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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
10章

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猟野にて 未亡人とわんわん

 私は男性ですが、その昔「まだ死んでない」と書くのが「よろしくない」と言われる様になり、使われなくなった寡婦(かふ)を指す言葉に「未亡人(みぼうじん)」というのがありました。「なるほど意味がおかしかったのだ」と気付いたのは、つまり、私こそが「未亡人」と呼ばれるべき人間だったからです。「まだ死んでない病人」とは、確かにその様に呼ばれてしまう側面がある。

――――――薬を飲むのを全部止めたら、「何ヶ月生きていられるんだろう?」という身の上です。


 私の皮膚筋炎という病気の主たる治療は、免疫抑制剤によるものですが、その関連で他にも飲む事になった薬の種類と量がとにかく多くて、血液検査上の数値の問題を脇に置いたとしても、各種身体的に体感される異常に悩まされる事になりました。

 食べ物の味が変わる味覚異常は、私から食べる楽しみを奪ってしまいました。原因と成りそうな薬が幾つもある事が分かり、「止められるはずもない」と納得するしかない事も分かりで、私は「食」を諦めたのです。ところが、服用を続けなければならない免疫抑制剤の一つであるステロイドは、患者の食欲を亢進させる傾向のある薬で、「食べたい」という欲求だけは残ってしまいました。本当に、どうにもならないで、無駄に太って行く自分の体重を眺めながら、減量に勤しむ事になりました。

 ステロイドの副作用には色々ありますが、精巣重量を減らして男性ホルモンの分泌に影響を与えるという問題があります。私は妻帯している訳でもないし、年齢もそこそこなので関係ないつもりでおりましたが、実は骨粗鬆症を誘導する原因がこの男性ホルモンの不足であり、私は男性ですが女性の高齢者の様に入院当初から骨粗相症治療薬を飲んでおります。

 男性ホルモンの減少は、私の読書傾向に大きな影響を与えた様です。その昔、悪名高き「ジャパニメーション」という言葉がありましたが、今も昔も日本のサブカルチャーは「エロスとバイオレンス」から成る物です。「どの作品」という事も無かったのですが、いわゆる暴力シーン、残虐描写とかでない普通のもの、時代劇の殺陣とかでも構いません――――――ちっとも、面白くなくなってしまったのです。色々な作品がありますが、「エロ」を使って笑いを取るコミックなど、本当にたくさんある事に気付きましたが、なにが面白いのか分からなく成りました。「血湧(ちわ)肉躍(にくおど)る」と申しますが、そういう作品を読んでも視聴しても、感動する心と言うよりも反応が無くなってしまうのです。元々、女性向け作品の中にも読んでいた物がありましたが、恋愛を扱った作品が特に駄目に成りました。面白くないのです。

 正直、嫌な気持ちになりました。もしかしたら、薬が直接的に脳に影響を与えて、割と感情の起伏が起きない様にしていた可能性もありますが、「出来たら()めたい」、本当にそう思いました。食べる物の件もそうですが、私を構成している何か、「人間」が削られていく様な気持ちになるからです。


 ある日、わんわん(わんわん)と一緒に狩りに出かけました。

 かつて、私の住んでいる地域には数多くの獲物たちの姿を見ましたが、それも今は昔の話です。行く先々でかつての残滓(ざんし)を眺め、ヌートリアツアーとしゃれ込み、無駄にあちこちを逍遙(しょうよう)して巡りました。


 何が悪くて獲物を見かけなく成ったのか、推測の域は出なくとも心当たりはたくさんあります。

 ひとつは、高病原性鳥インフルエンザ(鳥インフル)の流行です。この病気は養鶏業界への影響が大きかっただけでなく、全国シェアナンバーワンを誇る豊橋市内のウズラ農家に壊滅的な影響を与えてしまいました。なにしろ、他の地域でウズラをやっている所が猛烈に少ないのです。もう何回そんな事があったか言えなくなってしまいましたが、長期間に渡ってウズラ卵はおろか餌用ウズラの供給が途絶えるという、全国的な影響がありました。他にも理由はあったかもしれませんが、こういう事も原因だったのでしょう、豊橋市内だけでなく田原市内でも、鴨が飛来する可能性のある池の水が抜かれる様になりました。後に残ったのは、まるで生き物を見かけない空池(からいけ)です。もちろん、他に移動出来た生き物たちは移動したでしょうが、その場所が安住の地とは限りませんから、最終的にもっと余所へ移動してしまったのか、残された自然環境の範囲で生きて行ける個体数まで数を減らして「まとまった」のか、やはり鳥インフルに罹患(りかん)して死んでしまったのか、とにかく「鳥」という生き物を見なくなりました。

 東日本大震災以降で始まったと記憶しておりますが、海沿いの堤防や護岸の工事も少なくない影響を与えたはずです。足元で鴨などを見かけた水路があっても、その真上でいつ終わるともしれない工事が年単位で続く様に成りました。「昔は、ここを通り抜け出来たのだけど」というルートが幾つも駄目になり、毎日五月蠅(うるさ)くしている所為(せい)でしょう、周辺の河川や水路で見かけた無数の鴨たちを1羽も見なくなりました。毎年飛来のあったコハクチョウたちが姿を消したのは、間違いなくこの工事の影響だと思います。その内に戻って来ることを期待していたのですが、いつまで経っても工事が終わらず、このままだと私の余命が尽きてしまう方が早そうな塩梅です。

 こちらは時期としてはコロナ禍の頃でしたが、浚渫(しゅんせつ)工事の影響もあったと思います。浚渫工事というのは、河川に放水路としての機能を取り戻させるべく、生えている草や木を刈り、堆積している土砂を取り除く工事です。文字通り「(あら)(ざら)い」持って行きますし、実は上流でこの工事が行われると下流一帯に猛烈な影響が出てしまい、生き物達があらかた姿を消してしまいます。なぜか、コロナ禍以降でよく実施される様に成り、何本もの河川・水路が生き物を見かけない場所に成りました。余談ですが、私の住んでいる地域にコウノトリの飛来があった事があるのですが、よくこの鳥が居座っていた河川のわずか20メートルほど上流でこの工事が始まってしまい、かなり長い間居てくれた鳥だったのですが、耐えられずに2日ほどで姿を消してしまいました。

 渥美半島であった、豚熱の発生もよろしくない影響を与えました。家畜伝染病予防法の法改正の影響もあったのかもしれません。牛・豚・鶏など、いわゆる家畜や家禽を飼う施設では、厳重な目張りが施される様に成り、小さな小鳥すらそういう施設から出る餌を利用することが出来なく成りました。堆肥や鶏糞の処理についても変えたところがかなりあり、とにかく野鳥が集まる要素がフィールドから消えたのです。もちろん、畜産農家にとって死活問題ですから、この変化は徹底的でした。さらに、頻繁にあった鳥インフルの流行や、豚熱の発生、そしてコロナ禍以降で始まった飼料の高騰は、そもそもの畜産農家の事業継続意欲を削いでしまったので、「そろそろ、やめにするわ」といって廃業してしまった所がかなり出たのも、野鳥が数を減らした原因に成ったことでしょう。

 ひと頃流行(はや)った、健康ブームというのも駄目でした。何故か人間というのは自然のある場所に集まる習性があるらしく、わざわざ鴨が居付いてもおかしくない水系付近に現れては、何人も同じ場所を何往復も歩くのです。気が付くと周囲にあった草が1本も無くなってしまった踏み固められた地面を見て、それがおそらく猟期以前から何ヶ月も続いた行為であった事を悟ったこともありました。実は「人が歩く」という行為は、鳥たちにとって大層なインパクトに成るのです。私たち鷹をやる人間は、「決して水路沿いを歩いて獲物を探さない」という事を心がけます。「何もかも居なくなる」からです。今ではそういう水路や河川沿いに人を見かける事は無くなりましたが、当時の影響は残っていて、元の草生を取り戻して草ボウボウに成ったその水路沿いには、何年経っても鴨が戻りません。

 「よくぞこれだけ書けるものだ」と言われてしまいそうですが、道路の開通、宅地の造成、大型商業施設の建設、工場や集荷場の建設といった開発も、数多く行われました。たしかに、その昔その周囲の水路には鴨を見たし、カラスだってたくさん居たのです。特に太陽光発電の施設については、広大な面積を占拠してしまう上に周辺にフェンスを張り巡らしてしまいますから、利用出来る野生動物が皆無になります。元はそこが養鰻(ようまん)業者の露地池(ろじいけ)跡であったり釣り堀であったりという場所にはかなり生き物が居たし、周辺の水路でも色々と見かける理由に成っていた訳ですが、全て失われてしまいました。いいえ、使われなくなっていた野生動物たちが棲む耕作放棄地を全て塗りつぶしてしまうほどの効果もありました。「分断要因」と言いますが、太陽光発電施設はフェンスを設けるので、その場所だけの話ではなく「通り道」が無くなるという効果があるのです。あの施設が出来てから、私は周辺でキジを見た記憶がありません。

 これが一番最近で、最後くらいになるでしょうか?外来生物であるヌートリアの侵入は、深刻です。あの生き物は、年中その場所に居着いて、鴨やバンといった、本来その水系を利用していた鳥たちの住処を奪ってしまいました。いちおう狩猟鳥獣の一つですが、あまりにも巨体で、鷹で獲る様な生き物ではありません。ただ居てもらったら困る、迷惑な生き物です。それを、至る所(いたるところ)で見かける様に成りました。


 カルガモを見付けたとき、「もう、これが最後かもしれない」と思いました。海洋にはたくさん()りますから、カルガモが絶滅しかかっているほど数を減らしている訳ではないのですが、地形上の問題から「捕れる場所」というのが限られてしまい、その場所が残っていて次のシーズンもカルガモがその場所に入る保証が無いのです。決して、私の余命の問題だけではない。

 水路は細く2メートルに満たないくらい、周辺にフェンスは無いけれどアシが障害物になっている。ただし、水路沿いに草が残っているだけで、周辺を普通に歩く事が出来る場所です。水深は30センチほど、上に立つ可能性の大きな場所です。

 初めて、わんわん(わんわん)とこの場所に来たときは、周辺には建物なんて(ほとん)ど無くて、整地こそしてあったその場所にはポツンとキジが居たりしました。今では、水路の間際(まぎわ)まで草が刈り込まれ整理された、住宅密集地の中を流れる元農業用水路です。いえ、まだ100メートルほど上流に行けば、農地が広がっておりますか。

 水路沿い、草の刈られた場所を足音を殺して水面に近付きます。少し離れた場所から見ているので、アシに隠れているつもりのカルガモは、動きません。いかにも離れた場所を歩いて通り過ぎる様に見せかけ、そこから90度向きを変え、水面に近付き声をかけます。驚いたカルガモは、見事に棒立ちしました。そこに、わんわんを羽合(あわせ)ます。虚空に舞うカルガモに、空中で絡みつき対岸に落ちました。カルガモは大きくチカラのある鴨なので、その状態からでも何とか水面に辿(たど)()いて、潜って逃げようとします。つまり、鷹ごと水の中に逃げ込もうと、必死に成ってこちら水面側にカルガモとわんわん(わんわん)が戻ってまいります。いいえ、その途中で、わんわん(わんわん)に完全に頭部を押さえられて身動き取れなくなりました。

 少し傾斜になっている場所まで差し掛かっていたので、バランスを崩して水路側に落ちられたら勿体(もったい)ない。私はザブザブと水路に入り対岸に辿り着き、翼を組んだ鴨と鷹を良い感じの平らになった場所に移します。獲物が大きくて、あまり抵抗しないときのわんわん(わんわん)は、一緒になって獲物を押さえていてくれる相棒です。私が仕度をしている間中、わんわん(わんわん)は頭部を何度も握りしめ、ブチブチと羽毛を引いています。私は、ゆっくりと落ち付いて口餌を用意して、据え上げ(すえあげ)を行いました。


 ある種の多幸感なんでしょう。鷹が獲物を捕らえた瞬間を見てると、つかの間、色々な物が消し飛びます。静謐の中、ほうと息をつく、そんな瞬間を味わいます。私はこれが好きで実猟をしている様なものなのですが、色々な楽しみが病で奪われてしまった中「まだ自分には、削れてない()()が残っていたらしい」と思いました。ちゃんと楽しかったのです。死にかけの病人と頑固へそ曲がりな老鷹一羽、これぞ一人一据(ひとりひともと)、そんな一幕でした。

挿絵(By みてみん)

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