ヤッタが昼寝して夕方に起きるくらいの長い話
「ケーキ、食べたい」
ヤッタがカザモリの買ってきてくれたケーキ箱をつつく。箱を開けると五つもケーキが入っていて、砂糖やフルーツやチョコレートといったいくつもの甘いにおいがごちゃまぜになって鼻孔に大挙して押し寄せてきた。
「そうだね、みんなで食べよう」
「ヤッタね~、生クリーム……うーん、バターケーキ……うーん、チョコレートは鳥の体に毒だから……」
「生クリームケーキがいい? 最近のバタークリームは昔と違って美味しいよ。バータボンプとかアング……」
「やっぱり濃厚チーズケーキがいい! バスキュ~バスキュ~バスキュ~キュ~」
「なんですかそれ」
「チーズケーキのうた!」
「どこが?」
私の質問を無視して、ヤッタは表面にレモンジュレのかかったキツネ色のチーズケーキを選んだ。ケーキの前に鎮座して、あーんという言葉とともに私に向け口を開く。ケーキの先端にさくりとフォークを刺した瞬間、ヤッタが思い出したようにぱっとノエルロードを振り返った。
にやにやと笑っている男。それを見てヤッタはかぱっとくちばしを閉じた。
「ヤッタちゃん?」
刺さったケーキをくちばしまで持っていくも、ヤッタのくちばしを開かない。ゆらゆら動かしてもくちばしが開かれる気配はない。
「自分で食べる」
ノエルロードから視線を逸らして、ヤッタが低い声でそう宣言した。
「別に強がらなくても」
「アンスルちゃんが寝てたとき、ヤッタはひとりで食べる練習した」
ヤッタがえへんと胸を張る。
「へえそうなんだ。じゃあ、はい」
私はフォークを降ろしてケーキをヤッタの方に近づけた。
「うむ」
心なしか胸を張ったヤッタのくちばしがケーキをついばむ。落としたり、かけらがくちばしの端についていたりと、まだまだ下手ではあるが以前と比べると格段に上手になった。
「すごい。上手になったね」
「えへん」
ノエルロードとカザモリにも勧めたが二人とも首を振った。おなかが空いていたので、それでは失礼してと私も木イチゴのタルトに手を伸ばす。甘そう、美味しそう、コーヒー焼酎が合いそう。
「食いながらでいい」壁にもたれて、こちらを眺めていたカザモリが静かに声を上げた。
「話してくれないか。あの光の槍のことを」
深く沈んだ声だった。どこか緊張しているようでもある。本当に話をしたいのは義手のことでも賞金首のことでもなく、そのことに違いない。
「あれはなんだ。ルネなのか」
「いや。あれはルネじゃないです」
タルトをひとかけ口に入れると、甘酸っぱさが口いっぱいにひろがった。一息ついて病室の窓から空を見上げる。そこには弱い光ながらもかろうじて見える四つの衛星が浮かんでいた。
小月、青月、奇月、大月。小月はすべての衛星の中で一番小さな月。青月はその名の通り青みがかった月。奇月はひょうたんのような形で赤く光る奇妙な月。
そして、大月。この月は衛星の中でもひときわ大きい。他の衛星の10倍はある。昼には燃え尽きた灰のような色になり、夜には煌々と光を放つ。
部屋の中に視線を戻し息をついた。
「あの光は俺の家族を殺した光と一緒だった。目の前で見たんだ。何年経っても忘れるわけがない」
「私が君の家族を殺したと思っているんですか」
カザモリが首を左右に振る。
「凶器が同じだからって犯人扱いするほど俺は単細胞じゃない。けれど、あの光はあの日以来初めて見た。おまえ以外に使える奴はいるのか」
「わかりません。はっきりとしたことは言えません。が、いない可能性の方が高いと思います」
正直に答えた。カザモリの顔が青ざめる。
「じゃあ……」
「コイツは犯人じゃない」
黙って話を聞いていたノエルロードが声を上げた。
「アンタの家族が殺された事件、俺も現場に入ってた。確かに殺され方はアンスールのやつと一緒だ。凶器も見あたらないし、体に穴がぽっかり開いてんだもんな。そのとき俺はまだアンスールの存在を知らなかったわけだけど、その後保護区域担当に回されてコイツを知った。そして、コイツが『光の槍』を使うということも知った」
目を見開いて、カザモリがノエルロードに詰め寄る。
「オッサンは知っていたのか。アンスールが光の槍を使えるってこと」
「知ってた」
「どうして使える奴がいるって情報を教えてくれなかった」
「年上に敬語も使えないようなやつに誰が教えるかよ」
その言葉に一瞬カザモリがひるんだ。私も気づかれない程度に静かに少しだけ頷いた。
「というのは冗談だが、こいつの力は機密事項だったからな。知っているのはごく一部の人間だ。……今までは」
「がーん」と突然ヤッタが声を上げた。「アンスルちゃんの秘密を、ワカメが知っていただなんて……」
「ひひひ」
「わすれろーわすれろー」
くちばしにチーズケーキのかすをつけたままで、ヤッタがノエルロードの頭をつつく。
「子ガラスちゃんの知らないアンスールのこと、もっといっぱい知ってるぞ~」
「わすれろーわすれろー」
つつかれて嬉しそうな顔をしているのはなぜだろうか。
そんなノエルロードをカザモリが無言でにらみ付け、続きを促す。
「ま、それで話の続きだが、俺も初めはこいつを疑ったさ。だから、事件の起きた日のアンスールの行動を調べあげた。そしたら、アリバイあり。ありあり。当日は日勤で事件のあった時間は、保護区域内で隊の人間と一緒に密猟者を追いかけてた。こいつの活躍で三人逮捕。その時の勤務状況のデータも残ってた。どう頑張ってもこいつにアンタの家族は殺せない」
「……疑っているわけじゃない」
そう言うカザモリの顔は、どこか複雑な顔をしていた。信じるしかない、でも信じられない。まだ疑っている顔だ。
「そもそも光の槍はなんなんだ。どこから飛んできているんだ。ルネじゃないならなんだ。ミサイルか。どうしておまえはそれを使えるんだ」
答える間も与えず、矢継ぎ早に飛び出す質問に苦笑するしかない。それがかんに障ったのか、カザモリがむっとした顔をして私を睨んだ。子供だと笑うにはたやすい。彼は必死なのだ。
「衛星から飛んできてます」
窓の外を指さすと、カザモリがつられて窓の外を見た。彼はしばらく空を眺めていたのだが、その意味が理解できず困惑した様子で地上に視線を落とし、また空を見上げてから私に視線を戻した。
「その理由を聞きたいのであれば、すごく長い話になりますが」
窓の外に視線を向けたままで問いかけた。上空では雲が速い速度で流れていく。
「別に構わない」
ぶっきらぼうにそう言ったカザモリの機嫌が少しだけ悪そうなのを無視して頷いた。
「どのくらい長いの? ヤッタが眠たくなるくらい?」
ケーキを食べ終え、膝元でおとなしく会話を聞いていたヤッタが顔をあげた。もう既に眠たそうな子ガラスの頭を撫でてると、くすぐったそうにして目を細めた。
「ヤッタちゃんがお昼寝して夕方に起きるくらいの長さ」
その言葉にうわー、とヤッタが飛び上がった。
「そりゃ長い」
「寝てていいよ」
そう言うと、じゃあ寝る、とヤッタが抱っこをせがんできた。胸に抱くと二の腕に顔を置いて大きく欠伸をした。
「俺も子ガラスちゃんと一緒に寝ようかな。どうせ知ってる話だし」
ノエルロードがベッド脇に突っ伏す。私の太もものすぐ横で、膝枕していい? と聞くと、寝る準備をしていはずだったヤッタが、全体重をかけてワカメ頭の上に飛び降りた。ぐえっと潰されたカエルのような声がしたが、それを気にもせず、ヤッタがワカメを足に絡ませたまま、頭の上で数回足踏みをする。
「オッサンはその話も知ってるのかよ」
足踏みするヤッタを止めずにカザモリが不満そうに腕組みをする。
「むご、むごご……。俺は知ってるよ。前にこいつの口から聞いた」
ノエルロードはヤッタを払いのけて上体を上げ、椅子に座りなおした。ヤッタが鼻息を荒くして腕の中に戻ってきた。
怒り冷めやらぬ子ガラスの頭を撫でてから、私は話し始めた。




