少年と烏
「こんにちは」
「……ウス」
こちらを見ずに、鳩時計のように男がかくりと一度首を動かした。
最悪無視されると思っていたが、ちゃんと反応があって安心した。だが、彼の横顔からは構わないでくれという雰囲気がぷんぷん伝わってくる。
自己紹介してみたものの、あァ、と一言適当に返事っぽい言葉を発したきり、顔をこちらに向けもせず、じっとコンピューター画面を睨んだままだ。人と話をする時は人の目を見ろ。こっちが名乗ったのだからおまえも名乗れ。無言の圧力をかけてみれども、なんの反応もない。親の顔が見てみたい。そう言いそうになるのをじっとこらえて、笑顔を湛え友好的に振る舞ってみる。
「こんな若いうちに危険な職業についたら、親御さん、心配しませんでした?」
「親、いないし」
んん?
予想外の言葉に全身が凍り付いた。作り笑顔を張り付けたまま顔面筋肉が硬直する。
教えろよ、あのワカメ、こういう大事なことは。知らない訳でもあるまいし。心の中で半目のワカメ男を激しく叱責したが、当の本人に届くはずもない。
ようやく青年がこちらを向いた。切れ長の青い瞳にはまだ少年のあどけなさが残る。だが、その表情はどこか暗く陰鬱としている。
「聞かなかった? さっきのオッサンから。なんかひそひそ話してたけど」
「聞いてたら親御さんの話題なんて出しませんし」
妹がいないとは聞いていたが、面倒なのでそれも知らないふりをした。
「若くて良いなって話をしていたんです」
「おまえの方が若いだろ。よく特別捜査官になれたな」
ふんと鼻を鳴らして彼は私から目をそらし、再び画面に視線を戻した。
「めぼしい人はいましたか」
「おまえには関係ないだろ」
横面を殴り倒すところだった。冷静な左腕が感情的な右腕をかろうじて制した。
関係あるだろうがよ。誰かが狙っている賞金首がいたら、こっちはその賞金首外して他のを狙うようにするだろうが。賞金稼ぎとして互いに生き残るには、そういうことも考えなければならないだろうが。
そう言ってやりたかったが、相手が子供なら仕方がない。そういうことは考えずに、自分勝手に突っ走っている俺様野郎なのだろう。自制心フル活動で適当に愛想笑いをしてみたが、やはりあっさり無視だ。
かわいげのないガキだ。蹴り倒したい。鼻の穴にヤッタちゃんのうんこ詰めたい。話すだけ無駄だったか。
その場から立ち去ろうとすると、ヤッタの腹がきゅるると可愛らしい音を立てた。またぐような形でお腹を直接私の頭の上に乗せているので、ヤッタのお腹の振動が脳味噌に直接響く。まるで頭が鳴いたのかと錯覚したくらいだ。
「ねー、アンスルちゃん。ヤッタおなか空いた」
「ほら、朝ご飯ちゃんと食べないからそうなる」
「だってヤッタ、きゅうり嫌い。サンドイッチに挟むのだめ。あの水くさいくせにぽいぽり主張するあのにおわせ感だめ」
ぶう、とヤッタが不満の声をあげた。
今日の朝ご飯は野菜多めのヘルシーサンドイッチ。ヤッタが嫌いなきゅうりが食べられるようにと、レタスとハムと一緒に千切りにしたキュウリをマヨネーズに混ぜてサンドイッチに挟んだのだ。あっさりばれてしまったが。
「子供はすぐおなかが減るの」
「はいはい。十時のおやつね」
鞄の中からバニラ味のウエハースを取り出す。
「わーい」
私たちの会話にカザモリ少年がものすごい勢いでこちらを向いた。私を見て、頭の上のヤッタを見て、それからまた私を見た。
切れ長の目が丸くなる。
「それ、しゃべるのか?」
頭の上のヤッタを指さす。ヤッタは三本の足をぷらぷらさせて、わざとらしくカァカァと鳴いた。
「はぁ、まぁ」
突然なんだ。一連の受け答えへの報復か、自分でも驚くほど少し冷たい声が出た。目を合わせずにウエハースの袋を破く。
「帽子かと思ってた」
「はぁ?」
思わず横目で自分よりもはるか幼い男の子を睨む。
「捜査局内部でこんな帽子かぶってたら、ただのバカじゃないですか」
「いや、だから、いくら子供でも変人かと思ったから、相手にしないようにしてた」
そう言うカザモリの顔は至極まじめだ。
そして瞬時に悟った。ヤッタを乗せて外を歩いているとき、街行く人々が微妙な顔をして私を二度見することがあった。もしや殺人者だということが顔にでているのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
おそらく、人々にはヤッタがただの帽子に見えていたということだろう。やけにリアルなぬいぐるみみたいな帽子をかぶって、やけに堂々と街をひとり歩く子供。ちょっと訳アリっぽくて危険だ。
恥ずかしいやら情けないやらで変な汗が出てきた。
「まともな反応がないから、私は君が可愛げのないクソガキかと思ってました」
「おまえが変な奴だと思ったから、まともに反応しなかったんだよ。それにおまえの方がガキだ」
「わたしは幼形成熟なだけであなたより年上ですよ」
「よう……?」
「見た目は子供だけど、中身は大人なんです。最近よく聞きませんか」
「いや……ちょっと意味わかんねぇな」
可愛げのない口調は変わらない。
「そのカラス、ちょっと、触っていいか?」
カザモリが私とヤッタの顔を窺う。少しだけ緊張した表情。だめだというのは簡単だが、悪い奴ではなさそうだ。
「私はいいけど。ヤッタちゃん次第」
「ヤッタもいいよ」
そう言ってヤッタが頭の上から肩、腕へと飛び移り、さあどうぞというように胸を張り、大きく羽を広げた。
「ヤッタちゃん、男の人怖くないの?」
「小さい人は怖くない」
「小さくて悪かったな」
椅子に座っているとは言え、カザモリは小さかった。おそらく立ち上がったとしても、私とさほど変わらないだろう。差し出した手のひらがそれを物語る。
カザモリの手がヤッタの頭に触れる。歳のわりにごつごつとした男らしい指だった。そんな無骨な指が、ヤッタの頭を前から後ろに向かって優しく撫でる。ヤッタは気持ちよさそうに目を閉じて、されるがままだ。
「ヤッタ、耳のとこ撫でられるの好き」
「耳、どこにあんだよ」
「顔の横。穴あいてるとこ」
「わかんねぇよ」
「穴ってわからない? 子供だからかー。ヤッタは知ってる。あのね、穴っているのはね」
「……ここか」
目の下にある一部羽の薄くなっている部分が耳の穴だ。鳥類はだいたいここを撫でるとうっとりとする。カザモリがこりこり撫でるとヤッタがはう~ん、と恍惚の声を上げた。
「撫でるの上手ですね。慣れてない人はいきなり体を撫でようとするのに」
「それだと鳥が怖がる。妹も鳥が好きだったから。……そう教わった」
微笑んでいた彼の顔が一瞬にして曇る。
「イモト、いい人。鳥好きに悪い奴いないよ」
変化に気がつかないヤッタが脳天気な声をあげる。
「好き、だった? 過去形? 今はもう嫌いになっちゃった?」
白々しいと思いながらも、少しおどけてそう問いかけた。ここで沈黙に陥るのも気まずかったし、この少年の過去も少しだけ気になったからだ。
「妹はもう死んだから。殺されたんだ」
ヤッタを撫でる手を止めて、カザモリがコンピュータの画面を睨みつけた。私もつられて視線を移動させる。画面には賞金首の情報が映し出されていた。
はっきりとした犯人の顔写真はない。黒いフードを目深に被った人影だけだ。名前も不明。罪状は連続殺人。目撃情報による特徴は身長170から180センチ前後。性別不明。
妹を殺した犯人だろうか。
めずらしい。犯人がわからない状態での賞金首だ。普通なら犯人の罪が立証され、顔も名前も確定している場合のみ賞金首となるのだが、悪質かつ凶悪な犯罪の場合、犯人が分からないまま、コードネームだけがつけられて賞金首となる場合がある。
これは難しいのではないか。画面を見つめて喉からうなり声が出た。犯人が分からないということは、犯人を捕まえたとしてその人が本当にその罪を犯したのかを立証しなければならない。それは本来きちんとした捜査官の仕事だ。我々のような賞金稼ぎの仕事ではない。
取り調べは捜査局で行うだろうが、誤認逮捕してしまったらまずい。こういうのは手を出さない方がいいのではないか。そう思いつつも画面に視線を走らせる。




