第六話 共犯は、同意のいらない契約
星野凛花と再会したのは、
統制庁から三駅離れた、名前も知らない雑居ビルだった。
エレベーターは遅く、
階段は薄暗い。
「……効率、最悪ね」
開口一番、それだった。
「分かってる」
俺は肩をすくめる。
「ここは“安全”を買ってる場所だ」
「安全?」
星野は周囲を見回した。
「誰にも見られない、
誰にも期待されない」
俺は答えた。
「だから、面倒が起きる」
星野は鼻で笑った。
「あなた、本当にその言葉好きね」
部屋は狭かった。
机が一つ、椅子が二つ。
ノート端末と、紙の束。
統制庁とは正反対の場所だ。
「で」
星野は腕を組む。
「権限、完全に剥がされた?」
「ああ」
「復帰の目は?」
「ない」
即答だった。
星野は、少しだけ黙った。
「……なら、選択肢は一つね」
「言わなくていい」
俺は先に言った。
「分かってる」
星野は、俺を見た。
「共犯になる」
言葉にしたのは、彼女だった。
その単語は、
思ったより軽く、
思ったより重かった。
「確認する」
俺は、紙の束を机に置いた。
「俺は、内部に戻らない」
「戻れないでしょ」
「違う。戻らない」
星野の目が、僅かに細くなる。
「中途半端は、やらない」
俺は続けた。
「正義の味方にもならない」
「……」
「あなたの旗も振らない」
星野は、静かに聞いている。
「でも」
一拍。
「書き方は、俺が決める」
沈黙。
星野は、ゆっくり息を吐いた。
「……効率、悪い」
「知ってる」
「でも」
彼女は、口元だけで笑った。
「一番、壊れにくい」
星野はバッグから端末を出した。
「じゃあ、条件を出す」
「お互いに、だな」
「当然」
彼女は画面を操作する。
「第一条件。
改変は必ず“公開文書”で行う」
「闇討ちはしない」
「第二条件。
影響範囲の試算を、必ず三パターン出す」
「最悪ケース込み」
「第三条件」
星野は一度、言葉を切った。
「引き返せる余地を、必ず残す」
俺は、少しだけ笑った。
「それ、
俺が一番苦手なやつだ」
「だからよ」
星野は言う。
「あなたは、
私の共犯に向いてる」
俺は、紙にペンを置いた。
契約書はない。
署名もない。
でも、
これは間違いなく“契約”だった。
「なあ」
俺は、ふと思ったことを言う。
「俺たち、
多分、勝てないぞ」
「知ってる」
星野は即答した。
「でも――」
彼女は、視線を逸らさず言った。
「負けっぱなしで終わるのは、もっと嫌」
その言葉で、
俺は腹を括った。
共犯というのは、
誰かの正義を信じることじゃない。
同じ地獄を、
一緒に見ると決めることだ。
俺は、ペンを走らせた。
最初の一行を書く。
タイトルは、いらない。
ただ、
“成立していない前提”を、
一つ、無効にする。
外の世界は、
まだ静かだ。
だがもう、
戻る場所はない。
たぶん――
終わりじゃない。
終わりじゃないから、
歩ける。
俺たちは、
共犯になった。




