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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
10章

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猟野にて 真冬の向日葵とわんわん

 「常春(とこはる)の半島」と呼ばれるくらいなので、当地には雪とか霜とか氷とか、とにかく縁がありません。指折り数えて、そういう事が「あった」日を数えた方が早く、「無かった」年もかなりある。そういう土地です。

 この関係で、「紅葉(こうよう)」が紅葉らしく見える様に成るのが例年12月頃、一方で12月頃にはまだ畑に向日葵(ひまわり)が咲いて重たい頭を下げているのを見かける事があります。年にもよりますが、「春」のイメージの菜の花は12月末頃から翌年3月一杯くらいまで、国道沿いを(いろど)る観光客を出迎える花です。いえ、年が明けてからなら、山の方に目をやれば、ちゃんと冬枯れた景色に変わっている場所も多いんですよ?それでも、霜すら珍しい事に違いはありません。


 ハリスホークには特有な病気がありまして、「WingTip(翼端浮腫)」と言います。正式にはWTOとかWTEという略称があるのですが、浮腫を意味する「oedema」ないし「edema」に馴染みがなかったので「WingTip」と呼んでおりました。これも時代か、近頃では「edema」を使うことが多い様です。

 この病気はつまり、「鷹の翼の霜焼け(しもやけ)」です。よく凍傷と混同されますが、当地の様に、ろくに霜も降りない地域でも冬季になると発生があるので、区別が出来ます。だいたい、私の住んでいるところ基準で、山々がすっかり冬枯れた景色に様変わりする、年の瀬頃から翌年1月半ばくらいまでの低温発生時に、鷹がこの病気に成ります。ポイントは、本当の初期病変の時に治療をしてしまえば飛翔能力が保存されやすい疾病だと言われているにもかかわらず、大概の飼い主は手遅れになってから持って来るという所です。つまり、やけに初期病変が見付けづらく、決定的な状態に成ってからでないと気付いてもらえないのです。

 みなさま、だいたい同じ顛末を辿ります。寒い日が続いたある日、ふと気が付くと鷹の翼の先端が濡れている。WingTip(翼端浮腫)の時に翼端に発生する水泡が破れて、中の液体の漏出が始まったのです。この時点で、病勢は進行しておりまして、「フライトキャリアを失う」と外国では言うそうですが、先端にある初列風切羽のおおよそ3枚程度までが不可逆的な影響を受けております。毛根(もうこん)ならぬ羽包(うほう)という構造が、細胞レベルで死んでしまっているのです。その時点では、風切羽を支えるソケット状の構造が残っておりますから、鷹は飛べるし、痛くも痒くも無い様です。しかし、この異常は血流障害による物なので、次第に先端部分の構造が「融解」と呼んでいいレベルの壊死を始めます。飼い主によってはまるで気付かない事があるみたいですが、遅くとも春には、翼の先の無い鷹が出来上がります。致命的な経過を辿ることは無いはずですが、いったん失われた風切羽は元に戻りません。二度と生えてこないか、生えても成長しきらないで途中で抜けてしまう様になります。つまり、この病気は、発生させてしまった時点で、「使役鳥としての死」を鷹に体験させてしまうのです。

 WingTip(翼端浮腫)の予防は簡単で、「夜間から早朝にかけて、鷹を暖かい場所で過ごさせる」だけです。要は、霜焼けが発生する寒い環境の中で、一晩鷹を(みじ)めに過ごさせたりしなければ良いのです。寒さ対策の一環として、「寒くなったら水浴びさせるな(濡れたら急いで乾かせ)」といった付帯事項を加えることも出来ます。


 風さえ吹いていなければ、私の住まう土地は常春(とこはる)の半島です。私は、寒くなるとわんわん(わんわん)を連れて、ドライブの旅に出かけるのが猟期の日課でした。「寒い」というのはつまり、風の吹いている日です。とにかく強い風なので、体感温度があり得ないほど下がります。私の暮らす渥美半島を含め、三河湾一帯の北西の風がぶつかる地域の冬は、かなり「寒い」場所です。この寒さは、風の吹かない根雪(ねゆき)の積もる雪国の寒さとは別種のもので、体表にある熱が次から次へと奪われ続ける独特で過酷な環境を鷹に提供します。これがよろしくない。ところが、気温だけ見れば、同じ土地には真冬に向日葵(ひまわり)が咲いているのです。

 向日葵(ひまわり)を咲かせるのは、実は簡単なのです。「北側に建物があって風が遮られ、その南側の畑には向日葵が咲いている」「風は遮るが、日光は通過させるビニールハウスの中」といった条件さえあれば、その場所は暖かくなります。特にビニールハウスの中は、真夏の如き暑さです。「風さえ無ければ」というのが大事で、次に「日が当たれば」と続きます。

 私がわんわん(わんわん)を連れて出かける理由は、風除けがあって日が当たる車内で、無駄に鷹に過ごしてもらう時間を作る為なのです。体を芯から暖める時間さえ作ってしまえば、後は少しくらい寒くてもポカポカしているのは人間も鷹も同じです。もちろん、夜間は暖房が入れっぱなしに成った屋内に移しますが、なにぶん当地だと明るい時間帯が寒く感じる日が多すぎるのです。


 午前の診療が終わると、その先はわんわん(わんわん)の時間です。清掃を済ませてある箱の中にわんわん(わんわん)を入れ、車で出かけます。病院の建物の中も、それなりの暖かさがありますが、屋内というのはつまり日陰で、体の中心から温まったりが無いのです。この点、車内は違います。

 光線過敏の問題から、私は紫外線を避けねばならない身の上ですが、幸いにして、車内はUVカットが機能する上に、猟期とは紫外線指数が年間最低値の頃です。事実、夏頃と違い、少しくらい出かけただけで後々現れる手足の不快感、倦怠感が現れにくく、薬がその不快感を抑制しているのが体感されます。独特な「手足がポカポカする」感じがして、疼痛が緩和され続けているのが分かるのです。その所為(せい)で眠くなる人は眠くなったりするらしいのですが、私の場合は車の運転に()(さわ)りはなかった様です。「どうやら、そういうことらしい」となり、さすがに以前の様に夕方の診療時間ギリギリに帰ってくる様な事はしませんが、夏頃の様な極端な引きこもり生活はしなくなりました。いくらかでも鷹と一緒に出かけられる暮らしというのは、幸せなものです。


 単純に風が無い日なら海や水田地帯のど真ん中といった何も無い開けた場所で、風のある日は道々(みちみち)風を(さえぎ)る場所がある山林などの近くで車を停めて、鷹を出します。周囲を確認するなり、わんわん(わんわん)が凄い勢いで自ら拳を蹴って飛んで行くのは、「もうその場所では飛ぶだけ」だと理解しているからです。全力で飛んで行って、ある程度飛んだらターンして元の位置に戻ってまいります。その場所でしばらく飛ばしてもいいのですが、カラスが集まってくるとこちらこそ迷惑です、さっさと次の場所へ移動して、同じ事を繰り返します。ちょうど、ロッジで温まりながらゲレンデに行って滑って帰って来るスキーヤーのそれと同じ事をやります。

 鷹に、体の中心からポカポカする状態を1日の内しばらくの間だけでも体験させたくてやっている行為ですから、体が冷えきってみたり、濡れた鷹が寒さで(みじ)めになっていじけている状態を体験させたりしない様にします。この点、実猟に連れ出すときとは違います。鷹の健康の為にやっているだけなのです。猟期とは言え、毎日獲物に出会える訳ではまいりません。こうやって、なんとなくドライブをして帰ってくるだけというのが、主な猟期の過ごし方です。


 ちなみにですが、オオタカにはWingTip(翼端浮腫)という病気がなく、寒いのが平気な鳥種なので、朝一番くらいのどうかすると薄暗い寒風吹(かんぷうふ)きすさぶ()直中(ただなか)に出かけ、餌を与える為の日課として飛ばして帰って来ます。そういう時間帯に出かけても、やはり光線過敏の影響は無い様に感じております。猟期とはすなわち、私の為に「鷹をやれ」と誰かが用意してくれたみたいな季節だった様です。

挿絵(By みてみん)

向日葵の花言葉は「あなたに夢中です!」で、合ってますか?


参考文献

猛禽類治療マニュアル2024,KDP,2023


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