始まりの歌
歌うしかない。
それ以外に今は他に何もすることがない。
目を閉じて空気を肺一杯吸いこんでから一音目。最近覚えた昔の流行歌。
生まれ変わったら君に食べられる豆リンゴになりたい
それが無理なら片手に乗る程度の小さな小鳥
空を飛び地を走り海を泳ぐそんな鳥
さらさらと音を立てて 蒼い風が縞瑪瑙の眼球を撫でて行く
見下した先の大海原
ギラギラと照り返す太陽の光と白いウサギ 青いトビウオ
一年遅れのクジラの流行歌 津波を起こすイワシの海流 永久墓地の海底に降り注ぐマリンスノー
人間の気配を感じて歌を止めた。
目を開けて見下した足下には死体。散乱した赤黒い血液。そして傍らには何人もの人間の返り血を浴び嘴から血を吐いて動かない大鵬。
視線の端で銃を持ってこちらを見ている人間の姿を確認するが、大鵬の姿を目にした瞬間に再び頭に血が上った。
その直後、無音の中で天からの光が男たちの死体に降り注いだ。もう死んでいるのは確実なのに、無数の光の槍が何度も男たち体を貫く。光に貫かれる度に、死体たちはまるで甦り踊っているかのように体をくねらせた。体に残っていたらしいわずかな鮮血が草木を汚して千切れた肉塊がか細い花を潰す。
私はあきれるくらい長く続く光と死体のサンバを眺めていた。
数秒で光が途切れ私は大きく息を吐いた。
死んだ人間に弾を打ち込んでも意味がないのにばかばかしい。
膝をついて手を当てた大鵬の体はまだ温かかった。
そういえばとふと思い出して、鬱蒼と茂った木々の向こう側でこちらを見ている人間を見返した。男が二人。
自分の目にはまだ幾分怒りの光が宿っていたかもしれない。
人間たちは私を見てびくりを体を震わせたが、手にした武器を構えることはしなかった。
男たちは瞬きを忘れたようにただこちらを凝視するだけで、動かないし言葉も発しない。
「誰ですかあんたらは」
そう言うとひとりの男が一歩前に出て震える声で言った。
「俺はエルス。自然保護官だ。君の敵じゃない。君は……」
「私はアンスール。君の敵じゃないかどうかはわからない」
その返事にエルスと名乗った男の顔色が変わった。片手をぐるぐるぶんぶんと振り上げて、大股にこちらにずんずんと向かってくる。
「……お前っどこの子だ! 年上にその言葉遣いは何だ! どうしてひとりでここにいる! 親はどこに行った!? この死体は何だ!? さっきの光はなんだ!?」
一気にまくしたてられて返答も出来ずに、数メートル先まで来た男をぽかんと相手を見上げた。
後ろに待機していた幾分若い人間が慌てて走って来て、エルスと名乗った男を羽交い絞めにした。
「隊長その発言はまずいですって! この子多分、幼形成熟ですよ」
「幼形成熟ぅ~!?」
「最近異星間結婚で産まれる子がいるって話題のやつですよ。見た目は子供、中身は大人」
えっ、と小さく言って男が困惑した表情を浮かべた。だが次の瞬間には首を左右に振って腕を大きく振った。
「そんなの知らん! 小学生の俺の娘と歳の頃は変わらんじゃないか!」
「いやいやほら、目が深い緑色をしているでしょ。幼児でここまで深い緑色の瞳をしている子はいませんって。つまり大人の証拠です。俺たちよりも年上の可能性だってある。ね、そうだよね、えっと、アンスールさん? あ、女の子に歳を聞いちゃまずいか」
「なんだと!? それじゃ化け物じゃないか!」
「わわわわわそりゃ差別用語ですってぇ」
なんだかよくわからないがエルスと名乗る男が顔を真赤にして怒っていて、その後ろでそいつを羽交い絞めにしている若い男も顔を真っ赤にして必死にエルスを抑えている。
「エルス、君の小学生の娘さんって何歳なん?」
煽るようにため口で聞いてみた。
「14歳だっ!」
なるほど私は14歳に見えるのか。
だが残念、長命種と短命種の間に産まれた私は成長が不安定で見た目だけでは歳は分からないのだ。
「そっちの人の言う通り、こちとら幼形成熟ってやつですよ。わたくし御年120歳です」
「はっ……?」
エルスがハトのように首をにゅっと伸ばした。
「俺より年上」
「そう。ならいつまでため口聞いてるんだよ」
そうすごむと同時に、ぴくりと腕の中の大鵬がわずかに動いたのが分かった。まさか……。
「まだ生きてる……!?」
「えっ」
私の声に男たちが素頓狂な声を上げた。
「この子生きてる! エルスとその部下、君たちは自然保護官だろこの子を助けろ!」
そう叫ぶと男は部下の腕を振りほどき、背負っていたリュックを肩から降ろしながら駆け寄って来て、私に目を合わせることもなく、さらには臆することもせず巨大な大鵬の体に触れて介抱をし始めた。
それが私とエルスの出会いだった。




