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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
ヤタガラスの子供

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15/65

怪しいお仕事

「ずっとくっついているなら、それも嘘にはならないかもな。この子には残酷な絵ヅラをみせられないだろうからな」

「はい」


 シキがヤッタのくちばしをつつくと、子ガラスは不思議そうに首を傾げた。


「ヤッタ、ミートボール。食べる」

「うん、いいぞ食べて。なんか食欲なくしたし」

「わーい」

「ああ、こら、もう、隊長の愛妻弁当を……」


 くちばしで器用にお弁当箱をくわえて私の前に運び、当然のように口を開ける。弁当箱をくわえられるのなら、ミートボールのひとつやふたつ、くわえたのちに飲み込めるだろうに、と思った途端にヤッタの目が見開かれ、体が硬直した。


「どうしたの、ヤッタちゃ……」

「おお、それが噂の子ガラスかね」


 音もなく突然背後から声が聞こえた。振り向くとそこには初老でやや頭の薄くなった白髪の男が立っていた。


「所長! また忍者みたいに」


 シキが驚きの声を上げる。そこにはこの保護施設の管理者であるバナハ所長が二メートル近くある巨体を上下に揺らしながら、地鳴りと勘違いするようなでかい声で笑っている姿があった。これだけでかい図体なのに気がつかない自分が恥ずかしい。それにしても、ドアは開きっぱなしだったのは確かだが、せめて入る前に一声かけて欲しいものだ。


「音を立てずに近づく癖が抜けなくてな」


 若い頃保安官だったとはいえ、音を立てずに部屋の中に入ってくるのとは対照的に、窓が震えるほど大きな声ではははと笑うこの初老の男。優しい顔立ちながら太っている分けではないのだが、服の上からでもたくましさがわかるがっしりとした筋肉に守られた体と長身が、初めて見る者に威圧感を与える。ヤッタもその大きさに驚いているようで、くちばしをあんぐりと開けたままバナハを見上げている。


「聞いてくださいよ、所長。アンスール、仕事辞めるって言うんです」

「あ、今ここでしかも隊長の口から言いますか、それ」

「うん、少し聞いていたよ」

「なんだ、盗み聞きですか」

「その子ガラスを見に来たんだが、辞めるという話が聞こえてきて、入るタイミングを失っていたんだ」


 再びははは、と大声で笑い、所長がヤッタの頭に手を伸ばした。


「なに、このおじいさん!」ヤッタがおびえて一歩後ずさる。「でっかい!」

「撫でさせてくれんのか」

「やだ! 潰される!」

「潰さないよぅ」

「アンスルちゃーん」


 ヤッタが慌ててデスクの上を走り、私によじ登った。制服の胸元から首を突っ込み、服の中に逃げ込もうとする。


「ヤッタちゃん、大丈夫だよ。所長は見た目大きいけど優しいよ」


 するりと服の中に入り込み、方向転換をして顔だけを胸元から出し、ウ~とうなって籠城を決め込む。


「でっかいの怖い」

「嫌われてしまったようだな」


 しょぼんとして所長が手を引っ込める。


「こいつ、男があまり好きじゃないみたいなんですよ。隊のやつらのことも、だいたい怖い怖いって怯えて逃げ回ってたもんな」


 シキが指先でヤッタの頭をぐりぐりと撫でる。


「そんなことないもん。だってヤッタはタイチョーのこと怖くないよ」

「そりゃ、隊長背が低いし、お弁当もくれたからでしょ」

「うん」


 人間が動物を見て一目で雌雄がわからないように、ヤッタも人間を見て一目で雌雄が分かるわけではないようだ。要するに、ヤッタは誰が女で誰が男か、というのはあまりよく分かっておらず、男にせよ女にせよ大きい人が怖いのだ。もしかすると、ヤッタを誘拐未遂した密猟者も体の大きい男だったのかもしれない。


 背が低いと言われたシキがショックを受けた顔をしている。さっきみたいにお弁当を残したりするから、大きくなれなかったのではないかと疑問に思ったが、それは言わないことにした。


「噂通り、カヅキ君にべったりだな」

「この状態じゃ、出動も出来なくて」

「で、辞めると」

「はい。そうしようかと」


 顎を撫でつつ所長が唸る。


「後悔はないかね」

「後悔?」ヤッタのくちばしを撫でながら私は所長を仰ぎ見た。「なんのですか」


 成り行きでいる職場なので後悔はない。なによりエルスがいない。


「いや……やっぱりさっぱりしているな、君は」降参だというように所長が両手をあげた。「シキ君と同じことをいうようだが、君が抜けるのは相当の痛手なのだが」


 少しだけ躊躇したが、ありがとうございますと素直に頭を下げた。そう言ってもらえることにいやな気はしない。


「考えたのだが」


 無精ひげを撫でつつ、所長が懲りもせずにヤッタに手を伸ばす。


「育児休暇、ということはどうかな」

「え」

「なにも辞めることはないだろう」

「確かに」


 なんてすばらしい提案だと、シキまでも手を叩いて大きな声を上げる。


「いや、そう言っていただけるのはありがたいのですが」


 しかし、育児休暇ってのは少し違う気がする。ヤッタは確かに子供だが、育児休暇をとっていい関係にあたるのだろうか。ヤッタでいいのなら、ペットのハムスターに子供が産まれても育児休暇がとれるのではなかろうか。

 話の読めないヤッタは私の胸元で三人の人間にかわるがわる視線を這わせている。


「お弁当、まだ残ってる。ヤッタ、ここで食べる」


 だが、会話の内容よりもお弁当が気になったようで、しきりに私の首をつついてはお弁当を要求する。痛いから怒りたい。


「ここはお行儀が悪い。出てきたらあげるよ」

「でも」

「大丈夫だから」

「む……」


 しぶしぶ、といった体でヤッタが服からはいでてお弁当の前に鎮座し、口を開ける。箸で摘んで煮豆を放ると、所長が目を丸くして声を上げた。


「君はまだひとり餌じゃないのかね」

「ひとり餌ってなに。ごはんはみんなで食べる方がおいしい」

「いや、そうじゃなくてね……。カヅキ君、君、甘やかしすぎじゃないのかね」

「やっぱりそうですか。なんかだんだん麻痺してきました」


 それもこれも母ガラスのせいだ。と思いながらも、ヤッタの真っ赤な口の中にご飯を運ぶのを辞めない。いや、辞められない。なにか不安をよみがえらせる、悲鳴に似た要求を発するヤッタの赤い口内が私にそうさせるのだ。


「それでは休職ということで、処理をしていいかな」

「本当にいいんですか」

「もちろん。その代わり、この子ガラスが一人立ちした際には、きちんと職場復帰するように」

「何年でも待ってるからな」


 シキが空になったお弁当箱を片手に言った。

 私がいた方がなにかと便利だろうしな。とはもちろん口には出さず、ありがとうございますと深くおじぎをした。


「ところで、次の就職先は決まっているのかね」

「いえ、それはまだです」


 私は首を左右に振った。辞めるまでの二週間の間に、ある程度次の生活の目星をつけようかと思っていた。貯金もそこそこあるから、少しの間は無職でもどうにかなるだろう。しかし、ヤッタがくっついていてもいい仕事を探すとなると、なかなか骨が折れそうだった。ヤッタを頭に乗せてのコンビニ店員もだめだし、あらゆる製造ラインも無理だ。新聞配達はできそうだったが、私が朝起きれそうにない。


「ここの仕事を休みという形にしておいて、他で働いてもいいんですか」

「かまわんよ。何年かかるかわからない育休だからな。その間ずっと有給にしてるわけにはいかんし」

「どこかいいとこ知りませんか」


 ダメもととわかっていながらバナハ所長に尋ねた。


「知っているよ。いいところ」


 あっさりとバナハが言ってのける。


 思いも寄らぬ情報に思わず身を乗り出す。仕事を探すのは面倒なもので、こうやって所長がおすすめしてくれるのなら有り難い。だが、一応条件というものがある。それが重大でやっかいな条件ではあるのだが。


「この子とずっと一緒にいてもいいような仕事がいいのですが」

「あと、アンスールに接客業は無理ですから。できるだけ人間相手の仕事じゃないやつにしてやってください」


 シキが横から口を挟む。異論はないので私も黙っている。


「大丈夫じゃないかな。自由業みたいなものだし」

「自由業ですか」


 むーん、とシキが変なうなり声をあげて腕を組んだ。


「どんな仕事ですか」


 一番重要な質問にバナハはそうだな、と言葉を濁して目をそらした。あやしい。


「夕方近くにノエルロード君がここに来ると言っていたし、帰りにでも話を聞いてみるといい」


 思いがけずノエルロードの名前が出たことにシキ隊長と顔を見合わせた。隊長も私もなぜノエルロードの名前が出たのか全くわからん、と言わんばかりに首を最大限湾曲させた。なにか嫌な予感がする。無意識のうちに口の端をひきつる。


「警察の……捜査官に話を? 捜査局関係の自由業ですか」


 あやしい。シキもそう思っていたようで、目があやしいと語っている。


 ノエルロードとは、この保護区域担当の捜査官だ。密猟者との衝突が起こったときなどに現場検証に来る。捕まえた密猟者を引き渡す場合にもお世話になるし、先日のように私が密猟者を殺した場合にも、色々とあまり公にできないことまで大変お世話になる。

 特に私は殺してしまうことが多いため、人一倍お世話になっているといっても過言ではない。まだ三十歳そこそこの若い捜査官だが、二等捜査正官、つまり係長クラスで出世は早いらしい。


「帰りに君のところに寄るよう私から言っておこう」 

「うーん……、まぁ、はい、一応、話は聞いてみます」


 育児休業を提案した所長としても、私の動向が全く分からないところに行かれるよりも、少しは繋がりのあるところに行った方が安心できるということだろう。結局のところ私は危険人物なのだから。


 所長の好意に甘えることとはしたが、警察系の自由業、という怪しげな職種に私が抱いた多くの疑問は消えなかった。

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