職場見学
ちょうど明日、目を付けていた賞金首を捕まえにいくところだとカザモリは言った。一か月前から調査を始め、ここ二週間もずっと行動を監視していた大物だ。
ついていくことを了承してくれたが、邪魔だけは絶対にするなと言われて翌日に至る。
ヤッタを頭の上に乗せながら、待ち合わせ場所に現れたカザモリの後ろを三メートルほど離れて付いていく。邪魔はしない。ソーシャルディスタンス。
彼が目を付けた賞金首は密猟者だった。これはまたなんの因果かと、渡された賞金首情報に目を通す。
シャルデン エトー。賞金額5千7百万イェン。
正確に言えば、密猟者兼殺人者兼臓器売買関係者だ。民間ハンター射殺、捜査官殺害、子供三人を誘拐したのち、しかるべき闇ルートにて臓器移植のために販売。密猟した人馬や天馬は数知れず。
人馬らの角は貴重なので反政府組織など地下組織の連中が資金源としている場合が多い。武器を持たない人馬などは簡単に殺せて、一番手っとり早くて安全で効率のいい資金源だ。臓器売買にも関わっているということは、昨今頻繁に村を襲撃し市民を殺して歩いている反政府組織と関係している人間なのかもしれない。
殺していい種類の人間だな。私の中にいる裁判官と死刑執行人の判断はかなり厳しい。すぐに死刑判決を下して、それを実行に移す。だが今は保安官ではない。殺すのが仕事ではない。いや、保安官の時も殺すのが仕事ではなかったのだが。
賞金首は見れば見るほど胸くその悪くなる顔をしていた。まるまると肥えた顔。顎には肉が豪華三段重のように乗っており、首との区別がほぼ付かない。目も肉に埋もれている。歯茎をむき出しにした笑顔に、前歯には金色に輝く入れ歯がある。唇だけはやけにピンク色。下品な肉だるまでもう一生見たくはない顔をしている。
しかしどこで撮影したものなのか、写真に悪意しか感じない。
「密猟者なんですね」
「殺人もしているけどな。密猟だけじゃ賞金額はこれほど跳ね上がらない」
「私の前の仕事、こういう人たちを捕まえる仕事だったんです」
カザモリが立ち止まり振り返る。それにあわせてこちらも歩みを止める。
「特別保護区域の保安官ってことか」
「そうです。よく知ってますね」
「公務員じゃん。なんで辞めたんだよ」
勝ち組じゃん信じらんねぇ、と呟いて再び歩き出す。
「色々あったんです」
ふーん、と言ったっきりそれ以上は追求してこなかった。
カザモリがこいつをターゲットに選んだのは、子供が殺されているからだろうか。死んだ妹と同じような歳の子供たち。考え過ぎか。
それにしてもしょっぱなから危険そうだ。私は頭の上に乗せたヤッタの足を軽くひっぱった。
「なあに。アンスルちゃん。あんよひっぱらないで。ヤタガラス虐待案件で通報するよ」
「どうぞしなさい。そうしたらヤッタちゃんはお母さんのもとに帰ることができますね」
「しないよ。マジレスやめて」
「それで今回危険な仕事なんですが、やっぱりついてくるんですよね」
「行くよ。ヤッタはアンスルちゃんの行くところに行くよ」
わかってはいるが何度も聞いてしまう。もともとヤッタを危険な目に遭わせたくないから以前の仕事を辞めたのに、これでは本末転倒だ。
しかし、今回は遠くから見ているだけだ。手出しもしない。危険なことはないだろう。自分が賞金首を選ぶときは、こういう凶悪犯罪者を選ばなければいい。
ヤッタとも話し合った。当分は下着泥棒と食い逃げ犯狙いで行こうと。
多くの賞金稼ぎは一攫千金を狙って、賞金額の高いやつを狙ってくる。小銭稼ぎ程度な下着泥棒を狙う奴はまずいない。完全なるスキマ産業。下着泥棒でも数をこなせばそれなりの金になる。
カザモリは駐車場の中をずんずんと歩いていく。黙ってそれを追いかける。
「今回は見てるだけってことでいいんだよな。手伝うから賞金少し寄越せなんて言わねぇよな」
「言いません」
「ならいいんだけどよ。ところでさ、保安官やってたなら捕まえるのは慣れてんだろ」
カザモリが歩きながら振り返る。
「それがそうでもないんです。落ちこぼれでしたから」
苦笑いをして顔の前で手を左右に振った。私生け捕りは苦手なんです、と心のなかで呟く。
「カザモリさんは犯人殺しちゃったこととか、ありますか」
「いや? ねぇけど。死体なら額が下がるし。そこんとこは気をつけてやってる」
白い車の前で立ち止まった。ワゴンタイプで若者が乗るにしては高価な車だ。カザモリがドアに触れると、電子音とともに鍵が解除された。
「乗れよ」
「失礼します」
助手席に乗り込み、ふと後部座席に目をやってぎょっとした。外からじゃわからなかったが、どう見ても普通の車じゃない。
運転席と後部座席の間には壁があり、そこに開いた小窓には、鉄格子がついていた。窓が黒くて気が付かなかったが、よく見ると後部座席の窓には金網が張ってある。まるで犯人護送車だ。
「これはなかなか……すごいですね」
「とっつかまえた犯罪者を乗せるからな。ちなみに後部座席は、星々の祝福の発動もできないような特殊合金でコーティングしてある」
星々の祝福。特殊能力だ。以前先輩保安官のユイスが、機関銃を持った密猟者に突撃する時にかけてくれたものもそれだ。
ルネの種類は様々ある。ユイスのように防御力の増すものや、まるで魔法のように手から炎を出したりするもの、一時的に筋肉量を増加させ、攻撃力を増加させるもの。ルネの力で空を飛べる人もいるし、実際会ったことはないが、天候を操ったり地震を起こしたりするルネもあるらしい。
その反面、まったく役に立たないルネを持つ人もいる。私も過去に会ったことがある人で『舌が延びるルネ』を持つ人がいた。たぶんカメレオンの生まれ変わりだと思うが、そのルネが今までなんの役に立ったのかは、結局聞けずじまいだった。
どのような能力を持って生まれるか、もしくは全く持たないで生まれるか、それは運による。血筋として受け継がれたルネを使える家系もあるが、それはごくごく一部の特殊な家系だ。
ルネを持つ人はそのほとんどが先天的獲得能力だが、血の滲むような努力をすれば、後天的に獲得できることもある。それも全ては先天的に持っていた『芽吹くかもしれない種』があってのことなのだが。
「ところで、お前なんかルネ使えるのか」
エンジンを作動させて、カザモリが助手席にいる私に視線をよこした。いいえ、というとそれでも彼はしつこく追求してきた。
「使えそうな雰囲気あるけど」
「使えません」
よそ見運転禁止、と言いながら、カザモリの視線から逃れるようにふいと横に顔を逸らす。
「そんなカザモリさんは星々の祝福、使えるんですか」
「まぁな」
どこか誇らしげにカザモリが頷いた。
「どんなルネですか」
「後でわかる」
犯人逮捕に有用なルネということなのだろう。じゃあ楽しみにしています、と言って頷いた。有用なルネを持っていることも自信につながって、中学卒業すぐにこんな仕事につきたいと思ったのだろう。
「で、これからどこに行くんですか」
「賞金首の仕事場所。特別保護区域の隣、角を持った成人の人馬が群でいるところ。調査の結果、最近はそこに出没する確率が高い」
特別保護区域外とはいえ当然密猟は禁じられている。立派な犯罪だ。
保護区域内と比べて、区域外には生息する希少動物の数が少ない。ただ、保安官が保護区域内で密猟者を殺していいことに対し、保護区域外では捕獲に限られる。なので、リスクの少ない区域外で活動する密猟者も多くいる。
もともと数十年前まで、今の保護区域はほとんどが私有地で、国の補助金と自然保護に理解のある人々から募った寄付で土地を買収し、国直轄の保護区域としてきたのだ。もう少しお金があれば現在区域外とされている部分も買い取れるだろうが、土地を持つ人たちも善人ばかりではない。貰えるだけ貰っておこうとばかりに足下を見るやつもいる。保護活動もなかなか簡単なものではない。




