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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
13章

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灌頂 吸入毒

 入院室にハリスホークが居る。でっかい雌。ふとそこに薬研(やげん)の姿を見た気がしたのは、その部屋が薬研(やげん)を繋留するのによく使っていた部屋だったからか、雌の鷹の存在感がそうさせたのかは、わからない。(さいわ)いにして、トラブルの内容は軽症で、治療困難な経過はあり得ないイージーモード。私は、久し振りの雌の鷹をいじってかまって、入院管理を終えました。


 私は昭和の生まれになるので、「今どき」とは言いつつも、屋内で犬と同居することを(いと)う人たちがいても違和感を覚えたりはしません。むしろ、その昔は老人たちが、今考えたら時代劇のセット並に土埃(つちぼこり)にまみれた畳の上で暮らしていたにもかかわらず、犬をそういう場所に上げることを徹底的に嫌がったのを覚えている世代だからです。

 「今どき」というのはもちろん鷹の話になるのですが、今どきは私の想定の範囲内に収まりきらない飼育が増えております。その(さい)たるは、一日中屋内で行われている同居型の飼育です。いわゆるペット鷹の一部の事なのですが、疾病傾向に私の経験した事がないものが出現します。例えば、「飼っているフクロウが洗濯物の中の軍手を丸飲みした」とか、そういうものの鷹バージョンです。まあその、フクロウ類にしても完全屋内飼育で済ます生き物ではなく、本来ならば、鷹と同様にせめて1日1時間なりとて外の空気を吸わせるという暮らしをさせて欲しいところです。その所為(せい)か、連中は私の中では妙に寿命に短い鳥という認識でくくられる生き物に成ってしまいました。

 同居型飼育は、鷹だけでなく飼い主の方にも特徴があります。いざとなると、調教以前の段階で飼っている飼育者が多いので、土壇場になって「なにもできない」という事態に陥りやすいという傾向があるのです。本来なら、鷹は、調教してなんぼ、飛ばしてなんぼ、捕らせてなんぼの生き物です。鷹を飼っている事で得られる楽しみを、飼い主がまるで味わってない。そして、同居しとる。


 私が遭遇した中で、「なるほど」と思った鷹のトラブルは、呼吸器系の疾病でした。直接的な原因は不明ですが、屋内で飼育している鷹で、長期間候補となる諸々への暴露があり、おおよそで1ヵ月くらいしてから「おかしい」と成って来院し、そして死ぬというものです。全て「おそらく」としか言い様がないのですが、聞き取りを行うと、トラブルを起こしているケースでは3種類以上、鳥の周辺に候補と成る物が存在している事が、よくあります。中でも、蚊取り線香と灯油ストーブは、明らかな「駄目だし」を出せる危険物です。経験から、毎日使ってひと月くらい経つと、肺に不可逆的な問題を来して死亡する個体が現れる。嫌らしいのですが、1回くらい煙や臭いを吸引したからといって異常を来す鷹は居ないので、飼い主は「無害だ」と思ってしまっています。しかし、実際は「病院に行こう」と思った時点で、もうやる事が残っていません。

 言い方は悪いですが、「倒れてから」「息をしているから」、「勝負じゃ!」「治療開始だ!」、そう思う飼い主の方がたくさんおります。ちょうど人間の脳梗塞や心筋梗塞のイメージになるのでしょう、確かに水際立った美しさで(もっ)迅速(じんそく)に患者を死の淵(しのふち)から引き上げる、そういう医療行為はあるのですが、鷹関係の診療で「そういう仕事」は「ない」のではないかと思います。倒れた患者は「ゲームオーバー」です。「その手前」になら、引き返せるタイミングが幾つもあるので、私は予防医療にこそエネルギーを注ぎ込むべきだと思うし、そういう指導を口を酸っぱくして行うのが獣医師の仕事だと、経験から理解しております。例えば、風の猛烈に強い日に鷹を飛ばしてしまい、人工の構造物に接触させて再起不能な怪我を負わせてしまうくらいなら、その日は「飛ばさない」「車を停めて車内で小一時間も鷹と一緒に外の景色を眺めて、口餌を(かじ)らせて帰った」、そんな感じで、怪我自体は予防出来るのです。病気も同じです。やるべきことは、誰にでも出来る至極(しごく)「あたりまえ」の事です。

 鳥類の屋内飼育は、逃げ場所が無い、屋外よりも気密性の高い空間で「臭い」や「煙」、「付着性のある気体状の何か」を、鳥たちの体に暴露なり吸引なりをさせ続けるという行為に(つな)がります。例えば動物園のような展示施設でも屋内飼育は行われますが、そちらと違い、人間と鷹の同居は鷹に有害な吸入毒その他との接点を数多く提供してしまいます。可能性を挙げるなら、クリーニングから戻って来たスーツを部屋に吊しておくだけでも良くない。女性ならヘアースプレーの使用は良くない。この製品は、直接鳥に向かって噴霧(ふんむ)するとかでなくとも、副流煙(ふくりゅうえん)的な問題を発生させます。つまり、そういう髪の人が鳥の隣に居て、一緒に暮らしているだけで駄目な時は駄目になります。近頃は診なくなりましたが、かつて世間を席巻した臭いの強いタイプの柔軟剤は、室内干しはもちろん、飼い主がその服を着ているだけで体調不良の動物を多数出現させました。これは鳥に限った話ではありません。意外に治療への反応は良かったのですが、「死にそう」になっての来院を何度か経験しております。隣室で使った、除菌消臭スプレーが問題となったケースもあります。つまり、昔の喫茶店の喫煙コーナーのタバコの煙がそうでしたが、最後はその家の中で「混ざる」という事が問題になるのです。結論を言ってしまえば、鳥たちを外に追い出している間に、問題のある物は使って、換気を済ませてから鳥たちを屋内に戻すべきなのです。せめて屋外に鷹を連れ出し、1日1時間なりとて据えて歩いたりは出来ないものなのでしょうか?二人以上で暮らしているのなら、その間に清掃なり料理なりを済ませてもらう事が出来るはずなので、やれるならやるべきと、私はよく言っておりました。


 当院の入院室には、壁に直径10センチほどの穴が開いておりまして、外の空気が常に入るように成っております。この部屋は、換気扇が24時間回っておりますので、部屋の中に空気が()もる事がありません。わざわざ、その様に作ってもらいました。代わりに、冷暖房関係の電気代がかかります。例えば、紙に印刷がされている菓子の箱あるいは真新(まあたら)しい雑誌を室内に置いただけで、部屋が暖まってくると、塗料(インク)由来の揮発性物質が室内を満たしてしまいます。臭いでそれと分かります。鳥が本当に体調を崩すとは限りませんが、これでは怖くて何も買ってくる事が出来なくなりますから、私は建物に穴を開けたのです。目指したのは被害の根絶ではなくて、影響の最小化です。

 人間なら「風邪か」となりますが、鷹で流行性(りゅうこうせい)感冒(かんぼう)に当たる疾病は、ちょっとあり得ません。(ほとん)ど1羽だけで飼われていて、隣に病気を伝染(うつ)す同種の鷹が居ないのです。鳥がする「くしゃみ」は、室内のホコリやカビの胞子、煙、付着性のある塗料や臭い物質、乾燥や寒暖差が原因です。もちろん、通気口は入院室以外にも(もう)けられております。穴だらけの建物でも当院が特に冬季でも暖かいその理由は、北海道で使用されるFF式輻射ガスストーブが24時間燃焼を続けているからです。火力があり安定して良い感じに暖まる暖房器具ですが、工事を依頼した業者には「はじめてだ」と言われたくらい、当地では珍しい物でした。

 いいえ、入院している間くらいは、快適な飼育環境を提供して、良い感じに食餌を摂らせ、なんなら屋内を飛ばして、美しい羽衣(うい)と清潔を保ったまま、患者を飼い主の元に帰す。そのためには、これくらいのものを用意する必要があったのです。


 「暴露」「(さら)す」を「()びる」と言う人もいるでしょう。吸入毒は、この4つで予防するのが重要であると、締めくくっておきましょう。


吸わせるな

()びせるな(煙)

閉じ込めるな

近くに置くな使うな


 いえいえ、全く関係の無い話です。気が付くと一年ぶりになるのか、大きな雌のハリスホークを拳に据えながら、その鷹を据える筋力が左腕に戻った事に驚きながら、私は次の鷹の夢を見ていました。据えているだけで腕が震え始めたり、気が付くと太腿(ふともも)が笑い出したりしないのです。「こんなに」違うものなんだなと、そういう実感を得ました。まずは先に日が沈むのが遅くなり、()いで夜が明けるのが早くなる。そんな冬の日の頃の出来事でした。

挿絵(By みてみん)

写真の鳥はコウノトリです。過去3回くらい飛来がありました。

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