無題 おそらくはただの面の皮
拳の上に居るハンドレアードの鷹は、隣に居る据前に攻撃を仕掛けてくる事があります。顔が近いのが、よろしくないのです。「aggression」と言いますが、つまり攻撃です。飛梟がよくやるのです。行動上の問題で、ペアレントレアードは「まずやらない」という事になっております。もっとも、近頃では所詮は飼育下繁殖個体、人を見て育ってしまう関係から、ハリスホークはペアレントレアードであっても早期に詰めると刷り込みが入ってしまい、ハンドレアードとよく似た感じになる鳥がたくさん現れる事が知られる様になりました。違いがあるとすれば、ペアレントレアードは人間に対する選好性が強く現れる傾向があるので、特に自身を調教した据前相手にだけ、騒々しく鳴き、独特な低姿勢を示す様に成ります。「孵化後4ヵ月くらい」経っても、そういう事が起きると言われておりまして、こういう行動が見られる様に成った鷹が、「拳の上の小さなドラゴン」と化していくのです。
――――――「私の小さな悪夢」でもいいよ。
元々、対策として、ハンドレアードを購入してきたら、鷹をすぐにはいじらないで「一年くらい放かっておく」という事をしておりました。「見かけは鷹」という感じに成りやすいからというのが、その理由です。素直に驚いたのですが、近頃ではペアレントレアードのハリスホークを買ってきても、同じ事をする人たちがいるそうです。いえいえ、新しい鷹が来たら眺め回すだけは飽き足らず、いじってみたくなるのは人情というものです。「えらいこと」に成る鷹は、結構な数現れます。
「鷹の調教」と言うから難しく感じるのであって、やっている事は「手乗りインコの育成」です。インコの雛に粟玉やパウダーフードを与えて育てる代わりに、鷹の雛には肉を与えて育てます。そして、鷹には、インコ以上に「しつけ」に当たる調教過程をたくさん教えます。すると、鷹たちは「かなり」こちらの要求に応えてくれるように育ってくれます。それでもなお、「どかんとアグレッション」なのです。面嫌、嫌厭感とも言われたりします。成長の過程で、ちょうど人間の思春期の様に、そういう行動が出現するのです。「こっち来んな!あっち行け!」、目を合わせた瞬間にそういう行動が発生します。鷹によっては、口にした肉をクチュクチュしながら左右にまき散らすだけであったりとか、その表現には若干の個性があります。肉を食べる者たちをまとめてを「猛禽類」と言いますが、「鷹」が一番酷い行動を示します。
犬の調教で、カーミングシグナルというものがあります。「犬は吠えたりしないでも、色々なサインを飼い主に向かって放っている」という意味で、「穏やかな」と言います。つまりアピールです。鷹の場合は、「雛の行動」の延長で、猛烈な自己主張で以て明け透けなく「騒々しい」シグナルを、飼い主相手に放ちます。
「餌鳴き」と言いますが、英語の「screaming」の方が実態に近いものになります。どうかすると、ハンドレアードは一日中でも鳴いているような鷹に育ちます。そして、拳の上に居るときは、わざわざ大きな声量で何故か据前の耳に向かって叫び続けたりする様になります。「お腹が空いているよ」「ここにいるよ」「暇だ」、そんな意味があるらしいのですが、碌なものではありません。
こういう鷹は、自身が繋がれているなわばりの範囲内に給餌者が侵入して来ると、鳴きながら、独特な低姿勢でくねくねとにじり寄ってきて、「足にかかる」など、小さな攻撃行動を示す様に成ります。これを「雛の行動」と呼ぶのですが、この行動が拳の上でも現れる様に成ると、「鷹の真横にあるのは据前の顔」という事態に成ります。その頃には鷹も育ち切っておりますから、ちょっとの怪我では済まなくなります。
「攻撃」の具体的な内容ですか?「足を突き出す」といえば、軽い蹴りくらいから始まって「両の足を使ってつかみかかる」まで。「咬み付く」は、説明の必要が無いと思いますが、インコなんかで見かけるのと同じ様に、人間の弱点となる所、わざわざグローブで隠していない皮膚を選んで咬み付いてきたりします。わざわざ、「つねる」ように、痛みが強くなるように咬み付きます。その内に、真っ直ぐに顔に向かって狙いを定めて「つかみかかる」「ガブガブかじる」ところまでやる様に成ります。
この行動にはパターンがあって、鷹が拳に居るか、だいたい5メートルくらいの地面ないし低い場所に居るときに、こういう行動が出ます。鳴いている時が多く、一瞬でも目が合った瞬間に真っ直ぐにこちらの目をめがけて飛び付いてきます。元は同種の鷹に対して行われるはずの行動で、次点で自分が食べるはずの獲物を横取りしようとやって来たカラス相手にも、こういう行動が現れます。遠くまで鷹が飛んで行ってくれるときは、この行動は現れません。わざわざ、鷹は手近な場所に降りたり、比較的近い場所に止まって、こちらに急接近してきます。いわゆる「雛の行動」です。独特な興奮状態で、「鳴き始めた」とか、「飛んで行かない」、「アグレッションが出た」といった言い方がされます。こうなった鷹は、獲物に向かって飛んで行く代わりに、据前に向かって突っ込んで来ます。
つまり、ヒトに対して刷り込みの入った鷹は、人間を恐れないばかりか「それ以上」に親密な相手と見なしてしまうので、実に素直に情け容赦なく、こうした行動に出る事があるのです。専ら、据前が被害を被りますが、一般人を襲う様な鷹に育ってしまったら、もうその鷹は廃棄するしかないでしょう。それくらいしつこくて、どうにもならない行動になります。私は「距離感」と言っておりましたが、ハンドレアードは人との距離感が近すぎるのです。
もともと、「羽衾」ないし「羽衾で隠す」と言いましたが、近頃では西洋風に「mantling」と言う人もおります。「マント」というのは、西洋人の羽織るあのマントの事です。鷹は、自身が得た獲物を周囲から隠す為に、両方の翼を立てて上手に見えない様にしております。その鷹の真隣で、その様子を見ている「奴」がいるのです。あるいは、獲物を捕まえて地面に居る鷹に近付いて来る「嫌な奴」が。どうかすると、今つかんでいる獲物を離してでも、私の方に飛び付いてくる鷹が現れるのは、その所為です。羽衾は、本来なら鷹が地面に居るときに行われるべき行動です。ちょうど、野生のカラスと鷹がそんな感じで、獲物を捕った鷹にカラスが近付いてきてちょっかいをかけると、鷹が獲物を離してカラスに襲いかかるを繰り返します。そういう「大騒ぎ」をしている所に出くわした事が何度かあります。鷹からしたら、羽衾をしている時点で地面に居るのも同じです。拳の上に居ようが地面だろうがお構いなしに、「当たり前」の行動として、鷹は次の行動である据前への攻撃(顔面アタック)に移ります。異常な行動に見えて、少しもおかしな行動ではないのです。もちろん、それでは困るのです。修正の為に、色々とやります。
以前にも、飛梟には顔に飛びつかれて流血の大惨事に成った事がありましたが、そんな事があった直後でも、この鷹は後を引かずに回復・集中して実猟が続けられる鷹でした。当然ですが、拳の上で姿勢を崩したまま「こっち」を見ているような鷹ならば、さっさと箱の中に放り込んで家まで連れ帰るだけです。その日は危ないので使いません。なんなら、数日の間、頭が冷えるまで動きの制限される状態で繋留して餌も与えないで放かって置いたりすらします。餌を与える行為自体が、試合開始のゴングになってしまうからです。飛梟は、そこまではやらなかった。この怪我の時ですが、飛梟は後でちゃんと獲物を捕って帰ってきております。さっさと切り換えて、獲物に集中が始まるのです。この鷹は据え上げには応じるくせに、拳の上に呼んだときだけが危ない、そういう鷹なのです。おおよそで諸塒を迎える頃までに鷹が落ち着きを見せるようになるか、逆に年々酷くなっていくかで、「使う使わない」を見極めていきます。真砂のように、こうした行動が現れない鷹もいるのですが「当たり」を引く確率は五分五分くらいです。私はこれまでにハンドレアードのオオタカを7羽購入してきて使いましたが、この内の5羽に顕著なアグレッションが現れ、この中の3羽は特に癖の無い状態で使役が出来る所まで問題が解消しました。残る2羽についても、最終的に実猟を諦めたものの獲物自体は捕っております。ただし、問題が解消するのにかかった期間は数週間から3年と、バラバラです。十鷹十色、鷹にも色々おります。
私の治療開始以降、投薬の影響から起きた体の変化には嘆くばかりでしたが、ここに来て一つ「いいこと」がありました。ステロイドは、ムーンフェイスと呼ばれる、大黒様みたいな下ぶくれした容貌を作ってしまう薬で、下ぶくれの中身は脂肪です。前年11月頃に、飛梟に顔を攻撃されたときは、酷い出血がありましたが、年が明けて2月頃に同じ事をされた際は、殆ど出血がありませんでした。どちらも自分の顔につかみかかった鷹を「引き抜く」くらいの攻撃でしたが、脂肪が邪魔して「身」まで爪が届かずに、皮膚に穴が開いただけで終わったのです。むしろ投薬の影響で皮膚は薄くなっているはずですが、私の面の皮はある意味「分厚い」ものに成っていた様です。いえ、猟期中ドライブしながらあちこちを巡った際に、やれハンバーガーだなんだのと、微妙に食欲が出て色々食べて猟期が終わる頃には太っていたのです。お陰で凄い怪我に成らないで済みました。
海苔を食い荒らす害鳥たち。
参考文献
猛禽類を飼う, KDP, 2022
鷹詞拾遺集, https://watavets2000.blog.fc2.com/blog-entry-1478.html




