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かくてカラスはうたいだす  作者: トトホシ
ヤタガラスの子供

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言葉通じるなら話を聞け

 健康なヤタガラスの子供を連れ帰ると、予想通り施設内は大騒ぎになった。それもそのはず怪我のない健常な野生動物を持ち帰るなど、自然保護区でなくとも犯罪行為だ。しかも相手は特別保護対象の希少種ヤタガラスだ。どのくらいの希少種かというと、十年近くここの保安官をしていて、実際に生体を見るのは初めてという人間がいる位の希少種だ。


 子ガラスを連れ帰るに至った理由、そうせざるを得なかった理由を話そうと親ガラスの話を出すと、子ガラスが母親を思い出して泣き叫び、そのすさまじい声に話が中断し、誰もが子ガラスへ同情をする。結果として、私への疑惑がますます深まることとなる。めんどくさいったらありゃしない。いやほんとめんどくさいな人間は。


 今すぐ戻してこい犯罪行為だ誘拐か。事情を知らない人間が好き勝手に騒ぎ立て、私はあっさりと犯罪者扱いを受ける羽目になった。かといって、その子ガラスは私から引き離されそうになると、一層激しく泣き叫ぶので、どうにも手がつけられない。

 珍しいヤタガラスの子供を一目見ようと他部所の人間も押し寄せてきて、自然保護課は一時大混乱となった。


「さすがにまずいよ、ヤタガラスを捕まえるのは」

「だから、捕まえてませんって。この状態をよく見てください。掴んでいるのは私ではなく、このカラスの方でしょう」


 両手をあげても、子ガラスはぎゅっと服を掴んだままで、大きなブローチのように張り付いたまま動かない。


「どんな理由でも勝手に連れ帰るのはまずいって」


 言葉は通じているはずなのに話が通じない。この施設の人間はばかばかりだったのか。知らなかった自分の無知を恥じる。このままではお国の環境管轄部署まで誤報告が行くのは時間の問題だ。いや、最初からごまかしなんてきくわけがない。いやいや、最初からごまかそうなんて思ってはいないわけだが。胸の前にカラスをぶら下げたまま為すすべもなく心は虚無に至る。


「んま~、かわいそうにねぇ~、誘拐されて。こわかったでちゅねぇ」

「おばさんっ! やなこと言わないでっ! 顏こわいっ! くちゃくちゃっ! ヤッタ、かわいそうなんかじゃないよっ」

「ヒナを誘拐するだなんて。早く元の場所に戻してこなくちゃだめじゃないか」

「おじさんっ! 触らないでっ! くさいっ! 洗ってきてっ! ヤッタは誘拐されてないっ」


 あんまりひどいこと言うなよ。私が恨まれるんだから。


 私以外の人間がその体に触れようとすると、子ガラスは上下のくちばしを激しく打ち鳴らして抵抗した。母ガラスが信用した人間だけしか信用しないと言う現れだろうか。話しかけても警戒して羽を逆立てるか、体を縮こませてより強く私にしがみつくかのどちらかだ。

 シキ隊長の丁寧な説明でようやく事態は収束したものの、今度はこの健康な子ガラスをどうするかということで問題になった。


「母ガラスがぽいっと放ってよこしたんだよ。こっちの言い分なんておかまいなしで。育て方とか全然なにも言われていない」

「育雛放棄ってやつか」

「隊長も言ってたけど、ヒナじゃないから放棄に当たらないのではないかと」ヤッタの頭を撫でながら思わずため息がでる。「歳からしたらもう立派に一人立ちしている歳だしねぇ」


 語尾が消え入りそうになる。駄目だ。ここ数時間でため息ばかりついている。逃げた幸せを取り戻すように、深く息を吸い込んでしばし息を止めた。


「どうしようかねぇ……」


 もっと撫でろとねだるヤッタの要求を聞きながら、止めていた息をゆっくり吐き出す。

 先ほどまでママと叫んで泣いていたとは思えない落ち着きっぷりに拍子抜けしつつ、膝の上でうっとりと小首を傾げる子ガラスを見ていると、自然に頬がゆるむ。


「まんまとやられたね、カヅキ」


 靴音を響かせて、白衣を身にまとった男が扉の開け放ったままの部屋へと入ってきた。光が射し込む扉に立ちはだかると、途端に部屋の中が薄暗くなるくらい背の高く体格のいい男だ。


「大先生」


 施設内で一番臨床経験豊富な獣医師の出現にほっとして、思わず笑みが漏れた。一見して獣医師には見えない、白衣の上からでもわかる筋骨隆々の白髪の紳士が、子ガラスを見つけてにこにこ微笑む。


「聞いたよ。ヤタガラスに子供を押しつけられたんだって?」

「もう大先生まで話が行ってましたか。はい、それがこの子でして」


 先生の表情を上目遣いで伺いながら、膝上の子ガラスを指さす。


「なるほど」子ガラスをまじまじと眺めて、大先生が頷いた。「まぁ心配には及ばないよ。実は過去にも同じような例があったんだ」

「ええ?」


 その場にいた全員が同時に驚きの声を上げた。それに驚いた子ガラスがびくりと体を一度大きく震わせた。


「ヤタガラスとの接触が他の鳥類と比べても厳しく制限されているのは、ヤタガラスが人間に対して強い危機感を持っていない点にあるんだ」腕組みをして大先生が続ける。「彼らはすぐに人間の生活域に入り込んで、人間と交流を持とうとする。悪いことではないのだろうけれど、人間いい人ばかりではないからね。さて、僕はどうかな、子ガラスくん」


 大先生が子ガラスに近づき、そのくちばしを指でつつく。子ガラスは怒る様子もなく、その指をあぐあぐと甘噛みする。

 おお、と一同が驚きの声を上げた。子ガラスが私以外の人間には触らせなかった体を触らせている。さすがは大先生と言うべきか。


「いい子だ。時代を経て、最近のヤタガラスも人間に対して用心深くはなったけれど、それでも他と比べたら人間に対しての危機感が薄い」


 近くで話を聞いていたユイスが、人間なんてなによりも危険な動物なのに、とつぶやいた。


 私が野生のヤタガラスと出会ったのは、これが初めてではない。確かにこれまで出会ったヤタガラスは、どれも人間に対してそれほど強い警戒を持っていないようだった。強い警戒心を持っている個体もいたが、総じておっとりしているというか、近づいても動じないと言うか、人間に対して警戒心がないというよりは、どちらかというと、人間の方がヤタガラスを恐れるべきだ、と思っているかのようだった。今回出会ったあの母ガラスもそうだ。


「まあ、いくらヤタガラスが慣れ親しみやすいとはいえ、人間に子供を託すのはとても珍しい例で、数十年振りくらいだろうけどね」


 この無責任さは、あの母親だけじゃなく、数十年に一度はある程度の無責任さということか。その事実にまたしてもため息をつかざるをえない。完全に貧乏くじを引いた。子供を人間に託す程度の奔放さがヤタガラスの性質と言うなら、もう何も言えない。自分は運が悪かったという他ない。


 犯罪者でもなんでもいいが、ヤタガラスに選ばれたと思えば光栄だとも思えなくはないか。


「ねぇねぇ」


 顔を上げてヤッタが私を見つめる。蛍光灯の光を返してきらきら輝く青色の瞳がかわいらしい。


「ねぇ、お子様。お子様はこれからヤッタと一緒にいてくれるんだよね」


 は? お子様とは私のことだろうか。赤ちゃんが何を言うか。


「ヤッタちゃん、この人はお子様じゃないよ。わりとおばさんくらい」


 わざとなのか天然なのか、大先生がにこにこ顔で言う。


「おばさんさんなの」

「人は見かけによらないんだ」

「おねぇさんよ」と何故かリアがムッとしたように言った。「おねぇさんはアンスールって言うんだよ。カヅキ アンスール」

「かづき、あんする」


 ヤッタがたどたどしく復唱する。


「それで、アンスルちゃんはヤッタと一緒にいてくれるんだよね」

「うーん」

「いてくれないの」

「うーん」


 それは私が決められることなのだろうか。縋るようなヤッタの瞳に困り果てるしかない。


「この場合は仕方ないんじゃないか」


 ずっと無言だったシキが口を開いた。


「上には俺から言っておく。駄目だと言っても、その子ガラスが納得しないだろう。大先生よ、数十年前の例はどうだったんだ」


 シキの疑問に大先生が笑顔を浮かべた。


「もちろん人間が立派に育てあげたよ。そのころは規制がまだ甘かったというのもあるけれどもね。まぁ、今回の場合も決まりがどうのというよりも、最終的にはその子ガラスの意志によるだろうね」

「ヤッタ、このおばちゃんと一緒にいる」

「おねぇさんね」


 リアがしつこく強要する。私としてはおばさんでも別にいいんだけど。もう100歳過ぎてるし。


「アンスルちゃんと一緒にいる」

「よし」


 リアが満足げに頷いた。

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