カザモリ シラー
初日、ヤッタを肩に乗せたまま、新しい職場の上司である捜査局長と形式だけの挨拶をして拳銃を受け取り、早速任務にとりかかることとなった。職名は特別捜査隊の捜査官。なにが特別なんだかなぁ、と思いながら与えられた捜査官手帳をうやうやしく受け取って、胡散臭さを覚えながら眺める。
特別捜査官は一か月に最低一人は逮捕しなければ警告を受ける。それが半年続いたら月額支給停止のうえクビということらしい。まともにやっていれば一か月に一人くらいは捕まえられるものらしいが、やってみなければわからない。まぁ下着泥棒くらいはどうにかなるだろう。そう思いながらもあまりやる気もないので、施設の中をのんべんだらりと歩く。
「あ! またあいつだ!」
特に面白くもないのでそろそろ帰ろうかと思ったそのとき、耳元でヤッタがボエエ~と不満げな声を上げた。
振り向くとノエルロードが手をひらひらさせて、こちらへと歩いてくるところだった。職業を斡旋しくれた手前、体ごと正面をむいてふかぶかと頭を垂れた。
「よぉ、今日からか。よろしくな」
「その節はどうもありがとうございます」
肩にいたヤッタが頭の上にさっと飛び乗り、羽を膨らませてカチカチとくちばしを鳴らした。頭の上に乗るとちょうどノエルロードと同じ目線の高さになる。一応威嚇しているようだ。
「おう、子ガラスちゃん。今日も元気だな」
「またおまえか、くるきゅるぱぁ!」
「なにっ、誰がクルクルパーだ!」
「おまえだワカメ! くるぎゅるばァ!」
おそらくクルクルパーマ、と言いたかったのだろう。興奮のあまり舌が回っていない。ノエルロードの髪は天然パーマなのかくせっ毛であることは確かだ。ワカメのようにうねる長い前髪がトレードマークっぽい。
言い合いを続ける子供二人を諫めて、施設内を案内してもらうことにした。さすがにここテレドラクカイドウ大陸の保護区域を含む自然都市全体を掌握している捜査局内は広い。
トイレの場所や頻繁に利用するであろう部屋の説明を一通り受け、最後に特別捜査官にとって一番重要という部屋に案内された。時間が早いからか部屋には誰もいない。数十人集まって会議ができるくらいの広い部屋には、壁一面の本棚に所狭しと並べられた指名手配犯のファイルと、大きな机が二つ、それに局内のネットワークにアクセスするためのパソコン端末が五台置いてあった。
「わあ、地震があったら崩れて潰されて死にそうな部屋」
素直すぎる感想を述べて、ヤッタがテーブルの上に降り立った。
「これ、最新情報の紙版。パソコンでも見られるけど一応」
ノエルロードが指名手配犯情報がぎっしりと詰め込まれたファイルを数冊、机の上にどさりと置いた。
「最新情報以外は犯罪別にファイルしてある。後ろにいくほど古い。最新情報も一定時間を過ぎると犯罪別にファイルされる。ここにファイルしてある情報は全てネットワークでも確認できる。最新情報はネットワークにアクセスした方が早い」
「自分が好きな賞金首を選んでいいんですよね」
「ああ」
「サーベル的な物も装備していいのでしょうか。街中を闊歩するには物騒なものですが」
サーベルは拳銃よりも接近戦に向くので好きな武器のひとつだ。最近の武器はもっぱら飛道具だが、それも使いつつ剣を第一に考えていた。玉切れ一つで攻撃をやめる銃よりも、折れるまである程度は動く自分の腕が一番信じられる。
「支給はできないが自分で買って持ち歩く分にはいい。ただ、サーベルもそうだけど、拳銃を持っているだけで罪になる国や星もあるから、犯罪者追うにしてもそこんとこだけ気をつけろ」
「持つだけで犯罪ですか」
星外に逃げた犯罪者を追うには、気をつけなければならないことが色々ありそうだ。慣れるまでは当分星内、いや、国内に専念した方がいいだろう。それにヤッタを星外に連れ出すのも、色々と制限がかかるだろうし。
「なにか質問は」
「私と同じ雇われ賞金稼ぎって、他にどれくらいいるんですか」
「この国で六十人ちょっとくらいかな。他の国もそう多くはないと思う」
その少なさに少しだけ驚いた。世の中には賞金稼ぎが五万といるのに、捜査局お抱えとなると意外と少ない。
「頑張ってるのはその半分くらい」
積極的に働いているのは三十人くらいということか。どういう人たちなのだろう。以前聞いた話によると、軍人上がりや傭兵上がりが多かったが。
「……ちわ」
若者特有の挨拶とともに、まだ少年と言っていいような若い男が入ってきた。賞金稼ぎには見えないから、清掃員かなにかかもしれない。知らない人が苦手なヤッタは逃げるように頭に飛び乗ってきた。
「おっ、少年! お疲れさん」
ノエルロードが片手を上げる。
挨拶もそこそこに少年はおもむろにコンピュータ端末の前に座り、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。まさか彼も賞金稼ぎなのだろうか。
「噂をすれば、彼だよ。頑張っているやつの一人」
なに、と私は彼を二度見した。
「若すぎやしませんか」
小声でノエルロードの顔を見る。
「アンタの方が若く見えるけどな」
「私の見た目は置いておいてあの子は……」
「若いよ。中学校卒業してすぐここに入れてくれって来たくらいだからね」
「できるんですか、そんなこと」
「無理だね」
義務教育を卒業してすぐに職業に就くのは今の時代なくはないがめずらしい。何か特段の理由がない限り、働くなんて考えもしないだろう。
それに、義務教育を終えたばかりの中学卒業では特別捜査隊にはなれないはずだ。なるには高校卒業の後、軍人や保安官のように拳銃等を扱えて、ある程度の戦闘行為を一定期間経験した人間に限る。以前ノエルロードから渡された規則にそのようなことが書いてあったはずだが。
私の表情に気がついたのか、ノエルロードはいろいろあってな、と苦笑しつつおおまかなことを教えてくれた。
義務教育卒業後ではすぐに特別捜査官になれないと知った彼は工科学校に入学した。工科学校とは軍隊育成の高校のようなものだ。もちろん、拳銃や剣を使えてある程度の戦闘行為を一定期間経験することになる。そこで彼はそこを異例の二年で卒業してから軍隊には入らずに、特別捜査隊の捜査官となったのだ。
「生半可な気持ちじゃそこまでしないわな、ふつう」
なんでまた。疑問を口にするよりも早く、ノエルロードが口に手を当てて、声をひそめた。
「あいつ、妹殺されてんだ。賞金首に」
「それは。また」
妹を殺した賞金首を捕まえるために、特別捜査隊に入隊したということか。確かに野良の賞金稼ぎをするよりは、警察に雇われていた方が身分が安定する。それになによりも、捜査局の管轄なだけあって、確かで有益な情報が迅速に手に入りやすい。ここが野良とは圧倒的に違うところだ。
捜査に差し障る可能性もあるため、警察が掴んだ情報は賞金首の名前、罪名、顔、懸賞金の額以外は、野良の賞金稼ぎには提示しないこととなっている。野良はマスコミの情報と、後は自分で得た情報に頼るしかない。
「私怨で捜査官になったのですか」
私の言いたいことを悟ったのか、ノエルロードが困った顔で頬を掻いた。
「まあ、本当はあまりよくないことなんだけどね」
こちらさんも志願者が少ないということなのだろう。なにより、復讐に燃える人間はそうとう粘着質で、情報を得るためにそこそこ従順でありそう、という人間を囲っておいて損はない。
「ね、人間は人間を殺すの」
ヤッタが声を上げた。
「殺すさ。案外なにも感じずに殺せるもんさ」
無意識か意識的かわからないが、ノエルロードが私の顔を見た。それに気がつかないふりして、テーブルに置かれたファイルをめくった。
ふーん、とヤッタ曖昧な声を上げる。
「あいつ、カザモリ シラーってんだ。話してみるといいよ。素直じゃないけどいいやつだ。この仕事に関して聞くのもいいし。年下だけどこの仕事では先輩だからね」
背中を押されたが、特に話すことなど思い浮かばない。うーむと唸ってひとり立ち尽くす。だがこれから顔を合わすであろう同業者だ。知り合いになったところで悪い影響はあるまい。そう思うがめんどくささが先に立つ。こんな個人主義的な職業なのに、同業者と仲良くせねばならぬのか。
青年の横顔は真剣だった。なにを検索しているのだろう。次のターゲットだろうか。もしくは、数年前に殺されたとされる妹に関する情報だろうか。静かな部屋にキーボードを打ちつける音だけが響く。
「んじゃ、俺は仕事に戻るわ。早速よろしくね。わからないことがあったらあいつに聞いてもいいし、俺の方が頼りになると思ったら俺に電話ちょーだい」
人差し指と中指を合わせて額につけ、おまけのようにウインクをしてノエルロードが部屋から出ていった。先日よりも弱冠伸びたように見える髪が、ヤッタの言うように海に漂う海草に見える。
「きしょくわるい。ワカメの半目」
ヤッタがボエーと声にならない声を上げた。確かにノエルロードのウインクは、開けているべき方の目も閉じかかった中途半端な半目に見えた。当然格好がついていない。
ハンサムな部類に入るはずなのに残念な男だ。そう思いながら消えていくワカメ頭の背中を眺める。
部屋の中は相変わらず、キーボードを打つ音だけが聞こえる。かたかたと抑揚もなく打ちつけるその音には感情が感じられない。まるで淡々と任務をこなす自動人形のようだ。
このまま無言でいるのも居心地が悪いので、失いかけていた社交性を振り絞り、頭に乗ってきたヤッタと一緒にまだ少年と言っていいような青年に近づき声をかけた。




