表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捜鷹記  作者: 檻の熊さん
13章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/96

灌頂 寄生虫対策

 膠原病(こうげんびょう)すなわち自己免疫性疾患のまずいところは、酒を飲むでなしタバコを吸うでなし、心当たりのないところから「勝手に具合が悪くなる」ところでしょうか?容態の変化にしても、「病気の方で勝手に悪くなる」としか言いようのない変化をしてくれますから、医者の言いつけを「守れるところまで」守って「いい子」にして暮らしているだけです。私は「自分は恵まれている方なんだ」と思いましたが、光線過敏について指摘されており筋肉をいじめたらいかん病気なのに、家が農家で農作業を続けている方もおられるそうです。いえ、ちゃんとトラブルを起こしたからこそ、私はその話を聞かされたのです。

 ある意味「一周忌」だと思いました。前年の1月は、まだ私がギリギリ「人間」だったと言えなくはなかった頃です。もう死ぬばっかでしたが、食欲不振はあったし(ろく)に歩けなかったし、でも食べ物の味が理解出来たからです。今では「美味しいラーメン」を食べることが出来ません。

 予防注射の為の来院は、つまり一年ぶりの来院という事になるのですが、当時の私の様子を色々と教えてくれます。飼い主の方たちの中には、私が2月に入ってすぐに緊急入院していたことを知らない人がいて、「元気そうだったのに」とか「具合が悪そうでしたものね」とか、同じ1月でも坂を転げ落ちる様に容態が悪化して行った頃でしたので、みなさん結構色々な事を言って帰っていきます。私は感慨に(ふけ)りながら、「本当は、こういう事をしていたはずだったんだな」と診察を行います。でも、今では残っているのはわんわん(わんわん)だけです。薬研(やげん)真砂(まさご)もおりません。鷹だけでなく、犬も猫もインコも、餌にするだけだったとはいえ鳩も、なんにも残っておりません。代わりに庭で飛梟(とび)が「ぴゃあぴゃあ」と鳴いております。


 猟期が終わる頃、正しくは終猟後、私は鷹に駆虫薬を使用しています。対象は線虫類と吸虫類です。「ショットガン療法」、つまりは「めくら撃ち」「ばら播き型の治療」です。「いちおう」くらいの処置になります。この時期、寄生虫の感染があるとしたら、実猟に由来するものが原因です。しかし、寄生虫に感染していたとしても、ステージ的に検出には早い時期になるので、糞便検査を行っても検査結果は「陰性」です。寄生虫が実際に居るかどうか、検査しても分からない事がよくあります。つまり、実害のない薬なら「使ってしまえ」という時期なのです。さらに、実際に診たことがある訳ではありませんが、駆虫薬の中には、例えば換羽期に使用すると羽毛異常が現れる薬があります。2月頃、猟期の終わった頃はまだ換羽には早いので、安心して「そういう事があるかもしれない薬」を鷹に与える事が出来る時期でもあるのです。

 鷹を寄生虫から守る為に行う寄生虫対策には、他にも色々あります。まずは飼料からの感染を防ぐ為に、基本的に鷹の口に入る物は凍結融解(とうけつゆうかい)します。生き餌は、調教上の理由でとか、実猟でとか、そういう時だけ鷹が口にする物です。使ってしまったら、後日予防的に駆虫薬を使用するかもしれません。「新鮮な」「獲れたて」は、基本はアウトです。右から左に、感染能力を有した寄生虫卵が鷹の口に入ってしまいます。テキスト上の数字で「一週間」、冷凍庫に保存しておいた飼料を与える様にすると、寄生虫の感染を防ぐことが出来ます。これはトリコモナス症を視野に入れた数字で、対象となる餌は鳩です。トリコモナス以外にも寄生虫はおりますし、なんなら細菌やウイルスの問題もあります。私は「1ヵ月くらい」冷凍庫に保管してから、鷹にウズラや獲物を与えるのを基本としておりました。中にはそれでも増殖能を有したまま生き残る病原微生物がおりますが、実際のところ、うちの鷹でそういう話に成った事はありません。


 寄生虫にまつわるエピソードが、幾つかあります。

 少し前まで、バンは狩猟鳥でした。江戸時代の頃、「三鳥二魚」のひとつに数えられていた鳥種です。その内訳は、(ツル)雲雀(ヒバリ)(バン)(たい)鮟鱇(あんこう)だったと言われています。なんのことはない、鷹狩で捕る獲物だったというだけなのではないかと思うのですが、「珍味」というのをどう評価するべきか迷います。正直なところ、カルガモやマガモの方が美味しいのです。ただし、その昔は(まぐろ)のトロを廃棄していたという江戸時代の人たちの味覚ですから、その辺りは考慮した方がいいかもしれません。

 吸虫類というのはいわゆる(ひる)のことです。止水、つまり池でバンを獲ると、よく内臓を蛭が()っておりました。実はこういった蛭は、珍しい物ではありません。身近なところなら、放牧する牛の肝臓に寄生する肝蛭(かんてつ)は、と畜場の常連です。もしも寄生が見付かれば、その肝臓は廃棄されてしまうので市場に出回ることはありませんが、野外なら「その辺に居る」寄生虫です。有名なところなら、北大路魯山人(きたおうじろさんじん)の死因だと言われる肝臓ジストマというのが、やはり肝吸虫と呼ばれる蛭であったという事になっております。諸説ある様ですが、この人は、半生の貝を食べて感染したとか、川魚がいけなかったんだとか、言われております。今では食べられませんが、レバ刺しを食べて人間が牛の肝蛭に感染したりもします。

 猛禽類に感染する吸虫類の生活環を、私は存じません。だから、感染に関与するであろう中間宿主、すなわち鷹が何を食べると感染するのかを明言することが出来ません。したがって、バンを捕らえた鷹がこの鳥を食べたとき寄生虫の感染が起きるとは限りませんが、とにかく頻繁に見付けるので、猟期が終わる頃になると私は鷹に薬を使っておりました。ノスリやオオタカ、ハヤブサなど、野生の猛禽類が保護されると、糞便中から種不明な吸虫卵がよく見付かります。一番ありそうな感染源はカエルだと思っておりますが、バンのような鳥も捕獲して食べる機会のある鳥たちなので、バンを感染源の候補から外したことはありません。以前に、実猟に使っているオオタカの口腔内に、蛭がビッシリと貼り付いていたことがあります。なんなら鼻の穴からも出て来たほどです。このときは、麻酔下でピンセットを使って寄生虫を取り除き、駆虫薬で処置して終わりました。直接の原因は不明でしたが、フィールドで水を飲んだことが原因だったのではないかと説明したことがあります。つまり、可能性のある生き物が暮らしている水系の水です。このような事態を回避する為に、年に一回程度の駆虫の実施と「ほぼ毎日」の凍結融解飼料の提供が行われているのです。


 一般に「寄生虫」のイメージに一致するのは線虫類でしょう。いわゆる回虫(かいちゅう)です。吸虫類が寄生部位や宿主によって肝蛭(かんてつ)だの膵蛭(すいてつ)だの肝吸虫だのと名前が変わるように、線虫類にもたくさんの和名があります。しかし、人や家畜の場合と違い、鷹関連では和名が定まっていない寄生虫がたくさんあるので、ただ「線虫類」「消化管内寄生虫」とだけ表記させていただきます。その昔、海外ブリードの雄のオオタカで「こばん」というのがおりました。当時の話、イギリスブリードがオーストリアブリードになろうが消化管内寄生虫のいない鷹というのは珍しく、わんわん(わんわん)にも寄生虫が居ました。当時、こばん(こばん)を連れて猟野に出かけたところ、現地に到着して箱から出すなり、独特なペリットを吐き出すときの挙動を始め、私の拳の上で15センチくらいはあったでしょうか、極太の線虫を吐き始めたことがあります。いえ、長さと太さから、完全に吐き出す事が出来ませんで、私が右手でその先端をつまんで口から引き釣り出しました。引っかかっていたのでしょう、一匹ではなく何匹も芋づる式に出てまいりました。もちろん、標本なんかではありませんから、生きて動いております。その日は鷹狩どころではなく、帰宅するなりこばん(こばん)には駆虫薬を内服させました。驚いたことに、翌朝になると巨大なペリットが吐かれており、だいたい線虫のカタマリでした。吐き出したのが全てではなかったのです。

 実は、この鷹は購入直後に一度駆虫を行っており、その時は小さな線虫が便と一緒に一匹排出されただけでした。普通は、消化管内寄生虫は居てもそれくらいの事が多いので、私は「駆虫済み」のつもりでいたのです。その後、調教がすっかり進んで実猟に出かけるようになった頃に現れた線虫類は「何処から現れた」のでしょうか?答えは「内臓幼虫移行症」です。消化管内寄生虫と言うくらいですから、線虫類の多くは最終的に宿主の消化管内に居着きます。ところが、その前のステージにある線虫類は、宿主の体内を移動して、最後に消化管に辿り着くという生活環をしているのです。一般的な駆虫薬は、ちょうどパイプの中を洗浄するように、消化管内に居る寄生虫のみを殺して体外に排出させます。つまり、こばん(こばん)の一回目の駆虫の際は、まだ時期が早くて、消化管内にわずかな数だけ居た「成虫」が駆除されただけで、大半は鷹の体内を彷徨(さまよ)っていたのです。このときに(なん)(のが)れた線虫類は、時間差で消化管に辿り着き、丸々と肥えた状態で私の目の前に姿を現したという訳です。こういう事があったので、今では内臓幼虫移行症にも対応している駆虫薬を使う事が多くなりました。

 野鳥が寄生虫に感染しているのは当たり前だと思うかもしれませんが、実は「重度寄生例」というものが(ほとん)どおりません。野生の猛禽類は、広い範囲を移動する生き物で、その場所が汚くなる前に何処かに行ってしまいます。したがって、その糞便の中に寄生虫卵があったとしても、「汚染密度」が大した事に成らないのです。この逆が飼育下の鳥たちです。少しくらい糞便の中に寄生虫卵の排出があったとして、その場所が清掃されないでいると汚染密度が上昇します。つまり、鷹の足元が寄生虫の卵だらけに成ります。そして、飼育されている鷹たちはその場所から余所(よそ)へ移動する事が出来ません。「重度汚染地帯」の真上での生活を余儀なくされます。だから、購入してきた飼育下繁殖個体の方が「汚い」ことがあるのです。

 「掃除くらいしたらいいじゃない」と思う方がいるかもしれませんが、特にペアレントレアードなら、問題が起きやすい時期だからと、育雛中の両親の居る場所に近付いて行って床の清掃を実施するなんて狂気の沙汰です。つまり、卵を割られるか育雛を放棄されるか、人間が攻撃を受けるかという事です。そもそも、野生の鷹の巣は「汚い」のが当たり前で、その所為(せい)もあってか鷹の飼育者の方たちはあまり鷹の暮らしている周囲の清掃をしません。ぼそりと、余計な事を述べてしまうなら、この清掃というのは主に「土の入れ替え」に相当する作業が必要です。掃除をしないで放置されていた堆積した糞便は、ある程度の厚さで飼育スペースに積もっています。これが「土壌」と成って、糞線虫に相当する寄生虫の温床になって残る様になるのです。毎日コツコツやるならいざ知らず、この作業は大変なものに成るので、余計に「汚く」なった繁殖施設からは寄生虫が居なくならないという悪循環が続く様に成ります。

 なんとなくではありますが、以前は寄生虫の重度汚染例は海外ブリードの鳥たちでした。その頃は、国内で猛禽類の繁殖をしている所は少なく、施設も新しかったからです。「最近」というのをいつ頃からと言ったら良いか分かりませんが、近頃では国内ブリードの個体がよく出回るようになりました。「近頃では」、「汚いところは汚い」と言う様に成りました。つまり、日本国内からもそれなりの数の猛禽類を出荷できるように成った一方で、そろそろ、繁殖施設が古く成り、衛生管理が上手く出来ていなかった施設では寄生虫の重度汚染例が出現するという時代に成りました。病気の出現まで外国並みになるというのはどうかと思いますが、隔世の感があります。断っておきますと、古くからやっているところ=汚いという意味ではありません。時間が経って、日本の猛禽類の繁殖施設でも、衛生管理に五月蠅(うるさ)かった所とそうでなかった所の明暗が分かれる時代に成ったという事です。


 重度汚染例とは少し違うのですが、「重症トリコモナス症」とでも書けばいいのか、トリコモナス症の鷹は「悲惨な顔」をして来院します。おそらくもれなく「酷い顔」です。トリコモナス症は、鳩に由来する有名な寄生虫感染症ですが、私は長い間都市伝説のようなものだと思っておりました。診たことが無かったのです。私がこの疾病と遭遇する様に成ったのは「追い払い」の業者の人たちが鷹を連れて来るようになった頃からでした。つまり、感染源は生きた鳩です。独特な腐臭、流涎(りゅうぜん)、「悲惨な顔」、だいたい一目(ひとめ)見たら「これだ!」と分かります。テキスト上有名な「口腔内の病変」なんて探す必要はありません。むしろ、「口の中に何かある」といって連れて来られた鷹は、ほぼ「別の問題」で連れて来られた鷹です。実際に診察してみたら、そんな「ぬるい」疾病ではなかったのです。しかも、テキストだけ読めばトリコモナス症=ハヤブサの病気です。ところが、私が実際に遭遇したトリコモナス症に苦しむ猛禽類とは、全てハリスホークでした。事実は小説よりも奇なりとは、こういうときにこそ使う言葉でしょう。

挿絵(By みてみん)

コクガンです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ