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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
12章

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銃と鷹

 旅行もしないので、いざ入院となった時に、ポーター型の旅行カバンを買ってきて、それに衣類などを詰め込んで入院しました。当時、1日だけ猶予がありました。その時の買い物が、もう杖も()けなく成っておりましたので、猫背でえらい姿勢で、かなり(つら)かったのを覚えております。退院後一年が過ぎようかという頃、ふと気が付いたら、部屋の隅っこにホコリだらけに成ったそのカバンがありました。


 私の住んでいる地域は、「鳥獣保護区等位置図」で確認すると白くなっている、いわゆる可猟区です。誤解も多いのですが、鳥獣保護区というのは地図上で囲われた「捕獲行為が出来ない地域」です。なにか、その内側に()んでいる野生動物を積極的に保護育成しているとか、そういう事実はありません。家を建てる事が出来るし、犬も飼えるし、作れるなら山野を切り(ひら)いて牧場を作ってもいいし、太陽光発電施設を作る事も出来ます。そんなだから、土の地面が見当たらない、コンクリートとアスファルトと(さび)れた駅前商店街が残っているだけの町の中心部が、地図で確認すると鳥獣保護区になっていたりします。

――――――かって、そこに自然があった名残ですね。

 鳥獣保護区以外にも特定猟具使用禁止区域というのがありまして、多くは銃が使えない場所ですが、足くくり罠とかですね、使ったらいけない猟具が指定されている地域があります。鳥獣保護管理法の中で定められている「鳥獣保護区等」というのは、つまり「それをやってもらったら困る場所」です。大概(たいがい)は「鉄砲を撃たれたら困る」ですが、「そこで足くくり罠を使われると、人間がかかってしまって困る」とか「狩猟者の侵入が駄目」とか「捕獲行為そのものが駄目」とか、理由がありまして、そう成ったものです。例えば、私の住む地域なら、大手企業の工場の誘致が決まり建設工事始まった頃に、広大な土地が銃猟禁止区域に成った事があります。今ではその場所に鴨もキジも、全く何も見かける事は無いのですが、当時重機(じゅうき)が動いていた頃は、まだ生き物がたくさん居たのです。つまり、「発砲音(はっぽうおん)がして怖い」だの「空から散弾(さんだん)がパラパラ降って来た」だの、何処かからか苦情があれば、そういう指定が行われる事があるのです。


 鷹狩りも狩猟みたいなものだと思うかもしれませんが、「法律上の狩猟」というものがありまして、そちらは全て免許が要ります。銃猟が一番分かり易いですが、原則として禁止されている行為を、免許を取らせて資格を有する者達だけに許可するという事をしております。危なくて野放しに出来なかったからこそ、そういう事をする訳です。誤解が生じるので嫌らしいのですが、法律上明文化された「禁止」でなければ、それらは禁止行為とは呼ばれません。免許無しに狩猟鳥獣の捕獲が行えます。鷹狩りはこの枠の中にある捕獲行為で、似た様なもので「素手で狩猟鳥獣を捕まえる」「木刀や鉄パイプで撲殺して狩猟鳥獣を捕まえる」といった行為は禁止されておりません。つまり、武術の達人が山で熊や鹿を殺して帰って来る事があっても、それが猟期の期間内であれば許されるのです。どのみち「石を投げて殺しても駄目」という禁止行為があるくらいの法律ですから、色々な事が出来る訳ではありません。何故か大正の頃から、法律上、こういう行為は許されていたのです。いえ、よく例示されるのですが、空手家が山ごもりして熊を撲殺して帰って来るなんて、誰も想定していなかったからこその法律らしいです。実際には、野鳥の標識をしたり、採材を行う研究者の人たちが、素手で対象となる野鳥を捕獲するときに、こういう行為を「合法的に」実施しております。鳥種によっては、本当に素手で捕獲が出来るのです。鉄パイプですが、シカやイノシシを罠で捕獲したときのトドメの方法が、そうだったと聞いております。近頃では罠猟のトドメは電気ショックだったりするそうですが、大正の頃に出来た法律ですから、当時実行可能だった方法で、ちゃんと理由があってこういう方法は残されているのです。

 環境が(そこ)なわれてさえいなければ、鳥獣保護区や銃猟禁止区域というのは、獲物の居る場所です。なにしろ、他でいじめられた連中が、皆その場所に逃げ込むのです。私、過去に地元猟友会の方たちから、そういう場所で鷹狩りをしてくれないかと言われた事があります。つまり、そこに居る獲物達を可猟区に追い出して欲しいというのです。これは、可猟区内にあっても民家等が近すぎて銃が撃てない場所とかでも同様で、「あそこだ」「ここだ」と、口頭であるいは地図を図示して、そういう説明を受けた事があります。苦情が来た場所の近くに(はい)る鴨を、蹴散らして欲しいという意味もあった様です。

 銃猟禁止区域内のみで鷹狩りをやる人はおりますが、私の住む土地は可猟区のど真ん中なので、銃猟禁止区域も鳥獣保護区も、そんなにはありません。鳥獣保護区ですが、その場所では一切の捕獲行為が禁止されているので、獲物を捕る事は出来ません。「飛ばすだけなら」問題ありませんが、わざわざそんな場所まで出かけて鷹を飛ばす理由がありません。土地にもよるのでしょうが、私の知る銃猟禁止区域は「スレた獲物が逃げ込む場所」で、見かける獲物の数こそ凄いのですが、どうにも捕れるような獲物が居ない場所です。人の近接を許容するくせに、逃げ方が(たく)みで、もしかしたら「鷹を知っているのか」という挙動をします。私の言う「鷹を知っている」とは、鷹狩りの洗礼を受けた事のある獲物という意味です。そもそも、そういう場所には野生の猛禽類の襲撃がちょくちょくあるので、そちらが理由だったかもしれません。とにかく獲れんのです。

 一度そういう事があったのですが、バードウォッチングがてら、鴨を見に鳥獣保護区にある池を見に行ったら、足元でオオタカが鴨を食べていた事があります。このオオタカは、私に気付いて獲物をつかんだまま他へ移動したのですが、この時に大量の鴨が飛び立ちました。「人」と「鷹」、「捕らえられた仲間」、この組み合わせがよろしくなかったのか、過去にその鳥獣保護区の外で私が自分の鷹で鷹狩りをやった事があったので、その時に逃げた獲物が逃げ込んだ場所がそこだったのがいけなかったからなのか、以来年余(ねんよ)に渡って私はその場所で鴨を見た事が無い、そういう鳥獣保護区にある池が出来上がってしまいました。私は、「こういうこともある」、そういう経験をしたんだと思いました。今に(いた)るも、「今年はどれくらい鴨が飛来したのだろう?」といって、鳥獣保護区にいる鴨などを見に行く事をしなくなったのは、この経験ゆえです。連中が安心して生活出来る場所があるからこそ、他の場所にも獲物が入るのです。


 このオオタカイベントの様な効果を、たった1回でやらかしてしまう事があるのが銃猟です。可猟区に住んでいると言いながらも、私が実際に発砲音(はっぽうおん)を聞いた経験は22年くらいの間で2回しかありません。それくらい、狩猟者の方たちも周囲に気を使って引き金を引いているのです。ただし、路上や現場に転がっている薬莢(やっきょう)を拾って帰った回数は思い出せません。結構な頻度で、あっちでこっちで撃つ人たちがいるのは間違いない様です。

 近頃はとんと見かけなくなりましたが、以前は、鳥害対策で発砲音を録音しておいて一日中流している農地がありました。かなり五月蠅(うるさ)かったのを覚えておりますが、効果のほどは微妙で、しばらくするとその騒音の(そば)でカラスが餌をついばみに来るように成ったりしておりました。銃猟の発砲音を体験した人というのも居ないはずですが、かなり独特なものです。録音した音だけを使うなら、それは「騒音」ですが、実際の発砲音は「背中に向かって突き抜けるような」とか「腹に残る」とか、そんな書き方をしたらいいのでしょうか、ある程度近くに居たらあたかも自分が「撃たれた」かの様な錯覚をきたす独特な反響があります。「山々に木霊(こだま)する銃声(じゅうせい)」なんて言ったりしますが、「響き渡る」のです。「花火のような」と形容する人がいるかもしれませんが、少し違うので、やはり「発砲音」という物があるのだと理解するべきです。つまり、「撃った」場所からは、しばらくの間、(あた)り一面生き物を見なく成るのです。それほどの効果があります。

 安全のために、狩猟者の方達は遠目(とおめ)にも目立つオレンジのベストを着るので、居るのが分かります。私が狩猟者を見かけるのは、猟期に成ったばかりの11月15日以降と年末年始、猟期が終了に近付く2月頃です。だいたい1ヵ月間隔になるのは、つまり、一度散らしてしまえばそれくらいの間獲物の姿を見なくなる事を、経験から皆さん理解しているからです。近頃では、狩猟者の方たちが利用していた場所に、バードウォッチャー、ウォーキング、釣り人、犬の散歩など、多様な人々が現れる時代です。1ヵ月ほど間隔を()けても、その間他の人々が獲物にプレッシャーを与え続けてしまうので、猟期初日くらいしか確実に獲物が捕れる日は無いシーズンも多くなってしまった様です。

 とはいえ、数日前まで眼を(そむ)けるほど大量に居た海洋の鴨が、いや、カモメなど他の鳥たちも、一斉に姿を消す事があります。私はその様子から、ふと今日の日付を思い出し、「撃たれたかな」と、一人(つぶや)いて現場を後にする事があります。その場で撃つ必要すらないのです。何処か、響き渡る音の届く範囲で撃てば、みんな何処かに行ってしまう事があるのです。鷹なら1~2週、そこの水面だけ。銃なら1ヵ月くらい、そっちは広い範囲で、何も見かけなく成ります。いいえ、原因があったとしても、野生の猛禽類かもしれないし、狩猟者に見える事のある釣り人が一日中その場所に居て釣り竿を振っていたのかもしれない。バードウォッチングをやる人たちは、意外にも自分たちが鳥を追い払っているとは思わないものらしい。ウォーキングの人達が、連休の間中あたりをしつこく歩いたのかもしれない。雨が降らない日々が続けば、自然と獲物の方で敏感に成って人間から距離を置くようにもなる。理由になりそうなものは、今どきいくらでもあります。

 こうやって、猟期の終盤は、冬枯れた寂しい季節を眺めながら、箱の中で「出番はまだなのか?」と鷹が扉を蹴っている音を聞きながら、ドライブの旅をして帰るだけの日が続きます。言ってしまえば、獲物を探して思索(しさく)の日々です。


 私は、帰宅後に思い切ってカバンを捨てました。一年かかって取り戻した日常です。もう、あのカバンは使いたくなかったのです。次の入院は、10年先にしてもらおう。

挿絵(By みてみん)

案山子です。「農民芸術」と言う人もおります。

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