第九話 代償は、請求書みたいに届く
代償は、遅れてやってくる。
しかも、
怒りや罰の顔はしていない。
精算だ。
午前九時。
俺の端末に届いた通知は、短かった。
――任意の事情聴取について
強制じゃない。
出頭命令でもない。
だからこそ、
断れない。
「……来たか」
俺は画面を閉じた。
星野は、何も言わなかった。
言わなくても、分かっている。
「行く?」
「ああ」
「一人で?」
俺は少し考えた。
「……一人でいい」
星野は、頷いた。
「分かった。
終わったら、連絡して」
その声は、
心配していないふりをしていた。
庁舎は、相変わらず静かだった。
歓迎も、拒絶もない。
ただ、通常運転。
通されたのは、
見覚えのある会議室だった。
査察のときと、同じ。
違うのは、
向かいに座っている人物だ。
「久しぶりだな、霧島」
統制庁・政策調整室。
名前を聞けば、
誰もが一歩引く部署。
「今日は、“責任の所在”を
整理しに来た」
その言葉で、
目的は分かった。
「今回の公開資料」
男は、紙を一枚置く。
「事実だ。
違法性もない」
否定しない。
そこが、一番怖い。
「だが」
一拍。
「信用は、削れた」
俺は、黙って聞いていた。
「君の行動で、
制度は正された」
「……」
「同時に、
“内部は信用できない”
という印象も広がった」
それは、
俺が一番避けたかった結果だ。
「君は、
世界を救ったつもりかもしれない」
「そんなつもりはありません」
即答だった。
「ただ――」
「書類を、
ちゃんとしただけ?」
男は、微笑んだ。
「君らしい答えだ」
その笑顔は、
嫌悪でも称賛でもない。
「だから、
落としどころを用意した」
男は、別の紙を出した。
――配置転換通知(案)
部署名を見て、
俺は目を細めた。
「……教育局?」
「内部研修担当だ」
「現場から外す」
「違う」
男は首を振る。
「使う」
続ける。
「君は、
制度を壊せる人間だ」
「……」
「同時に、
制度の内側を信じている」
それは、
俺の弱点でもあった。
「だから、
外に出されると厄介だ」
正直だな、と思った。
「代わりに、
ここに来てもらう」
男は言う。
「教える立場だ」
「……何を」
「考え方を」
俺は、紙を見つめた。
権限はない。
決裁もない。
だが、
言葉は届く。
「拒否権は?」
「ない」
「……でしょうね」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
これが、代償だ。
力を使った人間が、
力を奪われる。
だが――
完全には、奪われない。
「一つ、条件があります」
俺は言った。
「何だ」
「俺の話す内容に、
事前検閲を入れないでください」
男は、少しだけ考えた。
「……危険だぞ」
「承知してます」
沈黙。
やがて、
男は頷いた。
「いいだろう」
会議室を出ると、
昼の光が眩しかった。
外に出ると、
星野が待っていた。
「……どうだった?」
「負けた」
俺は正直に言った。
「でも」
一拍。
「全部、
持っていかれたわけじゃない」
星野は、俺の顔を見る。
「教育局?」
「察しがいいな」
「……効率、悪い配置」
「だろ」
俺は笑った。
「でも――
嫌いじゃない」
星野は、少し黙ってから言った。
「それ、
あなた、
変わったわね」
俺は、空を見上げた。
世界は、何も変わっていない。
だが、
俺の立ち位置は、変わった。
代償は払った。
だから――
まだ、歩ける。
たぶん、
終わりじゃない。
終わりじゃないから、
歩ける。
次は、
誰かに渡す番だ。




