子ガラスの訴え
「ヤッタ、潰されるかと思った。アンスルちゃん、寝相悪すぎ」
朝食のパンを食べながらヤッタがまじめな顔をして、いかに私の寝相が悪いか、深夜に何度潰されそうになったかを三本の脚でそれぞれ五本の指を折りながら、しごく丁寧に説明する。それを聞きながら合間合間にヤッタの口にご飯を運び、さらにその合間合間に自分の口にご飯を運ぶ。
二日目にして疲労が大量に蓄積している。主に精神面で。
「イヤだったら一人で寝なさい。私だってヤッタちゃんを圧死させたくない」
「ひとりで寝るのはイヤッ」
声を荒らげてヤッタが頬を膨らます。
「じゃあ、せめて枕元で寝てください」
「くっついてなきゃイヤッ。さむいし」
「じゃあ頭のとこ」
「ヒフがいい。それがだめなら同じふとんの中」
「結局同じです、それ」
散々、文句を言っておきながら、結局は一緒の布団で寝ることは止めないようだ。
母親と別れたばかりで寂しいというのも分かるし、心細いというのもわかる。なので今だけ今だけと自分に言い聞かせ、あまり寝返りを打たないよう、ヤッタを潰さないよう心で強く誓いを立てる。
ヤタガラスを圧死させたなんてことになったらそれこそ村八分だ。いやそれで済むはずがない。母ガラスに会う可能性のある仕事だって、続けていられなくなるだろう。
食べるのが遅いヤタガラスの子供の喉奥に残りの御飯を突っ込んで、遅刻ぎりぎりに昨日と同じように出勤した。が、昨日と違うのは常に肩に子ガラスを乗せているところだ。まだ事情をよく知らない所内の人間が、すれ違う度になにか言いたげに、私を見て、肩の物体を見て、そしてまた私を見る。
ヤッタは小さいし、おそらくすれ違うだけならヤタガラスではなく、普通のハシボソガラスにしか見えていないだろうが、それにしても肩にカラスを乗せて所内を闊歩する風景は異様に違いない。
出勤してからしばらくは、ヤッタもおとなしくしていた。
部屋の前面にある保護区域全体を示す液晶パネルの地図を見て、ここがヤッタの住んでいたところ、ととある一部を指し示して、地図が読めるのかと一同を感心させたのもつかの間、おとなしくしているのも三十分程度が限界のようで、次第にそわそわと動きだし室内を羽ばたいては私の肩に止まり、フクロウのおじいさんのところに行こうと言っては周囲を困らせた。
フクロウ太さんは怪我鳥で安静が必要なのだと言うと一応は納得したようだが、だからといっておとなしくなる理由にはならない。
同じ室内にいるシキや先輩保護官たちの額にも、次第に赤筋が浮き上がる。
これはまずいな。どうにかしなければ。そう思ったときだった。突然、液晶パネルの地図上部に取り付けられている赤いランプが点灯した。緊急出動の要請だ。
私含めて他の隊員も反射的に立ち上がり、液晶パネルに目をやる。赤い円で示された場所が事件の起こった場所だ。
「緊急出動。第九保護区で密猟者を発見。担当保安官はただちに急行せよ。詳細は端末に送信した衛星画像を確認。繰り返す。第九保護区で密猟者を発見ーー繰り返すーー」
緊急出動のコールが響く。
「行くぞ」
隊員たちは互いに頷きあい、戦闘の準備をすべく部屋の後方に向かう。そこで、防弾チョッキ、拳銃、他装備品の入った各のロッカーに手を伸ばす。
「アンスルちゃん、どこ行くの」
慌ててヤッタが肩に飛び乗ってきた。
「出動する。ヤッタちゃん、降りて」
「ヤッタも行く」
「連れていけない。危険なんだ」
「いいよ。ヤッタも行く」
「あのね、邪魔になるの」
「邪魔にならないように、隅っこにいるよ」
ヤッタはがんとして譲らない。
「だめだ。お願いだからここで待ってて。大先生とリアを呼ぶから」
「やだ。ヤッタはアンスルちゃんを信用しているけど、他の人間は信用していないもん。ママは人間なら誰でもいいってわけじゃなくて、アンスルちゃんだから、ヤッタを預けたの」
分かってはいたが、この子は一度言い出すと聞かない。自分を曲げないというか非常に頑固だ。
これは説得するには骨が折れるな。助けを求めてシキを見たが、彼もどうしていいか分からない顔をして首を振るだけだ。少しくらい助けてくれてもいいものを。心の中で舌打ちをして再びヤッタに向き直る。
「フクロウ太さんに一緒にいてもらうってのは? だめかな」
「だめ」
ヤッタの目は真剣だ。
「アンスルちゃんがいない時に、他の人間がヤッタに酷いことするかもしれないから、ひとりで残るのはだめ」
「そんなことしないから」
「嘘」ヤッタがわずかに背中の羽を逆立てた。「ヤッタはもっと小さい頃に、人間に捕まったことがあるもん。ママが留守にしているときに、足を引っ張られて、引きずられて、黒い袋に入れられたんだもん」
突然の告白に物理的と言っていいような衝撃を脳天に受けた。ぐらりと強いめまいを感じ悲しみと同時に深い怒りが生まれ、先日大鵬の長に言われた言葉を否定したい思いまでもが芽生える。
シキがすでに準備を終えた他の隊員に先に行っているよう促した。走り去っていく隊員の背中を目で追って、私は深くため息をつくしかない。
ヤッタの青い目は興奮の為か涙に潤んでいる。手を伸ばすとすぐさま胸に飛び込んできた。抱きしめたヤッタの体は小刻みに震えていた。恐ろしかった記憶を思い出しているのだろう。
「でも、助けてくれたのも、人間だから。だから、ママもヤッタも少しは人間を信用する」
言い返す言葉がなにも浮かばない。
「でも、誰でも信用するってわけじゃないの。ヤッタはママが信用した人しか信用しない」
「ごめん、ヤッタちゃん」
「アンスール」
シキ隊長が大声で私の名前を呼んだ。ぐずぐずしているので怒られるかもしれないと思い、瞬時に身が縮こまった。
「おまえは残れ。今回は俺たちだけで行く」
予想外の言葉に私は伏せていた顔を上げた。
「でも」
「その子に心の傷を作ったのは俺たち人間だ。しっかり償わなければならない」
「すみません。ありがとうございます」
ヤッタを抱きしめたまま頭を下げると、シキは二本の指を額に当ててから颯爽と部屋から飛び出していった。格好つけたつもりなのだろうが、なんでかいまいち格好がつかない。
それにしても、私は今なにをどうすればいいんだろう。
シキの足音が消えるまでヤッタを抱いてその体を撫でていたが、幼いカラスの震えはしばらくとまらなかった。




