赤貝の缶詰は塩気が強い
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面接は特に問題なく終えた。と思いたい。まずい部分はなかったはずだ。質問にも滞りなく答えられたし、つまらない質問ばかりする面接官にも目を逸さずに答えられた。
問題はヤッタだった。面接時だとて一時も離れることを承諾せず、その場についてきたのだ。しかも頭の上に乗ったまま。
さすがにこれは怒られるだろうと思ったが、保安所の所長の推薦書のおかげかノエルロードの口添えのおかげか、それが噂のヤタガラスですか、と頭の上のカラスを珍しそうに眺めるだけで、特に怒られはしなかった。ただ、とてつもなく首が凝ったし、たいそう恥ずかしかった。
面接から一時間後、帰宅途中のスーパーでビールを買っている最中携帯電話が鳴った。採用を知らせる連絡だった。
早いな。
すごく就きたいと思っていた仕事ではないからか、別段嬉しくはなかったがほっとしたのは確かだ。同時にその採用決定の早さから、よほど人材が足りていないのだなということもわかった。
ヤッタと二人で再就職祝いの宴でも開こうという話になり、ビール六缶に少し高いワインまで買って、お互い好きな食べ物を好きなだけ買い込んだ。
私は赤貝の缶詰めとホタテの乾物、刺身盛り合わせ。なんだ酒のつまみばっかりだな。ヤッタはぶどうといちぢくのケーキ、いちごのウエハース。りんごとカボチャチップス。両手いっぱいに買い物袋を下げて帰宅した。
新しい仕事に対する不安は不思議となかった。今までなんとかしてきたしこれらもなんとかなるだろう。
以前であれば仕事から帰ってきて、風呂に入りビールを飲んで速攻に寝るという毎日だったが、ヤッタが来てからというものそのサイクルに変化が生じた。
ヤッタと会話して遊んで、お風呂に入ってビールを飲み、ヤッタを寝かしつけつつ、いつしか自分も眠りに落ちる。
ヤッタとひとつのベッドで寝るには初めこそ抵抗はあったが、お互い慣れれば潰してしまう心配もなくなった。なにより相手の体温を感じるのはとても心地よかった。
ヤッタの相手をする時間が増えてから酒の量は減った。深酒は特に減った。休みの前の日はいつ寝たか記憶が飛ぶくらい飲むこともあったが、それもなくなった。アルコール中毒ではないと思っているので(明確な根拠はない)、別段酒をやめたいとは思ってはいないが、飲まないでいいならいいにこしたことはない。
脳天気なヤッタと話していると、良い意味で世の中のあらゆることがどうでもいいと思えるようになった。酒に頼らずとも細かいことを気にせずにすむようになった。朝目覚めてすぐ朝日を見てため息をつくこともなくなった。一日の始まりを無条件に両手を広げて迎えることができた。酒を減らしたためか以前よりも深く眠れている気がする。
今までの仕事が嫌だったわけではない。むしろわかりやすくて好きだったと言っていい。違反をしたから撃ち殺す。相手も殺されるわけにはいかないから抵抗する。殺すか殺されるか。明朗会計。
人間が嫌いだからああいう殺し方ができる。
ノエルロードの言葉が頭によみがえる。それがどういう理屈かよくわからない。人間が嫌いかどうか改めて考えてみるも、やはり嫌いという感情はない。
密猟者やその行為には憎しみを覚えて殺してよい対象だと認識はするが、そうではない普通の人間自体に特別な感情はないし、もちろん憎しみも感じない。そもそも興味がない。それが正直な感想だ。私が殺すのも人間。私を殺そうとするのも人間。人間は私に絶望を与え希望を与えた。信じることの愚かさを教え、信じることの大切さを教えた。
新しい仕事がうまくいくかはわからない。まぁ、どうにかなるだろう。ヤッタが危険にさらされない程度の、適当で簡単な賞金首を死なない程度に痛めつけて捕まえればいい。酔いの回ってきた頭でそう考えた。
重要なのはヤッタが危険にさらされないこと。そして、自分も死なないこと。ヤッタが自分を必要としていることを実感して初めて、死ぬことが怖いと思っていることに気がついて愕然とした。
保安官を辞めると決めてから数週間後、無事休職に入ることとなった。数週間のうちに緊急出動要請は数回あったが私が出動することはなかった。
仕事を辞めると言ってから数日間、リアは相変わらずできるだけ早く復帰してと言っていたが、獣医の仕事が忙しかったこともあり、二人きりで深い話をすることもあまりなく時間が過ぎた。
フクロウ太は歳のせいか傷の治りが遅いらしく、私が休職する当日も診療室で治療を受けていた。私が休職明けて帰ってくるのが早いか、フクロウ太が野生に帰るのが早いか、もしくは老衰で死ぬのが早いか。そういう話をリアとしつつ、ヤッタを半泣きにさせながらも彼とは笑顔で別れた。
シキ隊長や同じ隊の先輩たちにもたまに連絡すると言って施設を出た。のだが、施設を出た直後にシキから「だめだと思ったらすぐにこっちに戻ってこい」とメールが来たのには苦笑するしかなかった。もろもろの感情を抑えて素直にはいと返事を返す。
ヤッタを胸に抱いて青く澄み渡った空を見上げた。昼間の空には星も浮かばないし今は衛星も見えない。薄い雲が太陽を隠したり出したりしながら空を流れていく。
初めてここに来たときもこんな青い空だった。およそ二十年前のことを思い出して目を細める。
薄い雲が風に流され太陽が完全に顔を出す。光が頭上から私とヤッタに降り注ぐ。その眩しさに思わずふたり同時にくしゃみが出た。




