続行‐停止
ばらばらになって逃げまどう人馬たちを密猟者が追いつめる。一番角の大きい人馬を狙っているのだろう。一定の距離を保ちつつ執拗に後を追う。長い尾を振り回しながら暴れる人馬が、方向転換をしてこっちへ向かって来た。ジープも後を追ってこっちに向かってくる。
「まずい、こっちに来る。見つかるぞ」
「君もあいつらと一緒だな」
「……なんだって」
カザモリの目の色が変わる。
「お金のために彼らが死ぬのを黙って見ているのなら、密猟者と同じだ」
口にすると確信が現実的なものとなって一段と怒りが増した。握りしめる手に一層力がこもる。これ以上激しく感情を揺さぶってはダメだと思っていても止められない。
「同じじゃない!」
カザモリが目を血走らせて詰め寄る。
「同じだ」
まるで仲裁をするかのように、間近で発砲音が聞こえる。人馬へ向けたものなのか、こちらへの威嚇射撃かはわからない。だが、最悪見つかっても可笑しくない距離までやつらは来ていた。
人馬がよろめいて倒れ込む。苦しげにのたうち回り、後を追っていたジープが徐々に速度を緩める。
私が持っていた銃を構えるが早いか、脳内に再び警告音が響いた。
『システム解除シマスカ』
「解除しない」
解除してはいけない。この力は無闇やたらと使わないと決めたのだ。カザモリが見ている。なによりもヤッタが見ているのだ。解除してはいけない。あの程度の人数ならこれを使わずとも私だけでどうにかできる。
『システム解除シマスカ』
声はなおも聞こえてくる。
「ダメだ。解除はしない」
空を見上げて答える。
「おまえ何を言っているんだ」
不信感を丸だしにしたカザモリの声が聞こえる。だが、それよりも強く脳内に響いてくる声がある。
『システム解除シマス』
「ダメだ! 許可していない!」
口ではそう言いながら、わかっていた。頭の中では許可を出しているのだ。皆殺しにしろと。
『システム解除シマシタ』
「だめだと言っている!」
そう言いつつも心では許してしまっている。仕方ないと思ってしまっている。感情に支配されてはダメだ。これじゃあいつまで経っても私はシステムを使いこなせないままだ。
『目標補足。消去シマス』
ああ。諦めて息を吐き、天を仰いだ。
白い光が一筋、空から降ってきた。それがジープから身を乗り出して銃を構えていた男の体を貫通し、大地に突き刺さって消える。左胸に穴が開き、男がジープから転げ落ちるのを肉眼でもはっきりと確認できた。続けて再び飛来した光がジープの中に吸い込まれる。もう一回二回三回--。ジープが数回爆音を上げる。そんなにいたのか。光の回数を数えて一人笑った。
ジープは黒煙を上げながら徐々に速度を落とし、私たちの横を通り過ぎて、やがて巨木に激突して止まった。枯れた葉がジープにはらはらと舞い落ちる。漏れ出した燃料の臭いが鼻を刺すが爆発する気配はない。
天からの光の槍は音もなく飛来して、密猟者たちを突き殺したのだ。
『目標消去』
感情のない声が脳に響く。
『目標確認消去シマスカ』
はっとして顔を上げた。密猟者は全て削除した。周りには誰もいない。となると目標は。
私は傍らで呆然とこちらを見つめているカザモリを見た。先ほど密猟者と同じと見なしてしまったことが、消去対象として認識されたのだろう。
「違う。誤認だ。消去しない」
心の奥底で煮えたぎった怒りを必死で沈める。カザモリは違う。多分、違う。殺してはいけない。多分、殺さない方がいい。だが一度付いてしまった火は簡単には消せない。
痛みに叫ぶ命をまるで当然のことのように見殺しにしようとしたこの男。
『消去します』
「だめだ!」
私のすぐ近くで呆然として空を見つめているカザモリを、力いっぱい突き飛ばした。
光がはじけ、カザモリの目が驚きに見開かれる。目の前で彼の片手が吹き飛んだ。
ふとヤッタの姿が視界の端に入った。言われたとおり、助手席に座ったままでこちらをじっと見ている。
青く大きな瞳からは感情が読みとれない。だがその瞳に見つめられていたのだと思うと、途端に混乱して頭の中が真っ白になった。
「駄目だ、やめてくれ。違う。彼は違うんだ」
頭を抱えて叫んだ。怒りが急速に萎え不安で鳩尾が苦しくなる。
警告音が脳に響く。
『消去行動終了』
そうだ。それでいい。
『システム終了シマス』
目を瞑っても光が瞼の裏に焼き付いて離れない。人馬はどうなったのだろうかと思うも怖くて目が開けられない。
「おまえ何者なんだよ」
頭上からカザモリの声が聞こえる。
「片手、駄目にしちまったじゃねぇか」
「すみませ……」
「ま、義手だから別にいいけどよ。つけかえればいいし」
「え」
そういえばそうだったかと顔を上げると、のぞき込むカザモリの顔がすぐ近くあった。疑問と怒りと驚きが入り交じった、どう接していいのかわからない表情。だが意外にも彼はなにも聞かず、すぐに人馬の方に視線をやってわざとらしいほどに素早く私から目をそらした。
「ほら、早く手当しないと、人馬が死んじまうぞ」
「あ、は、はい」
急かされるようにして立ち上がり、人馬の元に走り寄る。人馬は横たわったまま苦しげに息をつき、それでもなお立ちあがろうともがいている。右足とわき腹からはわずかだが血が出ている。
「すみません。こんな怪我をさせてしまって」
人馬の目は怒りに燃えていた。この体が自由なれば今にも私を踏みつぶしてしまおうとでも言わんばかりの形相だ。無事だった仲間もゆっくりと近くに寄ってきた。逃げた方がいいとカザモリが声を上げる。それでも私はその場から動かなかった。
「治療をしたいのですが、私は治療する知識を持っていなくて。レスキューに連絡するので、もう少し我慢できますか」
一群れに一頭はたどたどしくも人語を解する者がいると言われる時代だが、この群れは頭数も少なく見た目に若いので、おそらく人語を解する個体はいないのだろう。もともと人馬はヤタガラスとは違い人間と言葉を交わすことのできる個体は少ない。それでも私は言葉をかけ続けた。
しかし人馬は興奮したまま咆哮を上げ続ける。次第に周囲を取り囲んでいた人馬たち、角象たちまでも前足で土を掘る仕草を始めた。殺されるかもしれないな。そう漠然と考える。
「おい、格好つけるのはいいけど命あってのことだぞ」
カザモリが声を上げる。わかってはいるが、人間が傷つけた生き物を放ってはおけない。
「あのよ」カザモリがなおも声を上げる。「あのカラス、もう出てもいいか、って言ってるぞ」
指さした方向を見ると、ヤッタが窓に張り付いてこちらを見ていた。律儀に言いつけを守ってはいるが窓ガラスは鼻息で曇っており、今すぐにでも飛び出したいという感じだ。
人馬は興奮しているし、近くには爆発してもおかしくないジープもあるが、なにかあったらヤッタは飛んで逃げることができるだろう。
覚悟を決めてヤッタに手招きをした。
「ヤッタちゃん。おいで。出てきてもいいよ」
「わーい。娑婆の空気」
器用に三本の脚でドアを開けてヤッタが飛び出してきた。一目散に胸に飛び込んできて頬ずりをする。その体温に安心している自分がいる。
「アンスルちゃん、無事でよかった」
だが、無邪気に喜ぶヤッタの姿に得体の知れない不安のような、説明のつかないもやもやとしたものが鳩尾を重くする。
この気持ちはなんだろう。正体不明の感情に腕の中にいるヤッタを見つめることしかできない。
「ヤッタ、人馬さんとお話してもいい?」
こちらの不安をよそにヤッタが私を仰ぎ見た。やや上目遣いなのは、駄目と言われるのを怖がってのことかもしれない。
「うん。私の言葉通じないから、私が謝っていると伝えてほしい」
「がってん」
ふわりと飛び立ったヤッタが、倒れた人馬の腹に降り立つ。今だ興奮している人馬だったが、ヤッタを振り払うことなく無言で見つめている。痛みのせいで潤んだ真黒い人馬の目がヤッタを映す。ヤッタも同じように人馬を無言で見つめる。しばらく見つめあっていた両者だったが、やがて人馬が落ち着きを取り戻し、静かにその体を大地の上に横たえた。
まさかと思ったがヤッタが大丈夫だと力強く頷いたので、それを信じることにした。
人馬は体を横たえたまま胸で大きく息をしているだけでそれ以外動きはしない。おそらく体力を温存しているのだ。まわりの人馬たちも落ち着いたようで、跪き傷ついた仲間に寄り添っている。
ヤッタが人馬と語り合っている間に、一番近くの野生動物保護センターに連絡しレスキューを頼んだ。もうしばらくすれば到着するだろう。
疲れた。空を見上げて呟いた。
何か言いたげな顔でカザモリがこちらを見ている。仕事の邪魔をしてしまったうえに犯人を殺してしまった。謝ろうと振り返った途端、地面が揺れて目の前が暗くなった。耳鳴りがして意識が遠くなる。自分が揺れているのだと気がついたときにはすでに地面が目の前に迫っていて、思わず目を閉じる。
久々に発動したから体に負担がかかったのだろう。仕方がない。
馬のいななき。カザモリの声。ヤッタの羽ばたき。それらがだんだんと遠くなっていく。
死ぬのかな、自分。
心配の種はヤッタだがノエルロードもいるし大丈夫だ、野垂れ死ぬことはない。
自分は今死んでも誰にも迷惑はかけない人間だ。心残りも……別にない。
やけに冷静な頭でそう考えたところで全身に衝撃を感じた。痛みはなかった。だが、倒れたのだと思った次の瞬間には、意識は完全に途切れていた。




