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第八話 公開は、拍子抜けするほど静かだ


 公開は、朝だった。


 記者会見でもない。

 声明文でもない。

 怒りの演説でもない。


 ただ、誰でも見られる場所に置いた。


「……これでいいの?」


 星野が端末を操作しながら言った。


「派手さ、ゼロだけど」


「派手にすると、

 “扇動”って言われる」


 俺は紙を整えながら答えた。


「事実は、

 目立たせない方が刺さる」


 公開したのは三点だけだ。


 一つ。

 補助金制度の条文と、実際の運用差。


 二つ。

 調査要件の成立条件が、文書上どこにも定義されていない事実。


 三つ。

 それらが、誰でも確認できる公文書であるということ。


 主張は書いていない。

 結論もない。


 あるのは、

 「ここに書いてある」

 それだけだ。


「反応は?」


「……もう来てる」


 星野が画面を見せる。


 SNS。

 掲示板。

 専門家のブログ。


「これ、

 前からおかしいって思ってたやつだ」


「調査って、

 前提条件ないの?」


「条文、

 どこにも書いてなくない?」


 どれも、

 怒っていない。


 気づいているだけだ。


「効いてるな」


「ええ」


 星野は静かに頷く。


「怒らせてない。

 煽ってない。

 だから、消しづらい」


 昼過ぎ。


 統制庁の公式サイトが、

 静かに更新された。


【一部制度運用に関する説明】


 否定していない。

 謝罪もしていない。


 ただ、

 説明し始めた。


「……負けてるな」


 俺は言った。


「もう、

 こっちが何か言う段階じゃない」


「ええ」


 星野は、少しだけ微笑んだ。


「世界が、

 勝手に読み始めてる」


 夕方。


 星野の端末が鳴る。


「……はい」


 短い応答。

 数秒。


 切ったあと、

 彼女は俺を見た。


「調査、

 中止よ」


「理由は?」


「“前提条件の整理が必要になった”」


 俺は、息を吐いた。


「つまり――」


「成立してなかった」


 それだけだ。


 夜。


 雑居ビルの外は、

 何も変わっていない。


 人は歩き、

 店は開き、

 ニュースは別の話題を流す。


 だが、

 一度読まれた文は、戻らない。


「霧島」


 星野が、少しだけ声を柔らかくした。


「私たち、

 勝ったの?」


「違う」


 俺は首を振る。


「無効にしただけだ」


 星野は、少し考えてから言った。


「……それ、

 一番たちが悪い勝ち方ね」


「褒めてる?」


「半分」


 俺は、紙を片付けた。


 もう、

 書く必要はない。


 少なくとも、

 今日は。


「なあ」


 俺は言った。


「これ、

 終わったと思うか?」


 星野は、窓の外を見る。


「思わない」


「だよな」


「だって」


 彼女は、静かに続けた。


「読める人が、

 増えちゃったもの」


 その言葉が、

 やけに重かった。


 公開というのは、

 世界を変える行為じゃない。


 世界が、自分で変わり始める準備をするだけだ。


 たぶん――

 終わりじゃない。


 終わりじゃないから、

 歩ける。


 俺たちは、

 今日も黙って、

 一行分の空白を残す。


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