夢
心地の良い朝だった。太陽が窓枠の中央にはまりこみ、その光が閉じていた瞼を照らす。外界の明るさに観念して瞼を押し上げるが、途中でそれも面倒くさくなって再び瞼を閉じる。二度寝でもしようと決め込んでいたら部屋のドアが焦ったような音を立てて叩かれた。
「アンスール、起きなさい早く」
祖母だった。何事かと身を起こして無意識に明るい窓の外に目を向ける。
窓の外では見覚えのない人間が我家の庭に押し寄せていた。十人程度はいただろう。どれもこれも黒い制服だかスーツを着ていて、体格もよく物理的にはとても強そうな男だった。彼らは誰だ、何のためにここにいる。明らかに慈善団体ではない彼らの様子に不安を抱いた。
「おはよう、おばあちゃ……」
ドアから出てきた私を祖母が突然抱き寄せて、しーっと耳元でつぶやいたので、私は聞きたいことのもろもろを喉の奥に押しとどめた。
「あのね、アンスール、黙って聞いていて。私の母と父それにカヅキの仲間たちは、衛星砲撃システムを恐れた惑星カイトスの連合政府によって殺されたわ。仲間たちはせめてもと私とオリンの存在を隠して死んでいった。でもおそらく、民衆には忘れられてもカイトスの連合政府は私たちの存在を忘れてはいなかったのね。それだけでなく、この場所までも知っていたのよ。今まではシステムを作動しないひ弱な女だからと放っておいただけだったみたい。けれど最近、オリンが殺しすぎたから。でも安心してアンスール。あなたは大丈夫。あなたの存在をこの世の誰も知らない。こうなるだろうと想像していたから、私たちはあなたの出生を誰にも知らせなかった。出生届も出していない。学校にも行かせられなかったけれど、あなたの身を守ることでもあったこと、許して欲しい」
一方的に発せられる脈絡のない話に戸惑った。突然なんだ。なんの説明だ。私の話か? なんでいきなり。朝目覚めたら祖母の気が狂っていたとか考えられない。
肩に置いた手に力を込めてじっと私の目を見る祖母の手は、充血した目と同じで小刻みに震えていた。人生経験の浅い私は、それが正気か狂気か判断がつかねた。
「今すぐ裏口から見つからないように逃げなさい、アンスール。私たちといればアナタの存在もいつかは世界に知られてしまう。だから一人で逃げなさい」
訳が分からなくてただ首を横に振る。静寂で満たされた部屋の中に、開け放たれた窓の向こうから母の声が聞こえてきた。
「もともと私たちを殺すのが目的でしょう。私たちの力が恐くなったから、処分したくなったのでしょう。協力して欲しいだなんて嘘。要請を聞き入れたところで最後、どうせ私たちを解体して脳味噌でも調べて衛星システムの力を盗みたいのでしょう。今まで散々世話になっておきながら。そんなことはさせない」
よくわからないが、大変なことになっているのだということはなんとなく理解ができた。
「みんな一緒じゃないとやだ」
私の言葉に今度は祖母は黙って首を振った。
「やだ」
「アンスール」
「いやだ!」私は祖母の手を振り払い、外へ飛び出して母の元へと駆け寄った。「お母さんも一緒じゃなきゃやだ!」
背後から悲鳴のように私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「子供?」
突然現れた子供の存在に男たちがざわついた。彼らの視線が一斉にこちらを向くのがサングラス越しでもわかった。恐怖で足がすくむ。
子供がいるとは聞いていない。だがこれは運がいい。相手はまだ子どもなのだから連れて行くのは簡単だ。数発殴ればおとなしくなるだろ、頭の悪そうな顔をしているし。そんな男たちの言葉に本能が危険を告げる。
「アンスール! どうして出てきたの! 母さんは……」
「お母さん」
体当たりするように母に抱きつき、その手を両手で握る。彼女がどんな人間であれ、私の唯一の母親でそれだけで特別な存在であることに代わりはない。
「まさか子どもを作っていたとは。その子も一緒に来て貰うことになります」
男の言葉に、はぁ、と母は大きなため息をついて冷たい目で私を見た。
「バカな子。殺すしかないわね」
言い終わる前に一筋の光が男の側頭部を貫いた。
母は私の目の前でシステムを使って人間を殺したのだ。それは明確に、確実に、鮮やかに。二人目。三人目。
大地に光が刺さる。先ほどまで生きていた死体が跳ねる。踊る。鮮血が飛ぶ。血しぶきが太陽の光を返す。どす黒い血が大地を汚す。光が消える。
汚れ一つない顔をして母はゆっくりと瞼を開いた。
ねぇ、アンスール。と彼女は言った。カヅキの血族はこんな人間を長いこと守っていたのね。
傍らにいた私はなにも言えずにただ母の顔を見上げていた。冷たい手のひらに力がこもる。少しでも自分の体温を分けてあげられたらいいのに。場違いだと思いながら、幾多の死体を目の前にしてそう思った。
だが、母はようやく私の手に気がついたかのように、つながれた手を振り払った。
「その手を私にふれてはいけない」
意味がよくわからなくて、私は徐々に消えていく母の手のぬくもりを逃がさないように手を強く握りしめた。
逃げまどう男たちを母は次々と光の矢で射っていく。脳天から射して顎を突き破る。心臓を貫通する。後頭部から喉を突き破る。
「あ、口から光線」
母がおかしそうにふふっと笑った。
「え」
その場にふさわしくない笑いに私は母の顔を見上げた。
「見てて、アンスール」
逃げまどい地面に足を取られた男の後頭部に向けて、母が光の矢を放った。矢が後頭部に直撃する。衝撃で首の骨が折れたのか、男の頭ががくんと地にのめり込むその直前で、ぱっかりと開いた口から光の矢と大量の血液が、地面に向けて出て行った。
「あ、本当だ」
後頭部から口を抜けていく光の矢は、確かに口から光線を出しているようで少しだけ笑えた。
「ね」
母はまた少しだけ笑い、急にあらゆる全てに興味を失ったように真顔になり、口と鼻の両方からありったけの二酸化炭素を吐き出した。そして、赤みを帯びた光の矢が命乞いをする最後の一人の顔面を貫いた。
殺した男たちの肉は猛禽類や獣たちに食わせた。獣たちは骨までしゃぶって行ったらしく骨もほとんど残らなかったが、わずかに残った骨は砕いて森深くの滝に捨てた。ヒトの肉を食っている獣たちを家の中から眺める母の目は何故かうるんでいて、とても美しく見えた。
それから数日間、何もなかったかのように時が過ぎた。
先日の事件も忘れようとしていたころ、暇を持て余した私は本を買いにふらりと町に出かけた。町に出るときは顔を見られないようにしなさい、と昔から母や祖母に言われていたので、どれだけ暑くても深く帽子をかぶってメガネをする。さすがにマスクまでしたら不審者なので、顔を見られないように背中を丸めて歩く。町を離れて林を隔てた郊外に住んでいるし、私の存在を隠したいことは薄々感づいてはいたが、まさか出生届まで出されていなかったとはね、と数日前に祖母に言われたことを思い出してひとり笑った。
首尾よく本を手に入れ、普段なら背中を丸めて直帰するところだったのだが、町中の人が先日郊外で光線がいくつも落ちていくのを見た、とか、林を抜けた奥の方で光線がいくつも落ちていったのを見た、という噂話をしているのを聞いて、他にどういう噂が流れているのかという好奇心も勝って、町をうろつくことにした。
あれほど派手に光の矢を撃ったのなら、見ている人がいない方がおかしい。だが、どうやらあまりにも突然で短い間のことだったので、記録画像に納めている人は、私が聞く限りいないようだった。
入ったことのない店で山菜うどんを食べてから母と祖母へのおみやげにパンを買い、夕方近くなってから近くの防風林を歩きつつフキを採って帰ってみると、驚くことに家がなくなっていた。
正しく言うと埋め立てられていた。家があるべき場所にはわずかに盛り上がった土しかなかった。朝まで普段通りだった二人が、まさか自分たちの家を埋め立てるとも現実には考えにくい。
母たちの姿形もどこにもなかった。埋められたのか、連れて行かれたのかもわからない。おそらく先日殺した仲間が来てしでかしたことだろうが、母と祖母はシステムを使う前にやられてしまったに違いない。そして、なにもかもなかったことにされた。
悲しいとかいうよりも、唖然とするしかなかった。家のあった場所はそれはきれいに埋め立てられて整地されていたので、掘り起こす気にもなれなかった。
ぴぃ、といつも庭に来ていた小鳥が、戸惑ったように鳴いた。




