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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
天からの光の槍

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29/65

カラスとワカメ

 ヒジキだ。ヒジキがいる。真白い壁のところどころにヒジキが張り付いている。

 次第に覚醒する脳みそがそれは天井の模様だと告げる。

 そうか。天井の模様か。一昔前の建物は天井の壁紙も個性的なものが多かった。小さい頃住んでた家もそうだったな。

 そう思い視線を周囲に這わせると、傍らにはいつものようにヤッタがいた。顔を背中に乗せて丸くなり枕元で眠っている。艶やかな黒い頭に唇でそっと触れてから再び目を閉じる。

 今日は勤務だったろうか。まどろみの中で考える。いや、確か保安官は辞めて新しい仕事になったのだった。そこで一気に脳味噌が覚醒しはっとして瞼を開いた。日勤でも深夜勤務でもない。そうだ、自分は今一体どこにいるのだろう。


 ヒジキ。そんな壁紙最近見てないぞ。どこだここは。


 慌てて頭を持ち上げると、視界に入ってきたのは見たことのない空間だった。どこからともなくただようエタノールのにおいがさらに思考を混乱させる。ヒジキが散りばめられた天井に間白い床。目にまぶしいほど白すぎる糊の利いたシーツに掛け布団。横に顔をむけると骨のように白いパイプベッド。ばかばかしいほどの病人扱い。これではまるで病院だ。


「医務室だよ」


 音の発信源に顔を向けると、見覚えのあるワカメが壁に背をもたれてかけて立っていた。


「参ったよ。アンタに近づこうとすると、子ガラスちゃんが羽を逆立てて怒るもんだから」


 見覚えのあるワカメが苦笑いをしながら、両手をあげてベッドサイドに歩み寄ってきた。急いで起きあがったのだが、突然の行動に血圧が下がったのか目の前が一瞬暗くなって吐き気をもよおした。起きたと同時に顔に手を当てて突っ伏したことを心配してか、おろおろとした様子で背中をさすってくれるワカメ。状況が把握できない。


「いきなり動くなって。安静にしてろ」

「私、生きてしまっているんですか」


 我ながらおかしな言葉だと思った。その言葉を聞いたノエルロードも少しだけ悲しそうな顔をした。


()()()()()から大丈夫だよ」

「私なんでこんなところにいるんですか」


 徐々に緩和していく吐き気をやりすごし顔を上げた。怪我をした記憶はない。体を起こして動かしてみるも、腕が少し擦り切れて痛むくらいで他はどこも痛くもないし違和感もない。どういうことかと首を傾げた瞬間、記憶が蘇った。


 空から降る四筋の光。瞬時に暗澹たる気持ちになる。そうだった。久々にシステムを作動させたから精神が疲弊したのだ。質問をしておいてその答えを待たずに納得して頷いた。そのことがわかったのか、ノエルロードも質問には答えずにただただ大きなため息をついた。


「勤務初日に賞金首を殺すなんて、至上二人目だよ」


 うねる髪を揺らしながら楽しげに笑う。別段楽しくはなかったがつられて口の端がゆがんだ。


「私の前に誰かいたんですか」

「いたよ。だから安心していい。今回も前回と似たようなもんだ」


 そういうもんかと素直に頷いた。安心していいということは反省文も書かされたりはしないのだろう。彼の話によると至上一人目の特別捜査官は、三人を殺していてもちろん全員賞金首でしかも密猟の現行犯、そのうえ殺されかけたことによる正当防衛ということもあり、殺人を褒められはしたものの全く咎められなかったらしい。私と似たようなものだ。ほっとして安堵のため息がもれた。

 話し声が騒がしかったのか枕元で寝ていたヤッタが目を覚ました。寝ぼけたような目で私を見て、ノエルロードを見て、再び私を見る。

 寝ぼけ眼がみるみるうちに丸くなり、その瞳にうっすらと水の膜が張る。


「あ、アンスルちゃーん」


 まるで赤ちゃんのように抱っこをせがむヤッタを両手で抱き締めた。震えているのは自分の方だろうか、ヤッタの方だろうか。しゃくりあげるヤッタの背中をさすっていると目の玉がせり上がってくる感覚に襲われ、眼の奥が痛くなってきた。


「ありがとうヤッタちゃん。ずっとそばにいれくれたの」

「ヤッタはアンスルちゃんのそばを離れない」

「ありがとう。心配かけてごめん」

「あのワカメがうんこついた汚い手でアンスルちゃんに触ろうとしたから、突っついてやった!」


 得意げに羽を広げて、ヤッタがノエルロードに向かってくちばし鳴らす。


「ちょっと手に触ろうとしただけなのにさ。ちなみにうんこはついてない」


 当然だけど子ガラスちゃん盛りすぎ、と付け加える。

 見えないうんこがついているから駄目だと、ヤッタが訳のわからないことを言って騒ぎ立てる。


「さわんな、ワカメ!」

「うるせぇ、赤ちゃんカラス!」


 二人の子供がにらみ合う。仲のいいその様子に思わず笑みがこぼれたが、ふと重要なことを思い出して笑いを止めた。


「あの、カザモリさんは」

「ここにいる」


 開け放たれたドアの外にカザモリが立っていた。片手にぶら下げている特徴的な白い箱の中身はおそらくケーキだろう。視線を合わせもせず無遠慮に部屋に入り込み、ベッド上の簡易テーブルに仏頂面で箱を置く。


「なんか甘いの、食うだろ? 好きなもんがわからなかったから、いくつか買ってきてみた」

「お気遣いありがとうございます」

「ケーキ!?  ヤッタケーキ大好き! ホイップ~クリーム~フワフワ~ペトペ~ト。生クリ~~ム~~とホイップ~クリ~~ム~~は別物らし~い~」


 気の利くやつだとは思っていなかったので驚いた。ケーキの箱を持っていた手に視線を止めたまま頭を下げる。


「手、すみませんでした。元に戻ったんですね」


 今回の作戦を台無しにしてしまったという申し訳なさも相まって、まともに顔を見ることができない。


「義手だからな。付け変えるだけで元に戻る」

「それって保険とか出るんですか。私がやってしまったことなのでお金は払います」


 いちいち堅いな、とカザモリは笑った。


「気にすんな。保険はかけてるし、大量生産できる金属だからどうにでもなる。逆の手だったら激怒してたけどな」

「それと、先輩が狙っていた賞金首、殺してしまいましたし」

「ほんとにな。おかげで金額は十分の一に減額されるし、事情聴取は受けるし、散々だった」


 笑いながらベッドの傍らにあった椅子に腰を下ろす。ほがらかに振る舞ってはいるが、怒っていないわけはない。大金を掴み損ねたのだ。申し分けなさすぎて目が合わせられない。


「ま、殺してでも捕まえられてよかったよ。逃がしてたらマジで怒ってたけどな」

「けど」


 言いかけた言葉を遮るようにして、カザモリが首を左右に振った。


「目的は捕まえることだったし、気にすんな。別に金に困っているわけじゃない」

「あのね、カザモルね、すっごくうるさいやつだよ。アンスルちゃんが寝ている間、ずっと部屋のなかうろうろしてた。看護師さんがくる度に、なんか問いつめてた。クレーマー。うるさいからヤッタが追い出してやった!」

「おい、このヤタガラス訛り。余計なこと言うな」


カザモリがヤッタを睨む。が、その目はどことなく優しい。


「あのさ、おまえに言われたこと。俺も少しはっとした」


視線を足下に落としたまま頭を掻く。


「私に言われたこととは」

「密猟者と同じだろ、って」


 そういえば言った気がする。血管が脈動するたびに鈍痛のする側頭に手を当てて記憶をまさぐった。あの時は頭に血が上っていたので、感情にまかせて好き勝手なことを言い放ってしまったことを今更恥ずかしく思うがもう遅い。


「言い過ぎました。すみません」


 だが、それに対するカザモリの答えは、意外なものだった。


「いや、俺も悪かった」


 かえって申し訳なさそうに俯く青年の横顔を意外な気持ちで眺めた。案外素直な子なのかもしれない。


「確かに俺は非情すぎたかもしれない。命よりも仕事を優先してしまっていた」


 責められるかと思っていたのに、予想外の素直な反応に正直拍子抜けした。申し訳ない気持ちが倍増して首を横に振ることしかできない。


「いや、それは君の仕事のこともあるし。私も自分の価値観を押しつけすぎたというか」

「命の問題に価値観もなにもないさ。あいつらは意思疎通ができた。死を恐れていたことが俺にも分かった。……忘れてた。自分もやつらに家族を殺されてたってこと」


 相変わらずの仏頂面でカザモリが言った。しかし、その目には涙があふれている。そこで君が泣くのかという言葉をぐっと飲み込む。


「え、カザモル、目からよだれ出てる。きたない」


 ヤッタがあわててケーキの箱についてきたナプキンをひっつかみ、カザモリの顔に体当たりしてその紙を押し当てた。ずびーとくぐもった音が聞こえる。


「なんで子ガラスちゃんはカザモリに甘いんだよ」

「ヤッタはカザモルに甘いわけじゃないよ。ワカメに厳しいだけ」

「同じじゃねぇかよ!」

「うるさい、ワカメ。あのね、アンスルちゃん。ワカメと違ってカザモルは優しいよ。アンスルちゃんが眠っている間、ヤッタにご飯をくれたよ」


 ヤッタの言葉にノエルロードが抗議の声を上げる。


「おい、俺もあげただろ! アンスールが目を覚ましたら食わせてやろうと思っていたアナゴ天を!」

「それって目を覚まさなかったから、捨てるのもったいないし、ヤッタにあげるって言っただけ。カザモルはちゃんとヤッタのためにご飯を買ってきてくれた! そして食べさせてくれた!」

「うるせぇ、このヤタガラス訛り!」

「だってヤタガラスだもーん。海藻なまり~」

「訛ってねぇ!」


 ばーか、ばーかとヤッタがワカメに向けて舌を出す。そんなヤッタを捕まえようと、ワカメがふわりと身をかわす鳥に向かって、しつこく手を伸ばす。


「おい、病室では静かにしろよ」


 カザモリの一声で、カラスとワカメが静かになる。ヤッタがすごすごと私の腕の中に戻ってきた。

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