追い払いと鷹
「なぜ見付けるんだ!?」と思うのはこちらの勝手、飛梟が、逆光の中を蒸発寸前になった水路向こうに居るカラスを見込んでいます。1月にも成れば、朝の7時台とは真横から太陽光が来る時間帯なので、眩しいどころではありません。はたして、鷹を投げると同時にカラスは逃げ、それを逆光にもかかわらず追い付く勢いでグングンと迫っていきます。水田1枚を超えた、2枚目半ばまで…あとちょっと!こっちこそ逆光の中で鷹を目で追いますから、碌に見えやしません。「ああ、あきらめたな」と、分かったのは鷹が上昇して逸れたからです。いつもなら、呼餌を振っていればそのまま空中でターンして帰ってくるだけですが、鷹が戻って来ません。よく見ると地面に降りて左右をキョロキョロやっておりました。眩しすぎて、鷹も諸々見失ったのです。もしかしたら、残像現象で、まだ眼前に何か居るみたいに見えていたのかもしれません。
「追い払い」というのは、業として、ハトやカラス、ムクドリ、場合によってはカワウやサギ類、カモ類、近頃では外来種のクジャクまで対象にするそうですが、そういった有害鳥を依頼を受けて特定の施設などから追い出す仕事です。ペストコントロールの一環として、景観の維持の為に、あるいは公害の防止に、農作物を守る為に、色々な現場で鷹は利用されております。
鷹は多くの鳥たちにとって天敵ですから、「ここには鷹がおる!」という事になりますと、余所に移動してくれます。ただ据えて歩いているだけでも効果はあるし、飛ばせばそれなりだし、時々なら獲物の捕獲も行わせます。
意外に思うかもしれませんが、業として追い払いを行う業者の方たちは、あまり鷹にハトなりを捕らせません。ちゃんと免許を取得して有害鳥獣駆除の許可申請までしているのですが、捕獲は鷹ではなく罠の方で行うのが主であったり、作業機械を用いての巣の撤去や、鳥たちの進入口を塞ぐといった地道な仕事の方が大事だったりします。
理由も簡単で、鷹は現場の周囲で飛んでくれたら良いのです。うっかり獲物を捕らせると、例えばそれが病気の媒介の事があり、ハトならトリコモナス症を伝染されます。有名な病気ですが、私は追い払いの業者以外で、この病気を持ち込んだ鷹の飼育者に会った事がありません。しかも、患者はハリスホークです。昔ならばと言うか、テキスト的には、ハヤブサ類が患者として挙げられるはずの病気です。
さらに、ハトというのは奇妙なくらい丈夫な鳥で、少しくらい毒物への暴露や摂取があっても死にません。平気な顔をしています。ところが、そういう毒物に対して感受性なのが猛禽類なのです。どうかすると、羽毛を引かせたくらいでも異常が出るかもしれません。嫌らしい事に、鳩害対策で追い払いの依頼を受ける現場には、既に過去に忌避剤の施工が行われている事があります。これが効果が無かったから「鷹で」という運びになるのですが、ハトこそ平気な顔をして生活しているのに、鷹の方が捕らえたハト経由で具合を悪くしたり死んでしまう事がある訳です。さらに面倒な事に、そういう場所から他へ移動したと考えられるハトを他の現場で捕まえてしまい、後で鷹に飼料として与えたら異常が現れたのではないかというケースもありました。農薬の使用でも似たような話があるので忌避剤が原因とは限りませんが、とにかく「その辺で捕まえたハト」というのは、%の話で何らかの汚染を受けているのです。
とはいえ、追い払いの業者の方たちにとって、ハトは潤沢に手に入る優れた栄養を保持した鷹の餌です。正直なところ、食味にしても冷凍ウズラよりも余程よいですね。「冷凍してから与えると病気を伝染されない」など、問題を回避する為に出来る予防策について幾つか提案した事がありますが、さすがに「使用ゼロ」という事はあり得ないようで、生き餌こそ避ける傾向にはあっても時々ババ抜きのババを引いた方が来院されます。他にも、例えばカラスならば鳥インフルの問題があります。いちおう予防方法はあるのですが、コスト面で折り合いが付く様な方法ではないので、諸々鑑みるとリスクが高くて生きた獲物を「試して」みたいと思えないというのが、現場の空気になる様です。
病気や中毒以外にも、問題があります。私が診察した時はカワウでしたが、体格が大きすぎる有害鳥相手に捕獲を試みると、鷹が怪我をしてしまう事があります。追い払いを依頼される現場は、猟期の獲物が獲れて当たり前なフィールドとは違います。例えば、綺麗な日本庭園の松の木の上に居座るカワウの群れを追い払おうとして、逆に樹上のカワウに絡んでしまい、そのまま落下、鷹が飛べなく成ってしまったといった事故が起きるのです。本来なら、一度物理的に追い払った後で、嫌がらせよろしく現場でしつこく鷹を飛ばしてその木なりを利用出来なくしたら良かったんでしょうが、現場にも色々あり、そういう事が起きてしまうそうです。他にも、サギ類は目を突いてくる鳥です。片眼を失った鷹の話が、『天皇の鷹匠』という本の中に出てまいります。「そもそも」、危ない鳥なのです。傷病鳥として保護収容されたサギ類に、眼を突つつかれて失明してしまったボランティアの方がいたと聞いた事があります。そんなものを鷹に捕らえさせようというのです。「飛ばすだけ」の方が余程ましだと、現場の人たちが言う様に成るくらいですから、本当にそういう事なのだと思います。
さて、ここまでが前置きです。追い払いにはノウハウがあります。その場所に対象となる有害鳥が集まるのには理由があるはずです。ハトなら、「餌やりの禁止と巣の撤去」は必須です。連中は、何が何でもその場所に集まろうとします。他に止まる木が無いからという理由なら、集まる木を切ってしまうというのも「やり方」です。原因に当たる物は利用出来なくしてしまうか取り去ってしまうか、そこから始めます。
天敵である鷹を飛ばしていると鳥たちが居なくなるのは確かですが、飛ばす時間が重要です。いつも同じ時間に現れる様にしていると、それ以外の時間に成ると普通に鳥たちが姿を見せる様になってしまいます。だから、業者の人たちは時間をずらして現場を訪問する様になります。特にカラスやムクドリには夕方集まるものがおりますが、その場所か近くに利用している寝ぐらがあります。この場合は、無駄に朝一番に出かけたりしないで、夕方から夜にかけて出向いて行って鷹を飛ばして寝ぐらを破壊すると、その場所から鳥たちが居なくなります。
昼行性猛禽類とは言いますが、特にハリスホークは照明があれば夜でも飛ばせます。私は北海道在住の折から、ハリスホークを病院前の駐車場で日が落ちてから自分の車の屋根を使って飛ばしておりました。病院の外灯に道路沿いにある街灯の明かりくらいがあれば、積雪のある季節に成れば周囲が十分に明るいので、問題無く飛ばせておりました。御存知の通り、カモ類は夜行性動物みたいなものですが、私は当時帯広市内を流れる川で、水面を埋め尽くすほど居る鴨を何とかして獲ろうと、夜に成ってから出かけ、外灯の明かりの下で頑張ってみた事があります。さすがに水面が黒々として見えるので、鷹も近接はしても捕るには至りませんでしたが、対岸のフェンスに止まった鷹を拳に呼び戻すのに苦労した事はありません。似た様な話で、投光器まで持ち込んで養殖海苔に被害を与える鴨を夜な夜な蹴散らす追い払いの業者の方が居るそうです。
ただの失敗談ですが、私が夜になって鴨を獲ろうとしたその場所には、その「挑戦」以降、夜も昼も鴨の姿を殆ど見かけなく成ってしまいました。それも年単位です。その後にも、私は同様の失敗を別の場所でやっております。夜据の際に川沿いを歩いた場所がありまして、こちらは鷹を飛ばした訳ではなくて据えて「歩いただけ」ですが、鴨が入らなく成りました。知らずにやっていただけですが、「追い払い成功」そんな事をやらかしてしまいました。
いつまでも同じ鷹だと、周囲に居る鳥も慣れてしまいます。「鷹を変える」というのも「やり方」です。元々、自然界に似た鳥がいるからでしょう、ハリスホークよりもオオタカを連れて歩いている方が、周囲に与えるインパクトが大きくなります。場所を選びますが、ハヤブサも有効です。場合によっては、ベンガルワシミミズクを据えて歩いても効果があるそうです。実際に飛ばしてみれば、雄の鷹と雌の鷹では飛び方が違い、鷹の個性もありますが、止まる場所が変わります。詰めてありますから、鳴く鷹は鳴きます。五月蠅く叫ぶ鷹の声は、やはり鳥たちを他へ追いやります。実際に獲物として現場に居る鳥を捕らえさせなくとも、通常の訓練でそうする様に、用意したハトをその場で鷹に捕らえさせて食べさせると、猛烈な影響が発生します。もちろん、同じく生き餌を与えただけでも、鷹によっては鳴いたり騒いでみたり、大人しく美しい所作しょさで食べてみたりと、随分個性がありますから、ここでも「鷹を変える」意義が出てまいります。
長々とここまで解説してまいりましたが、気付いたでしょうか?猟期になると猟野で、よく似た事をやっている人たちがおります。鷹狩りをする人たちです。今どき、鷹狩りが出来て獲物の居る場所というのは限られていて、やっている人たちは皆さんその場所を御存知だったりします。いちおう「狩場の保全」という事を言って、みなさん昔みたいな無茶のある遊び方をしていく人は居ないみたいですが、Aさんが雄のハリスホークを連れて現れ、Bさんが雌のオオタカを連れて現れ、Cさんが雌のハリスホークを連れて現れという事を、同じ場所で週ごとにやる。つまり、雄の鷹でアプローチ出来ない場所に移動していた鴨の群れに雌の鷹を「突っ込ませる」、ハリスホークだと「届かない」であきらめる場所に居る鴨の群れを脅して立たせてオオタカを「突っ込ませる」、そういう行為が間隔を空けて朝か夜かも分からず言わば「抜き打ち」みたいに行われ続けるのです。その内に、その場所に集まっていた獲物たちは、人と鷹を結びつけて様々な関連付けを行う様になります。実際に鷹を連れている必要すらありません。人や車の接近に敏感になり、カメラや目線を向けられるのすら気にする様になります。その辺で、人が、あるいは犬の散歩をしている人の近くに、野生の猛禽類が現れる事もあるでしょう。獲物となる鳥たちにしてみたら、鷹を連れた人がその場所に現れなくても、そこに居ると様々なプレッシャーが雨あられと降り注ぐ様に感じる様になります。気が付くと、その場所から一切の獲物が居なくなります。「追い払い」です。
世間では様々な理由から狩場が縮小していく傾向にありますが、実は最後に残された「楽園」を奪っているのは他でもない鷹をやる人たちなのです。自縄自縛です。かつての日本の様に、自然豊かな環境が何処にでもあったのは遙か昔です。残された猫の額の如き狩り場は、こうやって無くなっていくのです。
「実は」という話なのですが、鷹を使っていると獲物が居なくなってしまうという問題は、古くから理解されておりました。その昔は、鴨場ないし鷹場といって、鷹狩りをする為に獲物となる生き物が継続的にその場に現れる様に、立ち入りを禁じたり、みだりな狩猟を禁じたり場所を整えたりと、手間暇かけて維持していたそうです。現代で言うところの管理釣り場とかゴルフ場の様なものになるのでしょうか、その名残が現在でも宮内庁が管理する鴨場に見られます。戦前までは本当に鷹匠が鴨を捕らえていたそうですが、戦後すぐにそちらは止めになり、現在の宮内庁には鷹匠の役職名のみが残されております。
とにかく、狩場は無くなっていくばかりですから、自分たちが遊ぶ為に、北海道の原野の様に二束三文になった土地を購入して自分たち用の狩場を維持出来ないものだろうかと、考えた事があります。どうやら、「ありえない」というのがその結論でした。その昔実在した鴨場は、現在の成田空港の一部に成ってしまったそうですが、つまり「広い」のです。そんな物を維持管理するには、相当の経済力が必要です。そういう意味で、鷹狩は一般人の遊びなんかではなかったのです。江戸時代の将軍で「生類憐れみの令」で知られる徳川綱吉という人は、鷹狩廃止論者としても知られております。なんと、この人の政策は単純に殺生を忌み嫌ったからではなくて、現代で言うリストラの為の方便だったという解釈があります。当時行われた鷹関係の整理は極めて規模の大きなもので、それほどの人と金が必要な「行事」だったのです。綱吉の後で将軍になった徳川吉宗は、鷹将軍とまで呼ばれた将軍で、鷹狩りを復活させた方です。こちらは、軍事関係の演習を兼ねた、言うなれば雇用の創出とか公共事業の発注とか、そういう側面のあった話になるそうで、昔の鷹狩りは悪く言えば「親方日の丸」という事になってしまいますが、莫大な金と手間を費やさねば維持が出来ない、言わば武士の面子のかかった公共事業込みの遊びだった様です。
獲物の居ない冬枯れたフィールドを眺めながら、こんな事を考えておりました。私が死んで鷹をやる人が居なくなったら、渥美半島に鴨たちが戻って来る日が来るのでしょうか?どのみち、オオタカが使えるように成る頃には、狩り場の周辺には何も見かけなくなっている事が多いんですがね。
庭に繋いでいたハリスホークを、野生のオオタカがのぞいて立ち去っていった時の写真です。
参考文献
政府広報オンライン, 皇室が継承する伝統の鴨猟の技法。猟期外には「鴨場」の一般向けの見学会を実施, https://www.gov-online.go.jp/article/202407/entry-6260.html
花見薫, 天皇の鷹匠, 草思社, 2002
根崎光男, 犬と鷹の江戸時代, 吉川弘文館, 2016




