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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
出動

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3/65

自然保護施設医療部

 悲鳴に近い鳴き声が部屋の外まで響きわたる。廊下を行き交う人が思わず何事かと足を止めるが、声が聞こえてきた部屋のプレートを見て、誰もがなるほどと納得したように頷き再び歩みを進める。


「うぎゃー! ごはんー! おなかすいてしんじゃうー! ぎゃくたいー! うったえてしょうそしてやるー!」

「はいはい、ご飯ご飯、ちょっと熱いかな」


 ぎゃあぎゃあと鳴き喚く鳳凰のヒナを膝に乗せ、優しく声をかけながらリアは大きく開かれたそのくちばしにスプーンを近づけた。まだ生まれて間もないヒナは、鼻面に差し出されたご飯をスプーンごと丸飲みする勢いでかぶりつく。


「上手上手。もうこうやってすっかり自分で食べてくれるのよ。差し出されたものを自分で食べているというのはまぁ、少し語弊があるかもだけど」

「数日前までは強制給餌だったのに、すっかり元気になりましたね」

「というわけで、こんな感じでお願いね」


 リアが鳳凰のヒナと給餌のスプーンを私に押しつけて、小さなバスケットの中でうずくまっているフクロウの手当に向かう。


 素人の私でも同じように食べてくれるのかと心配したが、まだまだ小さなヒナは空腹で待ちきれないのか、ご飯を乗せたスプーンが獲物であるかのように自ら飛びかかってきた。


「それにしてもごめんなさいね、アンスール。手伝わせてしまって。看護師が急な病気で休んでしまって人手が足りなくて」


 傷ついたフクロウの包帯を手際よく換えていたリアが、手を止めずにそう言った。


「いえ、好きでやっています。それにしても今流行ってますね、ウイルス性胃腸炎。ここの班だけで三人もですか」


 こうるさくご飯をねだるヒナに給餌を続けながら、内心この幸運に感謝していた。看護師が休まない限り、ヒナにご飯をあげられるチャンスはまず訪れてこない。


 ふわふわのヒナは、触れているだけでオキシトシンが駄々洩れするうえに、感触はとろとろでつきたてのお餅のようでもあり、そんなヒナに触れることは殺伐とした日々の癒しのひと時だ。

 ただあまりにもか弱い存在であり、触れるだけで壊してしまわないか緊張してしまうのだが。


「ごはんつめたくてやだー! ぎゃくたーい!」

「冷たくないよ。ぬるいだけでしょうるせぇな。ごめん。冷めちゃったね。温めなおします」

「こころのこえおもてにでてるやだー! ぎゃくたーい!」


 鳳凰に限らず、冷たいものを食べないヒナは多い。冷めてきたご飯を温め直し、再びヒナのくちばしに運ぶ。


「あたたかごはん、おいしい」

「それはよかった」


 子供は素直なのがよろしい。


「あいたたたたぁ~」


 順調にご飯をあげていると、突然部屋中に響くほどの大きな悲鳴が響いた。鳳凰のヒナがスプーンからくちばしを離しさっと身をすくめる。


「痛くて死んでしまうぞい~」


 包帯を巻かれたいた月梟が、突然羽をばたつかせて声をあげた。


「あら、ごめんなさい」

「もうちょっと優しくやってくれんかのう、お嬢さんよ。わしの足はデリケィトなんでな」

「すみませんねぇ」

「やはり人間は野蛮だの」

「あなたを傷つけた人と私を一緒にしないでよ」


 リアが子供のように頬を膨らませる。月梟はやれやれと大きくため息をつきつつも、途中だった包帯をつつき再び足を差し出した。


「フクロウ太さん、大分元気になってよかったです。いつ頃野生復帰できそうですか」

「明日にでも飛べるわい」

「なに言ってんのよ、飛べるわけないでしょう。撃たれた傷が完治していないから復帰はまだまだ先。残念だったわね。それにここ、抜け落ちた風斬羽だってすっかすか」


 元気よく羽ばたく仕草をしたフクロウ太だったが、ぴしゃりと言われてかくりと翼を落とした。口調とは裏腹な可愛らしい仕草に、思わず吹き出しそうになる。


「年をとると回復も遅くなるものだの。のうニンゲン子よ」

「ニンゲン子ってなんですか。私の名前、アンスールだって言ったでしょう。私たちはフクロウ太さんみたいに、名前隠していないのだから」

「わしらフクロウは皆フクロウ太、人間は皆ニンゲン子。それでいいじゃろ」

「はい、終わったわよ」


 包帯を巻いていたリアがぽんとフクロウ太の背中に優しく触れた。


「ありがとうよ、人間のお嬢さん」

「ふーん。リアは人間子じゃなくて、人間のお嬢さんなんだ」


 そんな私の言葉が聞こえないふりをして、足を引きずりながらも心は元気にフクロウ太が療養部屋へと戻っていく。が、途中でふと足を止めてこちらを振り返る。


「名前は呼ばない方がいいじゃろ。お前たちがそうであるように、わしらだってお前たちに情が移ったりするものじゃよ」


 そういうもんですかね、と返して私はヒナへの給餌に集中する。フクロウ太は扉の奥へと消えていく。


 お皿いっぱいのご飯を平らげてようやく満足になったのか、急におとなしくなってうとうとし始めたヒナの頭を優しくなでる。ふわふわの羽毛から放たれた幸福ホルモンが手のひらから浸透して全身に運ばれる。癒しだ。


「あなた、保安官よりもこっちの方が向いているんじゃないの」


 包帯をしまい、次の患者である子供の天馬の翼に手を当てながら、リアがこちらに目をやり苦笑する。その言葉に私も苦笑いを返す。


「私は傷つけられた命を助けるよりも、その前に命を傷つける人間を消す方が性にあってます」

「あらまぁ」

「人を殺すのだって、君本来の仕事じゃないだろう。保安官さん」


 聞き慣れた男の声とともに診察室のドアが開いた。リアと同時にドアの方を向く。開いたドアから白衣を着た男が入ってきた。


「あら、応援に来てくれたんですね、イセザキ先生」

「応援に来てくれたって、絶対来いと脅したのは君だろう、リア君」

「人間のお医者さんまで駆り出されましたか」


 思わず苦笑した。この中年の人間限定の医師は、若くて背が高くすらりとした美人なリアに弱いのだ。

 そう、リアは美人だ。女の私ですら初めて見てはっとしたくらい。後ろで束ねた長い黒髪はいつでもまっすぐでさらさらだし、胸は大きいけど腰が引き締まっていてとても女性的な体つきでもある。何十年経っても幼児体型の私とは大違いだ。


 しかしイセザキ先生はリアがどうあれ、なによりももともと人から頼まれてイヤとは言えない優しい性格の医師でもあるのは確かだ。


「だって暇でしょう。人間の怪我人なんて、密猟者との戦闘が起きない限り滅多に出ないわ」

「暇ってわけでもないんだけどね」


 肩をすくめてみせたイセザキと目を合わせ、リアに気づかれないよう私も同様に肩をすくめてみせた。


「イセザキ先生は今月末までに提出予定の論文がありましたよね。大昔に絶滅した哺乳類を復活させるとかなんかの。もう書き終えたんですか」

「いや、まだ途中なんだ」

「え、論文? 先生忙しかったんですか」


 知らなかったとばかりに、リアが甲高い声を上げた。彼女の手元で治療をされていた子供の天馬がびくりとしてリアを仰ぎ見る。


「ああ。でももうすぐ終わるから大丈夫だよ」


 眼鏡をくいと手の甲で押し上げてイセザキが頷く。


「人間のお医者さんもしながら、そんな研究してるの」

「絶滅した動物を復活させることも元は霊長類の方をやっていたんだがね。国に禁止されてしまったから、四つ足の哺乳類の方に鞍替えしたんだ。ま、アンスール君にはちょっと理解いただけてないみたいだが」


 私の方を一瞥してイセザキが苦笑した。その様子にリアが首を傾げる。


「どうして? 絶滅させた生物を復活させるなんて、ロマンがあるじゃない。もともと人間が彼らの住みかを侵略したせいで死んだってこともあるし、復活させるってことは悪いことではないんじゃない?」


 翼を消毒し終えた両手で抱えられる程度の天馬の子供の頭を撫でながら、リアが私を見た。


「まぁ、悪いかどうかは別として、先生には申し訳ありませんが絶滅してしまった動物はもうどうしようもないですよ。それよりも、今絶滅の危機にある動物たちを絶滅させないことに意識を向けたり、どうやって保護していくかという方法を考えないと」

「それも大切かもしれないが、私は医者であり科学者だからね。そっちは全くの門外漢だ。そういう方法は現場の君たちに任せようか」


 軽く首を振ってイセザキが笑う。現場の私たちに任されてもどうしようもない、これは全世界ひとりひとりの意識の問題だ、と思うのだがもちろん口にはしない。


「ところで、もう一人の獣医師は? そいつも急病?」


 部屋の中を見渡して、イセザキが首を傾げた。


「大先生にそいつはやめてください」朗らかだったリアが語気を強めた。「大先生は保護区での急患で外に出てるんです。さ、おしゃべりはいいから手を貸してくださいね。あとこの子とこの子と、そっちの子にもご飯をあげなくちゃならないんですから」 

「君もおしゃべりをしていただろうに……」


 イセザキがぶつぶつ文句を言いながら、皿を手にとって動物たちの食事の用意にかかる。


 リアはこの施設にきておよそ二年程度で、ここで二年と言うと新人の部類に入る。しかし、新人の時から手際の良さと決断力、行動力、そして男顔負けの体力で、施設内での信頼も厚かった。そもそも即戦力として中途採用で入ってきたので当然と言えば当然だろう。


 自分は自然保安官という、一見とても優しい側にいるように聞こえる職業ではあるが、実体は自然保護区域内に侵入してきた密猟者を捕まえるか場合によっては殺すのが仕事だ。リアが懸命に命を救っている現場を目の当たりにして、少なからず引け目を感じてしまう。


 満腹になったヒナが私の腕に顔を乗せて、うとうとと目を閉じる。鳥特有の熱い体温が伝わってきてこちらの瞼も重くなる。窓から差し込む昼間近な日差しが心地よい。勤務中ではあるが、口うるさい隊長もいないし、このまま少し眠ってしまいたいくらいだ。そう思い瞼を閉じた時、それを糾弾するように腕時計式の通信端末がけたたましい音を立てた。


 驚いたヒナが膝から転げ落ちる。慌てて拾い上げて落ち着かせているうちに強制的に通信が始まり、大音量で男の声が聞こえてきた。


「第十一保護区で密猟者を発見。担当保安官はただちに急行せよ。詳細は端末に送信した衛星画像を確認。繰り返す。第十一保護区で密猟者を発見ーー」


 通信端末のアラームを消してから、私はヒナを抱えて立ち上がった。

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