子ガラスの優雅な食卓~給餌係を従えて~
ヤッタがぱたぱた羽ばたいて、私の肩まで這いあがってきた。
「アンスルちゃん、お腹すいたー」
「ああ、そうだった。ごはんね」
子ガラスがごはんだと騒いだことでその場は一時解散となった。
ヤタガラス保護についての書類はどうにかする、と言ってくれたシキの言葉に、育てるかどうか私の意志は無視かと心の中で叫びつつ、ヤッタのご飯を探しにリアと共に診療室に向かう。療養中の鳥獣類の為に食料は豊富にストックされている。その中にはヤタガラスの口に合うものもあるだろう。
どうせ育児を拒否したところで、この子ガラスが承知するわけがない。私に選択肢はないのだ。この先のことを考えて鳩尾に巨石を抱えながらゆっくり歩いていると、ヤッタの爪ががしりと肩に食い込んだ。この子も不安なのかもしれない。落ちないように、はぐれないように、力強く握っているのだろう。
不安なのはお互い様か。
命一つ分の重みを肩に感じながらヤッタの指先を撫でた。それは鱗のような見た目に反してすべすべしていてほんのり温かかった。
診療室にて思う。中ヒナを育てる程度だろう、という考えは甘かったと。
まず、この子ガラス、ヤッタ。ひとりでご飯が食べられなかった。いや、おそらくは食べられるのだ。本気で食べられないのならば障害を持っていることになるが、そういった身体的欠損は全くみられない。
つまり、甘ったれているのだ。甘ったれているのはこの子のせいではなく、あの母親のせいだろう。
ご飯を眼前においても口を開けたまま、じっとしているのには白目をむきそうになった。くちばしの中までご飯を運んでくれるのを待っているのだ。
あの母ガラスめ。発育が遅いからって甘やかすにもほどがある。
ヤッタはいつご飯をくれるの、という目をして首を傾げながら、口を開けてご飯を待っている。相手が母親ではなく私であっても、当然御飯は口の中に入れてくれるものだと思っているのだ。
仕方がない。ここで泣かれても困る。また虐待だとか、やっぱり誘拐してきたんだろ、とか言われても面倒だ。
リア曰く、虚無だといわれる目をしながら、二十歳の(子)ガラスの口に茶色い肉団子のようなものを運ぶ。喉の奥まで突っ込まないといけない赤子よりはましだと言い聞かす。
「おいしいー」
ほぼ丸飲みに近い形で飲み下して、ヤッタが歓喜の声を上げた。
「それはよかった」
「もっと」
「はい」
次はチンゲンサイの和え物を差し出す。
「もぐもぐ。これなに。変な味」
「まずいなら食べなくてよろしい」
「ユニークな味。味はともかくおなかいっぱいたべたる」
「よろしい」
「ヤッタさっきの土だんご食べたい」
「これは土だんごじゃなくて、お肉とおいもとニンジンと小松菜とひじきと……いろいろお野菜を混ぜ合わせた肉野菜ボールよ」
おかわりを載せた皿を私に差し出してリアが言う。
「ヤッタ、血のしたたるおにくも食べたい。今夜はおにく、おにく。あぶらたっぷりのおにっくー」
声に合わせて羽ばたきを繰り返す子供に驚いたのか、怪我の治療でベッドに寝ていたフクロウ太が目をぱちくりさせてヤッタを見ている。
ヤタガラスは雑食だ。穀物から肉までなんでも食べる。食欲旺盛な子ガラスを眺めていると、私の腹もつられたように音を立てた。
「元気な子供だの」
フクロウ太が感心したような、あきれたような、なんとも言えない複雑な表情でヤッタを見る。
「フクロウのおじいさん、こんにちは!」
「うむ。元気でよろしい。ご飯はおいしいか」
「うん、美味しい。あーん」
子供特有の真っ赤な口内をさらしてご飯を待つヤッタの口に、肉野菜ボールを放り入れる。
「この子はどうしたんじゃ。怪我か? それにしては元気だの」
「うん、元気なんだ。ちょっと訳ありで。ね、フクロウ太さん、この子、何歳に見える?」
「む? そうじゃな……」
「ヤッタ、にじゅっさい。ごはん、あーん」
フクロウ太が答えるよりも早く、ヤッタが答えを言い放つ。私は開かれたそのくちばしに御飯を放り入れる。
「なに! 二十歳とな」
予想だにしなかった正解に、フクロウ太がしゅっと身を細くして驚いた声を上げた。細い体に目だけが異様にぎょろぎょろと動く。
「てっきり七歳かそこらくらいかと」
「この子、成長が遅いみたいなんだよね」
「それは脳味噌もじゃろうか」
その言葉にヤッタがむっとして脇を広げた。
「失礼なっ。ヤッタ、脳みそは二十年分ちゃんと熟成してる! あーん」
「熟成か。ものは言いようだの。腐敗と発酵」
あきれ顔のフクロウ太だったが、それ以上追求するのは止めて、しばらくの間、ヤッタの底なし胃袋の様子をビー玉のような瞳をくるくるさせて、じっと眺めていた。
ご飯を食べ終わると、ヤッタは丸くなって眠り始めた。もちろんこちらの事情も考えずに私の膝の上で。今出動がきたらどうすればいいのだろう。そう思うとそわそわして、昼休みも休んだ気がしなかった。
フクロウ太は、大変だの、頑張りなされ、と生あたたかい目で一瞥をくれてから、自分専用のベッドへと帰っていった。他人事と言われれば確かにそりゃそうなのだが、今は怪我で保護されているが、彼だってもともとは保護区で暮らしてきた鳥であるのに、ヤッタに関しては全く他人事なことに関して少しだけ腹が立った。なにかちょっと助言などくれてもいいのではないか。早々周囲に味方がいないことを知る。
そして、昼寝から覚めてもヤッタはコバンザメのように、べったりとくっついたままだった。
出動をしなくとも仕事はある。
担当している保護区域における野生動物生息域の詳細をまとめていると、ヤッタはその書類をかじり始めた。なんとかヤッタとも書類とも格闘しつつ、机の仕事もひと段落ついて、外の庭でサーベルのお手入れをしていると、ヤッタは勝手に蛇口を開き、ホースから出た水で盛大に水浴びをして、周囲を水浸しにした。好奇心旺盛なのはいいが、仕事の邪魔をされたらたまらない。
幸い、今日の勤務時間中にはこれ以上緊急出動なかったが、こっちの都合を考えないヤッタに、一日中振り回されっぱなしだった。母親を思いだして泣かれないだけいいが、これはこれで疲れる。
だがおそらくは、ここの生活に慣れたら、ヤッタも少しはおとなしくなるだろう。明日から徐々に一人立ちできるように訓練していこう。
家に連れ帰り、当然のように私のベッドに潜り込み、横で寝息をたて始めたヤッタの寝顔を眺めながらそう考えた。大丈夫、なんとかなる。
だが、本当に大変なのはこれからだった。




