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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
14章

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よしなしごと ヒグマとハリスホーク

 入院騒動から一年が()ちました。この『捜鷹記』は、その時何があって自分はどう思ったか、私が忘れてしまう前に書いて残しておこうと思って始めた随筆です。


 当時の話、身の回りの事も自分で出来なく成った私は、わざわざ布団まで()いてくれた車の後部シートに放り込まれる様にして、知人の運転する車で大学病院まで運ばれて行きました。上体(じょうたい)を起こして座ってなんか()られなかったので、横になってと言うよりも、横たえられた姿勢のまま「輸送」されたというのが正しいと思います。満足に身動き出来る筋肉は、既に失われておりました。病院という所には、最初から屋外にも車椅子が置いてあります。到着するなり、私はロータリーで車を降り、「よろよろと」用意された車椅子に腰掛けました。体中の筋肉がおかしかったからでしょう、腰から背中から、「みしり」とでも書けばいいのか、(きし)むような鈍い痛みがしたのを覚えております。その(あと)は、運ばれるままに院内各所に連れて行かれ、検査・検査・検査でした。

 (あと)で気付いたというか、気にならなくて、出かけるとき、私は動物病院の玄関の施錠(せじょう)その他、行っておりませんでした。なんなら、パソコンの電源も切っていない。消灯はして出ました。運転は出来ないから車は駐車場に。屋内には残された鷹たちが居るのみ。そんな状態で、病院を(あと)にしております。

――――――診察の為の来院が、たくさんあったのです。

 これは、私が(あと)で聞いた話なのですが、少なくとも1回以上、110番通報があったそうです。「何処かで死んでいるはずだ」「警察官と町内会長さん立ち会いの(もと)家捜(やさが)しをしよう」と、そんな話になったそうです。車は駐車場にあるし、暗い部屋の中で鷹が居るのだけが分かる。「そう」思ったんですね。たまたま、鷹に餌をやりに来た人が出くわして、「先生なら、今、名古屋の病院に入院しとるよ」と、説明してくれた事があったそうです。ある時は制服の警察官に、ある時はただの飼い主の方に。それ以後は、警察の方に申し送りがされたそうで、110番通報があっても「その人ならば」と説明してくれる事に成ったと聞いております。当時の私は、「心に余裕が無かった」とかではなく、物理的に体が動かせなくて、貼り紙一枚用意出来なかったのです。

 私が入院している間に、誰が何人そういう行動を()ったのか?私は存じません。退院後、その内の一人については誰か判明しました。飲食店を経営している家の方で、糖尿病の猫がおり、「そろそろ、インスリンを使い切る頃だ」と、入院中から気にしていた家がありました。退院した日の夜、私は夜道(よみち)をおっかなびっくり車を運転してそのお店に寄り、夕食を()るついでにとインスリンを持って行ったのです。いえ、奥さんが出て来て、旦那さんが出て来て、滂沱(ぼうだ)の涙です。涙・涙です。「滂沱(ぼうだ)の涙」は重複(ちょうふく)表現で誤用ですって?とんでもない。あれこそ(まさ)しく「滂沱(ぼうだ)の涙」というものでしたよ。

 言わば「夜逃げも同然」に入院してしまいましたから、不備どころではなかったのです。目ざとい人は、ブログ記事から私の入院を知ったはずですが、こちらにも落とし穴がありました。当時、サイバー攻撃があったそうで、ブログの運営が私の入院直後に仕様変更を行いました。スマホから更新が出来なくなり、操作は全てパソコンからのみと成ったのです。入院している私はスマホしか持っていなかったので、ブログの更新が途絶えました。それも入院5日目の記事を最後に突然です。死亡説が流れたそうです。「死んじまったらしいぞ」と。なにしろ26日間も入院しましたからね。その間、ずっと音信不通に成ったのです。実際に何人が私が死んだと思ったのかまでは分かりませんが、当時、かなり話題になった(よう)です。いえ、男泣き(おとこなき)に泣かれた旦那さんの顔を、私は死ぬまで覚えているかもしれません。

 どうでもいい話ですが、鷹に餌を与えに来てくれた人たちには「餌を与えるときだけ明るくして、帰る時は消してください」と、そういう管理をお願いしました。明るいままにしておくと、鷹が活発に行動してしまうので、万が一大緒(おおを)(から)むなどしてもその場に直せる人がおりませんから、大人しくさせておく必要があったのです。そういう管理方法があるのです。院内がまっ暗だったのはその所為(せい)です。それでも、学習から暗所を物ともしなくなった薬研(やげん)は、私が退院する頃には入院室からボーパーチを引き摺って出てくるまでに成っておりました。急いで退院してきた(わけ)でしょう?


 さて、あれから一年が()ったある日、私は上野動物園のヒグマの訃報(ふほう)を知りました。亡くなったのは2024年10月、つまり私の体調が悪く成りだした頃です。当時気付かなかったのか、色々あって忘れてしまったのか、分かりません。死んだのは、「ポン」と「ポロ」という二頭いるヒグマの内「ポロ」の方でした。残された「ポン」の方も、高齢で、なにやら頑張って生きているらしい様子が動物園の提供する情報からうかがえます。実はこのヒグマ二頭、動物園に引き取られる前の一週間ほど、私が世話をしていた事があるのです。

 わんわん(わんわん)諸塒(もろとや)(むかえ)える少し前の頃の出来事でした。当時、足寄町(あしょろちょう)の山林で作業をしていた方が、ヒグマの冬眠穴(とうみんけつ)を壊してしまい、穴から(たけ)り狂った熊が出て来て大騒ぎに成ったそうです。この熊は、当時猟期だったので、一般的な普通の狩猟者によって射殺されました。その(あと)で、「雌だ」という事が分かり、探してみたら穴の中から子グマが二頭出てきたのです。その頃は、こういうケースのとき「子グマをどうするか?」というルールがありませんでした。近頃世間を(にぎ)わせている熊害(ゆうがい)による有害鳥獣駆除には、あらかじめ「こうしろああしろ」と、行うべき行動が定められているので、参加者は粛々(しゅくしゅく)とその通りにするだけです。「ノー」を(とな)えるという事はありません。ところが、一般に行われる狩猟で狩猟者がヒグマを撃ったとき、正しくは一般の狩猟者が個人的に「頼まれて」猟期に熊を撃ったとき、「子グマが出てきたら」どうするのか?誰も考えていなかったというのです。つまり、いわゆる「想定外(そうていがい)」のことが起きたのです。当時、狩猟者の方は子グマを持ち帰ることなく、作業員の方が子グマを持ち帰ります。殺すのが嫌だったと聞いております。もっと昔なら、子グマは北海道の土産物屋(みやげものや)で鎖に繋がれて観光客から餌をもらったりしていたし、いくらかのお金で売れたはずですが、もうそんな時代ではなかった。飼育には特定動物の飼養許可が必要で、そのためには莫大な費用が発生する飼育施設が必要です。余談(よだん)ですが、十勝管内にあるおびひろ動物園には、その昔ヒグマの飼育展示がありましたが、法改正に伴い条件を満たす飼育施設が用意出来ないので、ヒグマの展示を()めて施設を壊してしまったと聞いております。当時の段階で、少なくとも個人では用意出来るような施設ではなくなっておりました。子グマを連れて、途方に暮れた人がいたのです。

 紆余曲折(うよきょくせつ)あったと聞いておりますが、「引取先が決まるまでの間ならば」と、当時の私は、傷病鳥獣救護という名目(めいもく)でその子グマを引き受ける事にしました。あくまで一時的なものです。当然ですが、子グマの成長速度は半端(はんぱ)ないので、そんなに長い間は飼っていられません。

 私が当時やったのは、たしかに「治療」でした。子グマの片方には、持ち込まれた時点で、レントゲン撮影により、食道内異物((れき))が見つかりました。カテーテルを用いてこれを胃内に誘導すると、不完全閉塞に移行させる事が出来ました。ヒグマのように、短期間で腸の直径が急速に拡大する見込みがある動物は、この方法で「少し待てば」、手術を実施しないでも物が下流に流れる様に成るのです。大型哺乳類の子供だからこその荒技(あらわざ)ですね。こうやって、この子グマをミルクが飲める様にしました。礫の発見と同時に、その子グマには誤嚥性肺炎が見付かっておりましたが、抗生物質さえ使っていれば後は大事には至らないはずです。あとは、大型犬の人工保育と同じで、時間か来たらお尻を()いて排泄させ犬用のミルクをジャンジャン与えました。体は小さいのですが、犬の飲む量ではなかったのを覚えております。

 治療の方は何とかなって、子グマに生存の目が出てまいりました。しかし、せいぜい()てて1ヵ月くらいでした。その間に、何処かに引き取らせないといけません。行政に話を持って行ったり、二件ほど動物園に聞いてみたり、野生動物を専門にしている大学の先生の所に話を持って行ったりしました。色々聞いて分かったのは、施設的に、飼養許可が下りる動物園に引き取らせるしかないということ、ところが、動物園という所には既に何か熊が飼われているので「()き」が無いということ、その二点でした。最終的に、環境省の事務所の方に話が回り、「上野動物園で引き取れる」という連絡を(いただ)きました。実はこれ、かなり運の良い話で、当時、完成したばかりの飼育施設に入れる熊を探している動物園があったのです。

 子グマは二頭おりました。どちらも()です。当時、動物園の方では、()()をそろえて繁殖を試みたいという意向がありました。だから、「一頭だけ引き取りたい」とのことでした。私は、子グマが非常に幼かったので、同種への刷り込みや行動発達を考慮して「二頭同時に育てるべき」というプレゼンテーションを行いました。ある程度まで一緒に育てて、ちゃんと「ヒグマ」に育ってから、その後で雌を紹介して繁殖を試してみればという訳です。実際の話ですが、引き取ってもらえなかった子グマには「カレーの具」にするくらいしか未来がありません。私の本音(ほんね)()けて見えるプレゼンに、当時の職員の方は折れて乗ってくれました。こうして、上野動物園には二頭の()()ヒグマが飼育される事になったのです。繰り返しますが、これはとても珍しい事で、幸運な事でした。

 その()、飼育施設の完成記念式典に呼ばれたこと、誤嚥性肺炎の治療経過の話があったこと、いくつかエピソードがあったのですが、そちらはいいでしょう。命拾いをしたその時の子グマたちが、(すこ)やかに過ごし、どうやら天寿を全うしようとしております。「万感胸に迫る(ばんかんむねにせまる)」とは(まさ)にこのこと。なるほど時が過ぎたのです。私が死にかける訳です。あのとき、子グマたちの頭の上に居た鷹は、今も生きております。そして、今季も猟野で獲物を捕りました。どうやら、ヒグマよりもハリスホーク(わんわん)の寿命の方が長かったらしい。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

思うに、文章を読ませるべき小説投稿サイトですが、ここは写真を数枚見せた方が雄弁だと感じました。


参考文献

東京ズーネット, エゾヒグマの「ポロ」が死亡しました, 2024/10/02, https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=ueno&link_num=28823


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