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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
11章

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飛梟回生4

 4日目。初霜の降りた朝。2日目と同様に、大量の肉と黒いペリットを吐いていました。閉塞は確定。投薬の為、肉片を一切れのみ与えました。やはり、箱の中では大人しくしておりました。拳の上では「いい子」で、周囲の様子をうかがいながら獲物を探す落ち付いた挙動をしている。「丸い鷹」といわれる状態です。こういう鷹にしたくて色々頑張っていたのです。皮肉としか言い様がない。


 微妙な状態でした。「オオタカは、死にかけぐらいがちょうど良い」と言う人がいます。特に、雌のハンドレアードの過剰な興奮と過剰な攻撃を知る人ならば、むべなるかな、この時の飛梟(とび)を見たら「なるほど一考の余地がある」ことを知るでしょう、そういう挙動です。もちろんそちらは、本当に死ぬ寸前まで体重を落としてそうするのですが、分かる話です。命の危険を伴うところまで同じです。そんな状態で、エネルギー供給は続けておりますし水くらいは飲んでいるので、結構良い感じに飛んで行った鷹を拳に呼び戻せるのです。さっさと腹いっぱい食べさせてやりたい。しかし、それらしい排泄物の変化か、何かそれらしい物が吐き出される様子がありません。

 声が違いました。意を決して絶食を開始し、食餌は投薬の為に必要な、通過を確認するという意義もあって与える最低限の肉片一切れ二切れのみ。そんな生活になれば、鷹は腹を空かせて鳴くのかと思えば、さにあらず。割と日がな一日、係留場でジッとして過ごしております。明らかに活性が低い。それでも、鷹は私に気付くと鳴いて餌を催促してきます。その声はまるで「なんとかしてくれ~」と言っている様です。いいえ、声が違うのはつまり、柱時計の振り子の様にぶら下がった胃袋があって、鳴管部分の振動に影響を与えているからこその変声(へんせい)です。そこに何かがある!だから、胃もたれ感でもあるのか、食欲魔神と成った鷹がぶち切れ阿呆鳥と化して私に突っ込んで来ようとしたりしないで、微妙な鳴きを披露するのです。


 5日目でした。雄の鷹だったのが理由なのでしょう、私の予想を大きく前倒しして、その日は突然来ました。一気にガクッときたのです。体重はまだある。朝に確認したとき、それらしい排泄物の様な物が足元にあるので、むしろ私は喜びかけたほどです――――――吐糞(とふん)でした。前日まであった、吐き出されたペリットが大きめで黒かったのも、糞成分が含まれていたからだったのです。完全な閉塞とそれにともなう逆流です。

 「どうせ死ぬと分かっているなら、何故生きてる内に切ってみない」、昭和の頃は、人間の医師ですらそんな事を言っておりました。私は、その日の夜に手術をする事に決め、準備を始めました。微妙な心理ですが、本来なら手術前絶食は当然ですが、私は鷹に餌を与えました。飛梟(とび)は頑張って食べました。食欲は損なわれていなかったのです。ひと息ついたのか、少なくとも午前中は鳴いて人を呼んでさえいました。ただし、体力的な限界が目に見えている。駄目だとなれば安楽死をするだけ、その前に意識を奪う為に通常の麻酔処置を行います。その直後に安楽死薬を注入するか、開腹手術を行うか、その違いです。一年ほど前、私が入院する直前、北海道犬の八兵衛(はちべえ)を安楽死しております。その時のトラブルが、消化管内異物でした。「因果は(めぐ)る」と申しますが、なんという因果話(いんがばなし)だろうと思いました。



 夕方、鷹を見に行くと事切れておりました。「まだ」5日目です。雌の鷹と違い、「()(こた)えていられる」期間が短かったが故の顛末だったのだと思います。私は、飛梟(とび)の遺体の剖検を行い、やはりそこにあった消化管内異物の摘出を行いました。真砂まさごの時は「危ないから」という理由で切って捨てていたウズラのパーツです。使役上の理由から、「根性のある」餌を必要としたが故の事故でした。元々、知識はあったのですが、オオタカ7羽目にして初めて、自ら経験する事となりました。

――――――嘘である。



 本当に私は飛梟(とび)が死ぬと思っていたので、「こんな感じで終わるのだろうか」と、その日の朝に上記の文章を書いたのです。それほど、鷹の顔に死相が浮かび上がっておりました。

 所用(しょよう)を終え、すっかり冬枯れた景色に陰鬱(いんうつ)な気持ちになりながら帰宅した同日夕刻、今晩手術にするか、明日早朝にするかと悩みながら、鷹を見に行きました。いいえ、その日は昼過ぎから何度も見に行きました。弱々しいながらも鳴いて私を呼ぶその声が、「悩み」を揺さぶります。朝見たときのぐったりした感じよりも、少しだけれど息を吹き返しているのです。「今の内ではないのか?」、今日切るか明日切るか、待っていたら「はずれて」なんとか成らないだろうか、もう少しだけ待つべきかと、日がな一日、左右に揺れる天秤の様に考えていたら、夕方になっておりました。


 「見に行った」とは言っても、光線過敏があるので直射日光の下にはそんなに出られません。私は院内を待合室まで移動しては、そこの窓を開けて飛梟(とび)と目を合わせていただけです。それで気付いて鳴くからこそのハンドレアードです。夕方、実際に鷹のパーソナルスペース内に侵入しようとしたところ、声量声質が変わりました。数日ぶりに力強く感じるのです。私は鷹を拳に据え上げ(すえあげ)大緒(おおを)(ほぐ)し、足元に溜まった排泄物を確認しました。

 割と量がある。盛り上がって見える。場所が暗いから見え難いけれど、これは…!どろりとして、チューブ状ではありませんでしたが、「少量」でない、まとまった何かが変化して出来た「便」です。引っかかっていた「何か」が通過してそれらしいボリュームのまま出て来たか、一部が消化されて栓が細くなり「不完全閉塞」へと移行し、せき止められていた上流の食餌が通過する様に成って流れてきた、その証拠です。朝の時点では、鷹の体が冷たく感じるほどエネルギーが得られなくて弱っておりました。しかし、その後で鷹が鳴いたその理由は、食餌が通過する事で得る事が出来たエネルギーによって、活力を取り戻していたからだった様です。


 私はその後、朝与えたのと同程度のよく刻んだ肉片を与えました。飛梟(とび)はそれをペロリと(たい)らげ、力強く「もっと寄こせ」と鳴いて催促(さいそく)をしておりました。翌朝になり、その食餌が通過して作られたと考えられる排泄物を確認するまで、油断は出来ません。あくまで「様子見(ようすみ)」の為の調整飼料と薬のみ与えます。

 私は夜になると鷹を屋内に仕舞っているので同居状態になるのですが、翌朝、未明の内から何度か鷹の排泄するときの音が聞こえておりました。室内はまっ暗なのですが、外が白み始めているのが分かります。毎年のことで、新春にかけて早朝の冷え込みが厳しくなり始めます。心配でと言うよりは寒さで目を覚ましただけです。私は、皮膚筋炎の関係でやけに硬く成る体を無理矢理動かして、しかし薬のお陰で動かしていると本当に動く様に成ったのがすごい所なのですが、着替え、そのまま鷹の世話をする準備を始めます。私の気配に気付いたのでしょう、飛梟(とび)が「ぴゃあ」と鳴きました。6日目の朝の出来事でした。


 なるほど、私はしばらくこの声を聞いていなかったらしい事に気付き、足元の(ほこ)の鷹を拳に据え上げ(すえあげ)ます。鷹は、その後で連れ出され何処かで餌をもらえるのを知っておりますから、拳の上でもバタバタと「もう、そこに飛んでいったら良いんだよね!」と言わんばかりの活性を示しております。「ああ、終わったのだ」と思いました。

 鷹をいったん箱に仕舞い、排泄物の様子を確認しました。やはり、体調の悪いときの足元に向かって落下した物が少量ありましたが、中には糞成分がそれなりに混じっております。そして、昨日1日かけて与えた分なのでしょう、正常な排泄物が体調のいい時の様に水平方向に、(ほこ)の周囲に撒き散らかされておりました。奇妙な糞を幾つか見付けたので手に取って見ると、細長い枝のような、やけに硬度のある物が2本くらい、別々の排泄物の中から見付かりました。カルシウムが固まって出来た棒状の糞です。つまり、それが閉塞物の「芯」と成っていたウズラの骨の成れの果てだった様です。やはり、時間をかけて一部が消化されて「栓」が細く成り、結果として異物がようやく消化される事になり、後から食べた食餌と一緒になって「吹っ飛ばされるように」体外に排出されたようです。未明の暗闇の中、微妙にいつもと違う気がした排泄の音の正体も、これだったのだろうかと思いました。


 この6日で落ちた体重は660g→620g、「いい感じ」です。真砂(まさご)は、これくらいで使っておりました。私は近所のカモの居る池に飛梟(とび)を連れて行き、カモを狙わせてみました。それまで体重があった所為(せい)か、あまり水面の獲物に行きたがらなかった飛梟(とび)が、当たり前のようにそのカモたちに絡みつきました。猟果には結びつきませんでしたが、「あとちょっと!」、そういう飛び方で絡み方で、申し分の無い復活を果たしておりした。長い6日間でした。

挿絵(By みてみん)

本当に死ぬ鷹がいるのです。この投稿を行った時点で、シーズンに入ってからそういう診察が4件あったよと、それくらいのイベントです。


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