひとりの人間です。金のために殺されていく命を黙って見ていられません」
カイトスに移住してきたのは私たちの一族だけじゃなく、ヤタガラスや大鵬たちもそうであり、彼らはもともと惑星カヅキに住んでいた生物だ。もともとは彼らを守りたいというのが、エルスに拾われて保安官になることを了承したきっかけだった気がする。
すやすやと胸元で眠るヤッタを見下ろす。彼もかつては惑星カヅキに棲んでいた者の子孫だ。
「そのシステム、おまえの他に作動できる奴はいるのか。血族はどうなったんだ」
「血族はもういません。血族ではない人々……カイトスに移り住んだ惑星カヅキの人々も、もうよくわかりません。会ったことはありませんし、姿形もカイトス人と一緒なので見分けは付かないでしょう。祖母からはカヅキの血族の人間はほとんどカイトス人に殺されたと聞きました。殺害を免れた人もこの星に絶望して他の星に移住したとも。とにかく、現在システムを作動できる血筋にあるのは私一人のはずです」
絶望した、との言葉にカザモリのこめかみがぴくりと反応する。カイトスの人間にとっては、聞き捨てならない言葉かもしれない。
「母や祖母たちは、一緒に移り住んできたヤタガラスや大鵬たちを金のために捕まえ、殺し始めたカイトスの人間たちに絶望したと言っていました。ずっと守ってきた人間たちがこんなに愚かだったのかと」
そこまで言って言葉を飲み込んだ。
そういう話をずっとされて生きてきたから、自分もカイトス生まれの人間でありながら、カイトスの人間に対する怒りが強くなってしまったのかもしれないと思う。だからだろうか、彼らを殺すことに対する罪悪感はほとんどない。
仲間を、守っているのだと。
遙か昔からの仲間を、カイトス人から守っているのだと。
私の目の前で初めて衛星からの兵器を使い、人間を殺した時に母はそう言っていた。
「母親も使えたのか」
「はい。でも母は死にました」
「いつ、亡くなったんだ」
「30年ほど前です。だからあなたの家族を殺したのは私の母ではありません」
「ん?」
ひゃくさ……? 音を出さずに口をぱくぱくさせて、カザモリが私を指さした。人を指さすとは本当に礼儀知らずな子だ。
「え、は、お、おまえ?」
「母は私が100歳くらいの時に死にました」
「ということは……随分若作りなんだな」
「前にも言いましたよね。カズキの人間は長命で、私は幼形成熟ってやつです」
「ようけ……、言ってた気がする。よくわかんねぇけど」
「とりあえず私は君がのけぞるほど年寄ってこと」
「いったいどういう」
「いろいろあんだよ」
私の代わりにノエルロードが答えた。
「いろいろあんですわ」
無言の圧力でカザモリを押しつぶすと、納得のできない様子ながらも彼はしぶしぶ頷いた。
「ヤタガラスや大鵬も数千年生きるだろ。カヅキに棲んでいたのは総じて寿命が長いんだって」
うらやましい~、とノエルロードが言う。
惑星間を簡単に移動できるようになり、星間交流も盛んになった昨今、長命人種はそれほど珍しいものではない。だが、カイトスのようにあまり他の星と交流のない惑星や、辺境の惑星にとってはやはり珍しいものであるらしい。自分たちとなんら変わらない背格好をした異星人を前にして、カザモリは口を開けたまま凍り付いたように動かない。
「この星の人たちは短命ですからね」
「で、アンタ何歳だったけ」
「私、百三十歳とちょっとです」
ごくりとカザモリの喉が鳴った。
長命人種であることは別段隠すようなことではない。長年同じ所で働いていると、以前と全く変わらない姿に疑問を抱く人もいる。なので、聞かれたら素直に話す様にしている。
だが、サテライトシステムの方は、あまり人には知られたくないことではある。知っているのは保安官だったころのシキ小隊長と所長といった上司、それに施設の医者、さらには捜査局のノエルロードやその幹部たちといった数人程度だ。多分。今までは。
残念ながら今回のことで、捜査局全てに情報が回ってしまっていると思って間違いはないだろう。
「おまえ……もう先輩って呼ぶなよ。敬語もやめろ」
「仕事では君の方が先輩ですから」
笑顔を向けてみるが嫌味に見えたかもしれない。
「このオッサンよりも年上ってわけか」
「タメ口で話すのが怖くなるよな」
怖いなんて全く思っていないような口調で、ノエルロードが両腕を上げて背筋を伸ばす。
「でも人生経験は少ないですよ。ずっと田舎に引きこもってましたから。それに、カヅキの血の特質で百歳過ぎるまではだいたい一日のほとんどを寝て過ごしてましたし、本格的に活動期に入ったのはここ三十年くらいですよ。勤めたのも保護区域での保安官が初めてです」
あははと笑うと寝ていたヤッタがもぞもぞと動いた。目をしぱしぱと瞬きし、まだ眠たそうな目をして私を見上げる。
「お話終わったの」
「今は質疑応答中」
「ふぅん」
カザモリの言葉もあまり理解できていない顔で、ヤッタは欠伸をして膝の上に降りてきた。眠たげではあるがもう眠りはしないようで、ぼーっとして窓から空を見上げている。
ヤッタの母が子供を預けたのも、私が長命人種と知っていてのことだろう。同胞であることを本能的に察知していたのだ。
「ヤッタお前、アンスールが長命だって知ってたのか?」
カザモリがヤッタに問いかける。
「チョウメイ?」
眠たそうな目のまま首を傾げてヤッタがカザモリを見上げた。
「アンスール、軽く数百年以上生きるぞ」
「知ってるよ、そんなこと。ヤッタをばかにするな」
バカにしてない、というカザモリを無視して、ヤッタが両の翼を広げて憤る。
「数百年とか生きるの当たり前だろっ。ヤッタだってそのくらい生きる。もっと生きる!」
その言葉に、そうかと一同は納得した。そもそもヤッタは長命と短命があることを知らず、誰もが自分と同じだけ生きると思っているのだ。
「あのな、子ガラスちゃん。俺やカザモリはあと数十年すると死んじまうんだ」
ちょいちょい、とノエルロードがヤッタの羽をつつく。
「むっ?」
翼を閉じ、神妙な顔をしてヤッタがノエルロードとカザモリを交互に見比べる。
「ワカメとカザモルは、そんなに爺さんだったのか」
爺さんには見えなかった。とヤッタがくちばしを小さくかたかたならしながら、布団に何度も目をこすりつけて二人を見る。
「年寄り、労らなくちゃ……」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。まあ、いいか。そういうことで」
カザモリが苦笑する。
「あと、なにか質問はありますか」
そろそろじっとしているのにも飽きてきた。寝すぎたからか体も痛い。口の中もまだ甘ったるい。もう一杯お茶が飲みたかったが、カップには一滴の水分も残っていなかった。
「そういえば、システムってどうやって作動させてるんだ。思考制御なのか? あまり制御できていないっぽかったけど。いきなりぶっ倒れたりしたし」
「まあそうです」と曖昧に言葉を濁す。実のところ、百パーセントは制御しきれていない。
感情が乱れるとすぐに作動しようとする。代々このシステムを受け継いできた血族は、親から子へとシステム制御のための訓練を施してきた。だが、時代がたつにつれ、カイトスを守るという意味も意義も失われ、システム作動のための訓練もおざなりになってきて、母も祖母もきちんとした訓練は受けていないようだった。そんな彼女たちの元で過ごした私がまともにシステムを制御できるわけがない。
このシステムはもう使わないようにした方がいい。祖母はよくそう言っていた。だが、使わないようにするための訓練も受けていないのだ。結果、私の感情、特に怒りに感応してシステムが作動するようになってしまった。
「こいつを怒らせると怖いんだよな。空から槍が降ってくるかもしれない」
ノエルロードが薄笑いを浮かべて、冗談とも本気ともつかない台詞を吐く。
本来システムにアクセスできる人間は、誰か一人が暴走しても止めることができるように数百年前までは常時数十人いたのだ。だが、今は私が暴走したとしてそれを止められる人はいない。恐ろしいと言えば恐ろしい。システム以前に、私は自分を完全に制御できるかと言えば、はいとは言えない。
ヤッタがシーツのしわをかじって遊び始めた。おとなしくしているのにも飽きてきたようだ。
「あ~、なんというかもう……」カザモリが特大のため息をついた。「他に質問、色々あったはずだけど、なんか忘れた。話が予想以上で」
「また今度、思い出してからでも受け付けます。私が君の家族を殺していないという誤解が解けるのなら」
「だから、それはもう疑ってはいない」
「そうですか」
同じ凶器を持った人間に家族が殺されたのだ。人間そう簡単に納得できるものではない。そうわかっているから、曖昧に笑って見せただけで頷かなかった。
話も一段落ついたので解散することにした。ノエルロードが私の帰宅確認のために医者に連絡を取りに行った。
今回は久々にシステム起動を起動したのに加えて、誤認だと認識させてしまったことで脳に負担がかかり、倒れてしまったのだろう。これからももっとちゃんと制御できるようにならなければ。発射しないにしても、負荷を減らす為にもたまにはシステムにアクセスしてみた方がいいのかもしれない。
「なぁ」
部屋から出ようと歩きかけたカザモリだったが、扉に手をかけてふと振り返った。
「はい」
「お前が生まれてから百年ちょっと。この星で変わらないものってあるか」
百年たって変わらないもの。少し考えてから、頷いた。
「ビールのうまさですかね」
一瞬惚けたような顔をしてから、カザモリは呆れたように笑い、片手をあげて病室から出ていった。
言ってしまってから、それはここ三十年ほどのことであると気が付いたが遅かった。




