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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
ヤタガラスの子供

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23/65

取引

 コードネームは『実体のない(ネマテリア )天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』と書かれていた。

 なんと仰々しい。というか分かりにくい。どうして公務員系の命名はこうもセンスがないのだろうと、首をひねらざるをえない。

 その事件はおよそ五年前で、犯人は六人の人間を殺している。それから数年にわたり一家殺人が七件。まるでやりつくしたかのように、およそ二年前からはぷっつりと足跡が途絶えている。


「俺がここに入った頃から、なにもしなくなったんだ」


 カザモリが憎々しげに吐き捨てる。爪を噛んで画面を睨みつける横顔は憎しみで歪んでいた。


「もし今また誰かを殺したら、そこからなにがあっても手がかりを探して、見つけだしてやるのに」


 まるで早く誰かを殺してくれと言わんばかりの口調だ。熱いな。まだまだ話が聞けそうな気がして、私はヤッタを頭の上に乗せて隣の椅子に腰掛けた。

 私怨ってのは感心しないな、と口を開きかけて止めた。


 ノエルロードも言っていたことだ。殺して良いと。それに採用の際、彼が賞金首に家族を殺されていることを捜査局が把握していない訳がない。黙認しているのだ。私怨で追うのならば途中で諦めたりはしない。家族が殺されたとなればなおさらだ。捜査官が捜査する何倍ものしつこさで犯人を追うだろう。捜査局にとっては歓迎すべき労働者だ。

 殺してでもいいから見つけろ、と、そういうことなのだろう。


「結構いい値段ですね」


 コードネーム『実体のない(ネマテリア )天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』と書かれたその下に、ふたまわりほど大きな字で賞金額が書かれていた。七千万イェン。名前も顔も知られていない賞金首なら、これくらいかけられていて当然か。


「この七組の一家殺人、その内の一組は俺の家族だ」


 やっぱりそうか。眉間に皺を寄せ、コンピュータを見つめる彼の横顔を無言で見つめた。画面から照り返す光がまだ幼い顔を照らす。

 詳細情報をクリックするとより詳しい犯人情報が表示された。事件の起こった日時。被害者家族たちの名前。性別。そのほか諸々。


「俺の家族」


 カザモリが画面を指さした。カザモリ デラ。カザモリ キャンベル。カザモリ アーリー。と書かれている。


「両親と妹。出かけようと車に乗り込もうとした瞬間に殺された。俺の目の前で。俺は遅れて家を出てきて、最後の一発にやられた。でも、左腕を失っただけで済んだ」


 反射的に彼の左腕を見る。それはなにごともなかったように、キーボードの上に乗っていた。


「義手だ、これは」


 視線に気がついたカザモリが左手を挙げて見せた。ばらばらと動くその動きはどこかぎこちない。


「本物そっくりだろ。けど、肘から下には神経も通ってねぇただの機械だ。怪我をしても血も出ねぇ」


 彼は自嘲気味に笑って見せた。


 許可を貰って彼の手に触れた。右手と同じで歳のわりにはごつごつとした指だった。

 確かに冷たかった。体温の通っていない手だ。血の流れていない指。肉をまとわない金属の骨格。だが生きている。


「凶器は銃? それともレーザー?」手を離して問いかけた。「君、殺される瞬間を見たんですよね」


 残酷な言い方かもしれないが、これ以外に言い方を知らない。


「見た」


 戸惑いつつもカザモリが言った。


「でも、わからないんだ。空から突然レーザーのような光の矢が降ってきた。どこからかはわからない。ただ、空からとしか言いようがない。それで母さんや父さん、妹を貫いていった。矢は何本も降ってきた。下手な鉄砲なんとやらってやつだよ。三人とも頭や胴体を打ち抜かれて穴が開いていた。ソフトボールくらいの大きな穴だ。妹は顔の原型すらとどめてなかった」


 もう何度も思い返し、言葉にしてきた光景なのだろう。内容は凄まじいが彼の口調ははっきりとしており、動揺はしていないようだった。

 だが私はその話に頭を殴られたような衝撃を感じて、こめかみを押さえた。


「ヤッタ、ウエハース、もう一枚」


 頭痛をこらえながら、言われるままにヤッタのくちばしにウエハースを挟み込む。ぼりぼり、と勢いよくウエハースをくちばしで叩き割る音が部屋に響く。

 空から降ってきたレーザーのような光の矢。人間の体にソフトボール大の穴を開ける。それは、まるで……。


「おい、大丈夫か、おまえ、顔色悪いぞ」


 カザモリに顔をのぞき込まれた。はっとして顔を上げると、強烈なめまいがした。


「すみません。話を聞いて、少し具合が悪くなってしまって」


 嘘だ。その程度で具合が悪くなるような細い神経などしていない。


「話を聞いた程度で具合が悪くなるって、おまえ本当にこの仕事つとまるのかよ」

「本当ですね」


 はははと笑ってごまかす。頭は未だ混乱している。


「アンスルちゃん、大丈夫? ウエハース半分食べる?」


 頭の上のヤッタが足に掴んだウエハースを私の口元に持っていく。ヨーグルトクリームの酸っぱい匂いが鼻につく。


「いや、いいよ。ありがとう。ヤッタちゃん食べて」

「いいの?」

「うん」


 そおお? といってヤッタが残りのウエハースをぼりぼりと食べた。食べかすがぽろぽろと目の前に降ってくるが、それを気にしているだけの心の余裕がない。


「おまえ、なにか知っているのか」


 カザモリが挑むように私を見た。


「なにが」


 ごまかしたつもりはないが、頭の整理がつかなくて、適当な言葉を返した。


「犯人についてだよ。おかしいだろ、その反応。なにか知っているって顔に書いてある」

「書いてませんよ。鏡貸してください。確認してみます」

「ごまかすな」


 椅子が倒れる勢いで立ち上がり、カザモリが声を荒げた。なおも続けようとするのを、私は片手をあげて制した。


「生理で体調が悪いんです。大きな声、あげないでもらえますか」

「せ……?」

「月経です。月のもの。子供に見えるかもしれませんがこれでも大人なんです。だから月経もある。月経とは女性が……」

「わかった。悪かった」


 顔を赤らめて椅子に座る。彼はバツが悪そうにマウスを動かし、そのほかの賞金首の情報を閲覧し始めた。生理なんてもちろん嘘だ。


 どうやらカザモリは家族を殺した賞金首のこととなると冷静さを失うようだ。このような状態では仮に賞金首本人と出会ったとき、無鉄砲に突っ走って自らの命を脅かしかねない。若さと言えばそれまでだが、それだけではすまされない。液晶画面の発光に照らされる彼の横顔を盗み見て不安になる。


 肩にかけていたバッグからペットボトルを取り出し、口に水を含む。常温の水は吸い込まれるように胃に滑り落ちていく。ヤッタにも飲ませてから、ペットボトルをバッグにしまった。

 全身に水分が行き渡ったおかげか、心が少しだけ落ち着いた。大きく深呼吸をしてから背もたれに身を預ける。


「アンスルちゃん、大丈夫?」


 ヤッタが手元に飛び降りてきた。


「うん、もう大丈夫。ちょっと貧血になっただけだよ」

「おビールを飲めば治る?」


 覗きこむその瞳は心配そうに潤んでいる。幼いカラスまで騙してしまい、罪悪感に心がしぼむ。罪滅ぼしに小さな頭を撫でた。


「そうだね、おビール飲めばもっと元気になれるかな」

「ヤッタ、今日冷蔵庫におビール三本冷やしておいたから! 帰ったら飲もう!」


 最近冷蔵庫を開け閉めできるようになったヤッタが、得意満面の笑みで翼を広げた。


「ありがとう」


 ぎゅっと両手で抱きしめると、ヤッタがむぎゅうと声を上げて、頬擦りをしてきた。人間よりも高い体温が薄い皮膚を通してじんわりと伝わってくる。柔らかな羽が心地良い。


「もし」


 甘いひとときに水を差すように、カザモリが口を開いた。


「犯人の情報を少しでも知っていたら、教えてくれ」

「いやです」


 すかさず言った言葉にカザモリが眉を顰める。


「私だって賞金首を捕まえて生活していかなきゃならないんです。無償で教えるほどいいご身分じゃありません」


 相手が凶悪犯なのはわかるが、私怨に手を貸すのも心がひける。

 それに、カザモリの言ったように空から降ってきた光の矢、殺傷能力から言って槍と言った方が正しいのだろうが『実体のない(ネマテリア )天からの光の槍(シエラ ルモランツォ)』というコードネームで表されるような殺し方、本当にそれができるやつがいるとしたら……。


 そこまで考えて、私は思考を停止させた。いるはずがない。どうせ航空機で上空からレーザー攻撃したとか、それが誤射だったとかそういう類のものだろう。


 腕の中のヤッタが眠たそうにあくびをする。このまま寝ていいよと言って片手で頭を撫でながら、まじめに追う賞金首のひとりでも探そうかと、私もカザモリを見習って端末に手を伸ばした瞬間だった。


「お願いします!」


 カザモリが突然大声を出して立ち上がり頭をさげた。


「おしえてくれ、さい」


 突然の行動に言葉が出てこない。

 それにしてもなんだその敬語は。慣れてないならしない方がいい。余計みっともないと顔で語るが、青年は気がつかない。


「さっきの様子、全く知らないってわけじゃないんだろ。なんでもいい。小指の先ほどの情報でもいい。おしえてくれ、さい。頼むます」


 ウケを狙っているのか、まじめなのかわからないが、狙ったような敬語には腹が立つ。だが、あまりに真剣な様子に少したじろいだ。


「情報をくれるのなら金は出す」

「同業者からお金なんていりません。本当に知らないだけですよ」


 それでもカザモリは引き下がらない。


「もし犯人を捕まえたら、俺が賞金以上の金で買う」


 なんてことを言い出すのだと、呆れて閉じなくなった口をそのままに、カザモリを見上げた。


「それをやったらまずいでしょう。犯罪者を賞金以上の金で買うって。そうやって取引をする賞金稼ぎが多発したから、私たちみたい組織が作られたわけでしょう」

「もちろん、逃がしはしない。俺の手で殺したいんだ」

「なるほど」


 その話をここでするのはまずい。ここはあくまで捜査局の施設の中だ。殺人の為の取引、もしくは殺人予告をしているようなものだ。

 だが、そこまで情熱をかけていることに興味が湧いた。

 名前も顔もわからない犯人は、生死問わずの賞金首にはならない。普通の賞金首を殺してしまえば賞金は十分の一に減額されるが、名前も顔もわからない場合は賞金が払われない。生かして捕らえて、犯人と実証できて初めて支払われるのだ。


 自分の手で殺してしまって、それでどうやって私に賞金額以上のお金を払えるというのだろうか。

 この取引が成立したとして犯人の引き渡しとお金は同時交換だ。そう考えているのが顔に表れたのか、カザモリは金のことなら問題ないと言った。


「八千万イェン。俺の通帳に入っている」


 おおぅ。思わず声が漏れた。今まで賞金稼ぎでそれほどの額を稼いだということか。たいそう働き者だ。


 十代の子が八千万イェンの貯金を持っている。それ犯人に使うよりも自分の為に使った方がいいのでは。そんだけお金持っているって知られたら、女の子にモテるよ。

 そう軽口を叩ける雰囲気ではないことは、私でもよくわかっていたので、なにも言わなかった。


「なんなら通帳見るか? お金を持っているって信じてくれたら、犯人を引き渡してくれんのか」

「落ち着け少年。いいですよ、見せなくて」


 払うように手を振った。見たが最後、この取引に応じるということにされてしまいそうだ。はぁ、と特大のため息をつくと、ヤッタの背中の羽がぶわりとめくれあがった。


「わかりました。もし、仮にですが、犯人を見つけたら君に教えます。捕まえるのも君に任せます。でも、今の私は本当に犯人のことは知らないんです」


 納得できていない顔ではあったが、カザモリは素直に頷いた。


「見えない凶器のこととかも、もしなにかわかったら教えてくれ」


 この男、勘がいいな。返事をせずに口の端で笑って見せた。彼はむしろ凶器について私に心当たりがあるだろうことを察知しているのだ。


「いいですよ。その代わり」私は人差し指を立ててカザモリを仰ぎ見た。「お願いがあります」

「取引か」

「違います。お願いです。一度君の仕事を私に見せてください」


 どういうことだとカザモリが首を傾げる。


「私、まだ実際に賞金稼ぎとして活動したことがないんです。さきほど言った……と思うんですけど、ピッカピカの一年生新人です。どうやって犯人を探すのか、どうやって捕まえるのか、どうやって縛り上げるのか、わからないことだらけです。こういう場合、まずは先輩の仕事を見て習うのが一番でしょう」


 よろしく、先輩、と笑顔で手を差し出すと、カザモリは戸惑いながらもこの手をとった。恥ずかしがっているのか、緊張してるのか、みるみるうちに頬が赤くなる。恥ずかしがりやさんだ。可愛らしいではないか。

 さきほどまで眠たそうにしていたヤッタもむくりと起き上がり、繋がれた手の上に飛び乗り、三人で握手を交わし合った。

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