ノエルロード
以後、緊急出動もなくつつがなく一日の仕事を終えた。相変わらず頭の上にいるヤタガラスと併せて、周囲から好奇の目で見られるのは変わらなかったが、ヤッタ自身は職場に慣れていたのか、昨日よりは大人しくしてくれたのが有り難かった。
夕方出勤の先輩を残し帰り支度をして部屋を出ると、廊下の向こう側から手を振り振りこちらへとやってくる人物が見えた。
「よぉ、カヅキ保安官」
廊下の端から端まで届く大きな声で男が叫ぶ。声に似合った大きな口、うねるような癖のある茶色い髪と似たような茶色い目、見た目は幼児な私よりも頭二つ分高い身長。胸には捜査局の章をつけている。
「ノエルロード捜査官。わざわざありがとうございます」
一礼すると頭の上のヤッタが慌てて羽ばたき、数秒間宙に浮いてから頭をあげた私の頭の上に再び降り立った。
「アンタんとこの所長からだいたいの話は聞いたよ。仕事辞めるんだって?」
「はい」
「で、その頭に乗っかってんのが原因の子ガラスちゃんか。こんにちわ~、子ガラスちゃん。元気でちゅか~」
口をたこのようにして赤ちゃん言葉を発する男。始まった。こいつはこうやってすぐにひとをからかう。軽く相手を睨みつけたが、この男バカなのか視線に気づかない。頭の上のヤッタですら硬直したのが分かった。
「カヅキ保安官にべったりで、どこに行くにも一緒の赤ちゃんガラスと聞きまちたが~」
「ヤッタ、赤ちゃんじゃない!」
バカにした口調に、ヤッタが今にも飛びかからん勢いで大きく翼を広げる。
「仕事中も離れたくないと駄々をこねたと聞きまちたが~。トイレも一人でいけない赤ちゃんでちゅか~」
顔の横で両手をひらひらさせて、べろべろべ~、と舌を出す。
バカだ、こいつは。子供相手に挑発的態度をとるとは。だがヤッタはその挑発を真に受けて激高している。
「バカにするなー!」
頭の上で騒ぎだしたヤッタを必死で宥めた。喧嘩なら勝手にやってくれればいいが、いかんせん興奮して地団駄踏まれると頭皮に爪が食い込んでいたい。
「ヤッタちゃん、いきなり赤ちゃん言葉使うそっちの方がバカなんだから、相手にしちゃいけない」
「うんわかった」
ヤッタが素直に頷く。
「おいこら、バカとはなんだ」
「アンタですよ」
「うひゃっ……」
「早く仕事の話を聞きたいんですけど」
「む」
斬り捨てるように言い放つと、男は素直におとなしくなった。しかし、口をとがらせている姿はただのバカにしか見えない。おそらく正真正銘のバカなのだろう。
もう夜ということで、施設内の食堂で晩ご飯を食べながら話を聞くことになった。入り口前で本日のメニューと書かれたボードを見ていると、頭の上でヤッタがお肉が食べたいと騒ぎはじめた。
「からあげっ。からあげっ。あっつあっつの~からあ~げ~じゅ~しぃ~」
「からあげは味が濃いからだめ。サンマでいいでしょう」
「えー。ステーキっ。ステーキっ。ぞうきんほどあるビフテキぃ~じゅ~し~い~」
「そんなものここのメニューにはないよ。サンマで決まり」
「サンマかぁ」
ヤッタがだいこんおろしたっぷり、と妙なメロディーをつけて歌い出す。とりあえず食べられるならなんでもいいようで、本日の晩ご飯は焼きサンマ定食となった。
二人分頼もうかな、と思ったがやはりやめておく。帰って酒を飲む都合があるのでご飯は控えておこう。ほとんどヤッタに食べられても問題はない。
それにしてもなんでからあげなんて知っているんだ。聞いたことはないが、ヤタガラスは料理までするのだろうか。
明日にでもヤタガラスの生態に関する論文探さなきゃな。主に食生活に関しての。
「なんか、所長の言っていたとおり、入り込む余地がないほどに仲いいな、アンタら」
私たちの様子を黙って見ていたノエルロードがぼそりと言った。
散々からかっておきながら、どことなくうらやましそうな口調で言われて笑いそうになった。おそらく、この珍しい子ガラスをかまいたいのだろう。
夕飯時なこともあり食堂は人で賑っていた。準夜勤務や深夜勤務の人のために食堂は夜遅くまで開いている。日中勤務だった職員や施設の関係者などが夕飯を食べる姿も目立つ。おみおつけの出汁はあまりきいていないが、それ以外は値段のわりにおいしいので三食ここですます人は多い。だが私は仕事が終わるとすぐに家に帰りたい人種なので、夕食をここでとることは滅多にない。
私は焼きサンマ定食、ノエルロード捜査官はしょうが焼き定食をかかえて、比較的人気のない窓際の席に向かい合って座った。中庭に面しているが外はもう暗く、新月の黒い空と窓から漏れる街灯の明かりにぼんやりと照らされた芝生しか見えない。
調理室から漂う蒸気。人々から発せられる熱。重なり合うたくさんの会話に、様々なご飯のにおいと日中掻いた汗が交じり合う。改めてこの施設には多くの人がいることを実感する。
ここでも数人が私とその頭上にいる子ガラスに遠慮のない視線を向けてくることに、ノエルロードはわずかばかり憐れみの表情を見せた。ヤッタがテーブルの上に降りたってナプキンで器用に三本の足を拭く。
「食べながらでいいから、この資料を読んでくれ。アンタのとこの所長に言われて一度局に戻って取ってきたんだ」
「わざわざすみません」
ノエルロードがホチキス止めのしてある薄い冊子を差し出した。受け取ってぱらぱらとめくる。どうやら就業規則のようだ。だが、これをさらっと読んだだけでは何の仕事かいまいちわからない。
「これってどういう仕事なんですか」
「所長から聞かなかったのか」
「言葉を濁されました」
そうかぁ、そうだよなぁ、と男が間の抜けた声を出した。ヤッタの口にほぐしたサンマを放り込みながら、ノエルロードの言葉を待つ。
「仕事はなぁ、手っとり早く言うと、ま、賞金稼ぎだ」
「賞金稼ぎぃ?」
思いも寄らぬ言葉に食堂内に響くほど大きな声が出た。周囲の目が一斉にこちらに向く。慌てて口を塞いで照れ隠しにサンマの身を高速でほぐした。
「それって、秘境にお宝探したりするやつですか」
「それはトレジャーハンターだろ。それとは違う。指名手配されてる人間を捕まえる仕事だよ」
「はぁ」
ため息のような返事が出た。これは駄目だ。おもいっきり水商売だ。というか直感的にやばい仕事だ。
広く知られていることとして、一般人が賞金のかかった犯人の有益な情報を提供すれば、それが逮捕に結びついた場合賞金の一部が支給される。だが、賞金稼ぎとはその名の通り犯人を捕まえることまでが仕事だ。つまりは大変危険だ。自分の危険はいいのだが、ヤッタがいるため危険な仕事はしたくない。
これは近々ハローワークに通わなきゃならないな。そう思いつつ所長が紹介してくれた手前、一応話を聞いておく。
ノエルロードの説明によると、この仕事は捕まえて捜査局に引き渡すという点では普通の一般的な賞金稼ぎとほぼ同じだが、特別待遇として毎月調査費としていくらか支給され、その上、健康保険や各種社会保障もついているとのことだった。もちろん、捕まえた賞金首の賞金もまるまる懐に入る。
毎月決まった給料、保険や社会保障の言葉に心は揺れた。公務員の給料体系はしっかりしているものだ。民間企業のようにごまかされることはない。そこはとてもいい。
だが、私が要求するのは給料は二番目でまず危険性がないことだ。つまり、どのような指名手配犯を追うかによる。ヤッタを連れていくのであれば危険な仕事はできない。
資料に目を通しながら、大きなサンマのほぐし身を端で摘む。
「あーん」
自分で食べようと思ったのだが、結局大口をあけたヤッタの口に運ぶ。それを見ていたノエルロードが、はっ、と鼻で笑ってヤッタを指さした。
「なんだおまえ、そうやって食べさせてもらってんのか。やっぱり赤ちゃんだな」
嘲笑を含んだ声色に怒りを覚えたヤッタの羽が逆立つ。
「赤ちゃんじゃないっ!」
「口開けて待ってるなんて、赤ちゃんでちゅよ」
「気持ち悪いんでその口調やめてください」
「ばぶ……」
ヤッタがだだをこね出しても面倒くさいので、きつめに言って睨みをきかせるとノエルロードは言葉を飲み込んで愛想笑いをし、いそいそと自分のご飯を食べ始めた。
この男、仕事はできるはずなのだがまず子供っぽい。子供っぽいというか精神年齢が低い。もちろん私よりも年下だからそう見えるのかもしれない。目の前の駄目な大人を憐れみを持って眺めると、ヤッタも突然大人びた顔をして、演技じみた哀れむような目でノエルロードを見た。それでも怒りは冷めていないのか相変わらず鼻息は荒い。
「はい、ヤッタちゃん」
ほぐしたサンマを、未だ怒りの冷めやらぬヤッタの口の先に持っていく。
「ひとりで食べられるっ」
鼻先にあるサンマを無視して、ヤッタが皿の上のサンマをつつく。だが、慣れていないのか下手なのか、上手くくわえることが出来ない。
「むっ、このサンマっ、活がいいっ、逃げるっ」
「ヤッタちゃん、無理しなくていいよ。ほら」
「いいの!」
ヤッタがムキになってサンマを追いかける。サンマは小さいから難しいと、ミニトマトにターゲットを変えてみるも、まるいミニトマトはヤッタのくちばしからつるりと逃げて、テーブルの上をころころと転がった。
「こりゃあ、食べさせた方が早いな」
呆れ顔のノエルロードに同調しつつ、トマトに翻弄されるヤッタをこれも大人になるための訓練だと見守る。
「この仕事、軍から除隊したやつとか、ここの退職保安官とかにもお願いしますってんで、声をかけさせてもらってんだけどね。賞金稼ぎってイメージがよくないのか、いまいち人気がない」
賞金稼ぎなんて自発的にやってる連中がいるのに、どうしてわざわざこうやって募集するのだろう。こちらの疑問に気がついたのか、ノエルロードが色々問題があって、と苦笑いを浮かべた。
「危険な仕事なら無理です。ヤッタちゃんもいるし」
「危険かどうかはターゲットの相手によるからなぁ。一概には言えない」
ノエルロードが未だご飯をまともに食べられないヤッタの奮闘を眺めつつ、フォークで豚肉をつついた。かと思ったら、驚くほどの早さで皿の上の生姜焼き定食がなくなっていった。ヤッタに見せつけているのかと思ったが、無理をしているようでもなさそうだし、おそらく病的なほどの早食いは職業ゆえなのだろう。五分そこそこで皿の上の全ての食料が彼の口に吸い込まれてゆく。
しかしながらそれは、食べているとうよりは飲み込んでいるといった様子だ。そんなバキュームカーみたいな食べ方ではあるが、食べ方は至極普通で御飯を口いっぱいに頬張ったりはしないし、口の周りにお弁当をつけていたりするわけでもなく、食事風景事態は決して下品な感じはしない。ただ、一連の動作を早送りで見ている感じだ。
だが、職業技のようなそれを見たヤッタが対抗心に剥き出しにし、ますますはりきって逃げるサンマを追いかける。
早食いは忙しい仕事に就いている人に多く見られる癖だ。大先生もリアも早食いだったことを思い出す。体には悪い。そう思いながら私はゆっくりとサンマを咀嚼する。
すべて食べ終わってから、ノエルロードが再び口を開いた。




