よしなしごと 専門用語の妙
以前に、フクロウの飼い主の方から「糞づまり」について相談された事があります。便秘の事かと思ったのですが、話を聞いてみると「違う」。その飼い主は、飼っているフクロウの食べる量が減った際に、排泄物を構成する3成分の内「糞」が無くなった。その状態を「糞づまり」と表現したのです。もしも、鷹をやる人が同じ状態を見付けたら、「油ウチをするようになった」と表現する状態でした。油ウチというのは緑色をした絶食便の事です。実は便は出ていたのです。閉塞はありません。詰めたとき、あるいは給餌量を制限した鷹でそういう事が普通にありますから、鷹の人たちならば来院しないで様子を観たでしょう。インコを飼っている人ならば、そのものズバリ「絶食便しか出ない」と言い方をしたでしょうか?インコという生き物は、牛が草を食むように一日中なにかを食べ続けている生き物です。猛禽類と違い、絶食便の排泄が観察されるのは異常な事ですから、知識のある人であれば急いで動物病院を受診すると思います。「糞づまり」と評されたフクロウには、実は便の排泄がありました。そのフクロウは、「体調が悪くて、餌を食べる量が減っていた」のです。飼い主は、自分の持てる知識を総動員して、何とかして自分が感じた異常を獣医師に伝えようとしたのです。
このように、飼っている鳥が違うだけで、飼い主たちの「常識」が違い、使う言葉まで違ってくるのです。私も自分が病気に成ってつくづく思いましたが、私の認識している症状を、その道の専門医は別の言葉で表現してくるのです。困ります。この「すれちがい」をどうにかしないと、お互いの意思疎通が出来なく成るのです。例えば、私は免疫抑制剤を服用するようになる前、頻繁に腰背痛に悩まされておりました。普通に考えたら、椎間板ヘルニアのような「骨と神経の病気」です。ところが私の場合、皮膚筋炎は筋肉を損なうので、骨を支える事が出来なくなって筋肉が痛みを発する「筋筋膜性腰痛症」に近い痛みであった事が後に分かりました。レントゲンを撮っても骨を評価するのですから「異常なし」、ずっと言われ続ける訳です。いえ、手首や足首の痛みを、私は「関節が痛い」と理解していたので、医師が「手に強ばりを感じたりしませんか?」と聞いてきても、「いいえ」と答えておりました。実際には、医師は「強ばり」という表現を使って、指骨間を連結している筋肉の異常の有無について評価しようとしていた訳ですが、会話になっていない。もしも、「握ると痛いですか?」と聞かれたら、「はい」と答えたでしょう。私の「関節が痛い」という状態は、医師が確認したかった症状そのものだった訳です。
この「強ばり」をはじめとした表現は、皮膚筋炎のテキストの中に出てくるもので、業界用語の一種です。当事者間だけで通用する言葉という意味です。別の意味にも解釈出来るけれど、「こう使え」という言葉です。私が間違えた紛らわしい用語に、「把握痛」というのがありました。私は当初、それを「手を握ると痛い」と理解していたのですが、実は筋肉痛のようなもので「筋肉をつままれると痛い」が正しい理解でした。結局、手の指の筋を揉んで「痛い」となるのは同じだし、手を握れば痛い訳ですが、その病気を扱う時に、専門医たちが同じ様に病気を理解する為に、同じ表現を使うのです。何もしないで安静にしていても発生する筋肉の痛みには、「自発痛」が用いられます。
――――――分かる訳がないって。
結局のところ、おかしな「すれちがい」を回避する為には、専門医と「卒業論文で皮膚筋炎をテーマにしている学生」くらいの、知識上の「歩み寄り」が要るらしいと、私は自分の言い方を改める努力をしました。もちろん、疑問があったら聞くし、「間違いがあったら指摘してくれ」とも言いました。とにかく、相手に分かる言い方を使うのが、一番物事がスムースに進行するのです。今も、定時に薬を飲むのを忘れたくらいで、なんなら薬を飲んでいても、手首や足首が痛いのですが、決して「関節が痛い」という表現を使わない様に気を付けております。先生方も、理解出来ない訳ではないはずですが、そういうちょっとした用語上の齟齬は思考のノイズになってみたり、会話上の苛つきの原因に成るからです。いえ、飼い主の提供する情報がジグソーパズルの様に成って私の脳内で並べ替えられる、そんなトレーニングを何十年とやってきたからこそ出来る話ですね。
コジュケイ。狩猟鳥で、その辺の民家の庭に居たりしますが、キジほども猟野では見かけません。私が「獲物として」この鳥に鷹を羽合る機会を得た経験は、一度しかありません。それくらい遭遇が難しいのです。




