おとぎ話
空に浮かぶ衛星の数々、もとはひとつの星で惑星カヅキと呼ばれていて、かつてはこの惑星カイトスの近隣にある惑星だった。
そして、現在我々が棲む星である惑星カイトスはその昔未開の星だった。生命が棲むにはあまりにも過酷な星。だが、やがてマグマオーシャンを経て生命の種が生まれた。ミクロスフェア、コアセルベート、水、ジルコン、シアノバクテリアが生まれ、光合成によって酸素が発生し、長い年月をかけてカイトスは生命の住める星へと進化していった。
原核生物が生まれさらに真核生物が誕生し、多くの微生物が生まれる。木々が生まれ虫が生まれて動物が生まれた。宇宙に広がる多くの星と同じように、人の形をなした動物も現れた。カイトスよりもはるかに進んだ文明を持っていた惑星カヅキの人々は、カイトスに生まれたばかりの生命を母のような気持ちで見守った。ごくたまにカイトスに降りていっては様々な知識を与え、生命の進化の手助けをした。
それでもまだカイトスはまだまだ幼く弱く、惑星カヅキに守られる存在だった。
そんな時に第一次星間戦争が勃発した。
「第一次星間戦争。数千年前の話だな。今じゃ神話に近い話だろ。本当にあったのか」
「多分、あったんだと思います。一応この話の中ではあったことになっています。まだまだ長い話なんですよ。続けても大丈夫ですか」
「もちろん」
カザモリが首を縦に振った。
戦争になり、惑星カヅキの人々はその惑星と惑星カイトスとそこに棲む生命をも守った。カイトスの文明はまだ未熟で、放っておいたら他星からの侵略を簡単に許してしまうような状態だったからだ。カイトスの成長を見守ってきた惑星カヅキにとって、カイトスは守るべき子供同然だったのだ。
惑星カヅキの文明はカイトスと比べて遥かに進化しており、他星からの侵略を阻む星間迎撃システムをも持っていた。
外星からの攻撃に対抗するため、惑星カヅキのあらゆる場所に発射ポイントが置かれた。惑星カヅキは侵略者に対して容赦はしなかった。向かってくる戦艦があれば迎撃し、ミサイルが来れば撃ち落とし、時には敵の星にまで星間弾道弾ミサイルを撃ち込んだ。
惑星カヅキの活躍もあり、第一次星間戦争において、惑星カイトスは惑星カヅキ共に他星に侵略されることなく終戦を迎えた。
しかし、無敵とも思われた惑星カヅキだったが、自身と同じ大きさの天体の飛来には対処のしようがなかった。いや、惑星カヅキだけであればどうにかできただろう。だが近くにはカイトスがいる。
凶星と言われた彗星二ビル。それは特定の軌道を持たず、まるで命を宿しているかのような素振りで行動し、数々の星を壊して宇宙を走りまわる事で恐れられてる彗星だった。それが惑星カイトスに向かって突き進んでいたのだ。
惑星カヅキはカイトスの盾となった。自らの体を凶星にぶつけることで、その身を呈して凶星の動きを変えたのだ。そこまでしてカイトスを救いたかった理由はわからない。そもそも理由なんてないのかもしれない。もしあるとしたらそれは母としての愛情か。
凶星は砕けることなはなかったが、進路を変えてカイトスから遠ざかって行った。しかし惑星カヅキは粉々に砕け散った。
「死ぬだろ、カヅキに住んでいた人たち」
「はい。だから、死ぬ前にカイトスに逃げました」
「そんならいいんだけど」
寝息を立て始めたヤッタの頭を撫でて話を続ける。
惑星カヅキは粉々に砕け散り生命が住めなくはなったけれども、破壊を免れた迎撃システムのいくつかは砕け散った惑星のかけらの上で作動し続けた。というよりは作動させ続けた。衝突直前に速度や角度などを計算し、砕け散り小惑星となった上でも迎撃システムが残るよう、強硬な防護壁でシステムを保護したうえで適切な場所に複数台を移動させたのだ。
当時正常に作動した五十機以上。不具合などで徐々に数を減らしながらも、それら全ては惑星カヅキの守護者の血族によって作動し、カイトスを守り続けていた。
作動の方法は簡単だ。全てそうなることを見越して、カヅキが壊れる前に惑星の守護者として代々惑星を継いできた一族に、迎撃システムを同調させていたのだ。その場にいてボタンを押さなくとも、思考動作だけで迎撃システムを作動させることのできるプログラムだ。
そしてそのシステムはカヅキの血族数十人で制御するものだった。発作的に誰か一人がシステムを作動させても、他の誰かが理性的にシステムを停止させることができるように。誰かの独断で殺戮を起こさないように。裏切り者を出さないように。実質として、たったひとりで作動できるシステムではなく、多数の同意によって運営されるように構築された。
だが、時代が経つにつれまっとうなカヅキの血族は減少していった。ある時から、システム作動の因子を持たない子供が産まれ始めたことが原因だった。顕性的に発現するはずだった因子がいつからか潜性的になり、システム作動の力が血脈の彼方に消えていこうとしていた。神の仕業か、突然変異による遺伝情報の欠損なのか、それはわからない。
事態はそれと同時に良くない方に進み、カイトスの連合政府がカヅキの血族を脅威をみなすようになり、極秘のうちにカヅキからの移住者を大量に殺害したことも血族減少のひとつの要因となった。
数百年前までの話だ。衛星システムは現在もうカイトスを守ってはいない。カイトスの人間によってカヅキの人間が粛清されているとわかると、システムはカイトスの民に向かうようになった。
現在衛星は惑星カイトスをぐるり三百六十度見下ろす形で周囲を回っている。もちろん夜昼朝所構わずだ。
「私が先日放ったのは、その衛星からの、まぁ、殺人ビームみたいなものです」
「衛星からって……そんなものがあるなんて、聞いたことがない」
「公表してないからな。でも一部の政治家とか軍人とかは当たり前のように知ってる」
隣で聞いていたノエルロードがしゃべりながら欠伸をする。
「それに昔話で聞いたことあるだろ。空からこの星を滅ぼそうと企む暗黒の大魔王が降りてきたのだが、そのとき天から一筋の光が差し、魔王の心臓を貫いた」
「それは、おとぎ話で……」
理解できない、という風にカザモリが首を振る。
「そのおとぎ話の光、見たんだろ。じゃあ信じるしかない」
ノエルロードが歯を見せて笑う。
「長い年月が経つにつれ、出力がだいぶ落ちて、衛星からのビームも今では対人用になってますけどね。ちなみに、近づいて破壊しようとすると、私の意志とは関係なく自動的に自己防衛プログラムが発動して、殺人光線を発射するらしいです」
「そのシステムを作動するためのプログラムに同調できるのが、惑星カヅキの……アンスール、おまえの血族ってわけか」
そうですと頷いて木イチゴのタルトを口に運ぶ。クリームは甘すぎるが酸っぱい木イチゴがそれを中和してくれる。お茶を飲んで口の中に残った甘ったるさを喉奥に流し込む。上あごにへばりついた動物性クリームの脂はとれない。
「カイトスは成長しました。こんなにおいしいケーキを作れるくらいに文明も発達しましたし。今ではもう守る必要もなくなりました。カイトスはもう子供じゃない。それに」
言葉を止めて深く息を吸い込んだ。少し止めて、思い切り吐き出す。鳩尾にたまったどろどろとした負の感情も一緒に吐き出すように。
「逆に守りたくない人ばかりで溢れてますよ、カイトスには」
言い放ってから口元が歪んでいるのに気がついた。自分は今笑っているのだろうかと自問する。カザモリを見ると目を見開いてこちらを見ていた。ノエルロードはいつもと変わらずに、眠たそうな目をして私を見つめている。
「おまえ……」
「あ、でも違います。君の家族は殺していません。殺したい人間なのかも知りません。会ったことないですし。それに、私はカイトス生まれのカイトス育ちなので、一応自分はカイトスの人間だと思っています。他人種としてカイトス人を殺したいのではなく、同じ人として情けないないというか、そう感じているだけです。カイトスにはいい人もたくさんいますしね。以前の職場の人もそうだし、カザモリあなたやノエルロードさんだってそう」
そして、なによりもエルス。
私を見つけてくれたひと。
彼が脳裏に出てくると思わず奥歯を噛み締めてしまう癖が出る。




