みればわかる
「ヤッタちゃん。ここからは危険なところに行くことになるから、頭の上じゃなくて服の中に入っててね」
「うん」
ヤッタが襟の開いたコートの懐にするりと入り込む。ヤッタを入れることを見込んでサイズは大きめだ。胸元から顔を出してヤッタが準備オッケーと声を上げた。
そんなヤッタをカザモリがちらりと横目で見る。
「なぁそいつ、オス? メス?」
その言葉にヤッタがぐいっと首を伸ばす。
「失礼なっ。見ればわかるっ」
「いや、全然わかんねぇし」
「むっ」
機嫌を悪くしたヤッタが胸元からぽんと飛び出して、運転するカザモリの腕に乗り翼を広げる。
「もっとよく見ろっ」
「運転の邪魔。おい、お前このカラスどうにかしろ」
言われたとおりにカザモリの腕からヤッタを引き剥がしにかかる。が、爪をたてていて、なかなか動かせない。
「ヤッタちゃん。運転の邪魔をしてはいけない。危ないからこっちおいで。事故に合う」
「むう」
納得はしていない様子だったが、大人しく私の腕に戻り再び懐の中に潜り込む。
「お前はわかるのかよ」
「当然でしょう。ヤッタちゃんは……あ」
大事なことに気が付いて思わず声を上げた。
「どした」
こちらに顔を向けずにカザモリが声をかける。
「ヤッタちゃんのおやつ持ってくるの忘れてました。三時までには終わりますか」
「えっ。ヤッタ餓死しちゃう」
「終わるわけねぇだろ」
さっと腕時計を確認してカザモリは再び前を向いた。
「食料なら常に積んである。心配すんな」
常に積んであるとしたら、保存の利く乾パンやコーンミールなどだろう。それならヤッタも食べられる。安心して息をつき座席に深く沈み込む。
運転しながらカザモリが賞金首の情報の集め方について色々と話をし始める。メモを取りながらそれを聞く。かたわらのヤッタはすでに眠そうだ。
「今回のは、賞金首なのにちょろちょろする奴だから、わりとすぐに情報は掴めた。よほど捕まらない自信があるのか、ただのバカなのか」
「今まで捕まらなかったから、バカではないのでしょう」
「捜査官も殺してるしな」
「今回の賞金首の目的は人馬って言ってましたよね」
「ああ」
人馬は一見するとただの馬ではあるが、実は額に小さいに角が生えていて、保護区に多くいる動物たちと同様に私たちの言葉を理解する種だ。もともとは意思疎通ができないと思われてきたが、それは言葉が通じていない、すなわちお互い別々の言語を用いていただけであったと最近わかった。ここ十数年の間で群れの中にどこで教わったのか一人(一頭というのかまだ生物学会で論争が続いている)は人語を解するだけではなく、発音は怪しいがちゃんと人の言葉を操ってみせる人馬がいるようなことも珍しくない。
私がもといた職場でも人馬の子供や大人が密猟者によって傷つけられ、運び込まれることがあった。そのたびに彼らは意思疎通ができるだけでなく、人語を理解しているのだということを行動で示してみせたのだ。その中には、長年の治療を経て人語を習得した者もめずらしくはない。
ちなみに天馬は人馬とは別の生物で、人馬よりも大きな角を持った馬の体に羽が生えた生物だ。人間の言葉を話せる個体は今のところいない。
「なんというか、その、密猟者を筆頭としてカイトスの人間は言葉の通じない命を簡単に捕えたりしますが、それって理解はできないけれど、誤解を恐れず言うならば少しはその理由がわかる気がするんです。合法と言ってもペットにする動物だって無理やり捕まえたやつです。私も耳元でうるさいと思った蚊をつぶしたりもします。部屋に入り込んできたハエを叩きつぶしたりもします。それは言葉が通じないからです。別な例で言えば、お魚を釣って食べます。食料とみなしているからです。それらは全て言葉が通じないから、意思の疎通ができないからです。もし虫や魚が言葉をしゃべって意思疎通ができるのならば、私は魚を食べることはできないでしょう。でも、密猟者は言葉の通じる生き物ですら、平気で拉致して売りさばいたり殺したりします。それはとても……残酷で非道であると思います。相手に憎しみを感じているのならば殺すというのは理解できます。おおよそ言葉の通じる者同士の殺し合いなんて憎しみからですから。私も職業柄犯罪者を殺してきました。ですが密猟は憎しみさえもないわけでしょう。ただ金のためだけで」
「まるでお前、カイトスの人間じゃないみたいだな」
「そうですか。別に……」
「ま、いいけどさ、で、そこなんだよ。金。金がすべてだよ。話が通じる人間同士ですらも、良心の呵責なしに拉致して殺してしまえるんだ。異種ならなおさらのことだろ」
「良心の呵責なしに?」
「隣国なんて臓器提供したらすごい金もらえんだよ。公にはしてないけどさ。でもまぁ、実際裏側では国ぐるみでやっていると言っていい。だから、闇ブローカーはもちろん金が欲しい一般人でも言葉だって通じる同じ人間の子供を拉致して売る。そこで殺して臓器を摘出して、レシピエントに新鮮な臓器を提供する。臓器の出どころなんてどうでもよくて、自分の命が助かることばかり大事と考えている人間がわんさかいる。事故とか病気で死んだ人間の臓器待ってたら何年かかるとわからないし、金払ってでもそこら辺の人間殺して手に入れたほうが早いしな。同じ言葉が通じる人間同士ですらそんな感じだよ。言葉が通じたとしても異種を殺して金を儲けることなんて、なんの罪悪感もないんじゃないのかな。相手が命乞いをしたとしてもさ。それこそ蚊を叩くくらい」
金で動いている私たちはその言葉を最後に互いにしばし沈黙した。
しばらくすると街を出た。道路は舗装されているが周りには廃墟寸前の家屋が点在し、ツタがそれを取り込むように群生している。
人間は一瞬にして自然を犯し破壊する。だが、人間が放置した人工物を自然が覆い浸食するのは長い時間がかかる。それでも自然は人間に屈することはないのだろう。
人間はいつか滅びる。だが、自然は生き残るのだ。これらの廃墟と同じように。疾走する車の中から空を見あげた。そこには骨のように白い月がいくつか浮かんでいた。あれはカイトスにいくつかある衛星のうちのどの月なのだろう。日中の月は一様に白くてなに月なのかよくわからない。
やがて廃屋もなくなり、目の前にはただ緑色の濃い自然が広がるようになった。そろそろ特別保護区域近辺に入る。特別保護区域外だが、自然保護と動物保護に準指定されている区域だ。樹木の切り倒しなどは基本禁止されているが、政府に届け出れば条件次第で許可が下りる。特別保護区域ほど厳重に管理されていないので、密猟が起こりやすい。
「よし、じゃあ行くぞ」
カザモリが正面を見据え、ハンドル片手に腕まくりをして気合いを入れた。




