猟野にて カラスとわんわん
わんわんでカラスを獲る。それほど難しい作業でないのは、鷹が諸々「分かっている」からです。
雌の鷹なら、物事はだいたい「力づく」で片が付きます。これは、ハリスホークがオオタカでも同じです。とにかく、「つかまえたら放さない!」。これで終わりです。「大味」というのはつまり「大ざっぱ」という意味で使っておりますが、雌の鷹の狩りはその辺かなり大味です。これがオオタカだと、まだスピードもあれば細かなマニューバが見られますが、ハリスホークの雌だと、体が重くどうしてもフワフワとした飛翔になるので、短いレンジで獲物の虚を突いて体当たりよろしくパパンと捕る機会が増えてしまい、見応えに欠ける感じに成ってしまいます。
その点、雄のハリスホークは飛ぶし速いし上がるし、さらに小回りの効いた動きを空中でやってのけるので、かなり縦横無尽で立体的な猟芸を披露してくれますから、見応えがあります。オオタカの弟鷹・兄鷹も同じくらいの事をやってのけますが、調教の関係で痩せさせて使っている事も多く、一方でハリスホークは高めの肉色で使える事の多い鷹なので、どうかするとハリスホークの方が元気で鋭性にシャープで切れる様な飛翔で以て獲物を捕らえる姿を披露する事があります。もちろん鷹次第の話ですが、一度見てしまうとハリスホークに対する認識が改まる事でしょう。
雄のハリスホークの弱点は、体格の小ささと力の無さです。捕まえてからが駄目なのです。小柄な都市部で見かけるハシボソガラスや、滅多に見かけませんがミヤマガラスならば、問題ありません。体格的に、なんとかしてしまいます。ところが、同じハシボソガラスでも、農村部や海浜で見かける連中はやけに大きいのです。さらに、ハシボソガラスよりも大型な、ハシブトガラスも同じ様な地域が住処となるカラスです――――――つまり、私の住んでいる場所の事です。連中は、大きくて、力が強く、なんなら頑丈で、そんなカラスは簡単につかんでいられる物ではありません。
雌の鷹は、カラスの反撃を力づくで解決します。渾身の力で獲物の頭部を胸を握りしめ、息の根止まるまで待ち続けます。とにかく凄い握力なので、じきに身動き取れなく成ってしまいます。ところが、雄の鷹にはこれが難しいのです。特に相手がハシブトガラスだと、たぶん翼で振り払われる形に成ったんだと思いますが、空中で絡みついたと思った鷹が、地面に落ちた途端に「吹っ飛ばされた」のを見た事があります。「鷹が自信を無くすから、雄にはブトを狙わさない方が良い」と言う人がいる程度に、このカラスは相性がよろしくないです。
そうは言っても鷹は鷹、カラス連中が鷹を嫌って攻撃的に成る様に、鷹もあの黒い鳥たち相手だとムキに成るらしいのです。中にはカラスを嫌って捕らない鷹もいるそうですが、私の知る範囲内で、カラス相手に「顔色を変えて」突っ込んで行こうとしなかった鷹を存じません。あの獲物だけは何か違うのです。
わんわんは、雄のハリスホークとしては大柄ですが、やはり雄で、捕らえきれない大きさのカラスが、たくさんおります。しかし、そこは鷹、なんとかしてあの黒い悪魔どもを退治しようという執念は人並みに有しております。老練な鷹は、上手に据前を利用します。
鷹が空中のカラスに絡みつき、地面に落とします。「誰か助けに来てぇ~!」と言わんばかりに叫んでいるのは、カラスです。わんわんでは、ありません。しかし、私にはわんわんがそう言っている様にしか聞こえない。「はやくはやく!手伝って!」と。
こういうとき、わんわんの姿勢も、カラスの姿勢も、独特です。なぜなら、互いの足を目一杯に伸ばして相手の体の一部(たいがい足)をつかんで、まるで「いやいや」をするみたいに、お互い顔だけは必死になって遠ざけて離していようとします。
上手に「つかまえた」ときは、鷹の足の指がカラスの口の中にあります。口角の部分、上嘴と下嘴の間に指を入れると、そこだけは怪我をしないし、相手は逃げられなくなるしで、完璧な捕獲が成立するのです。
ところが、カラスの方も自分がそうされたら終わりな事が分かっているので、自ら姿勢を変えて足を出し、鷹の足をつかんで何とかして捕まらない様にします。その様は、「その足を出してくるな!」と、鷹の足が飛んで来ない様に、出来るだけ鷹から顔を遠ざけながら両足で踏ん張る「いやいや」の姿勢に見えます。
一方で鷹の方はというと、カラスに足を握られてしまっているので、口角の間に指を入れてガッチリ頭部を拘束する事に失敗しているのです。この状態では、今度はカラスの方が、あの巨大なクチバシで自分を突いてくるかもしれません、咬んでくるかもしれません。だから、カラスから顔だけは守りつつ、隙あらば頭部をつかみ直すべく、頑張っている訳ですが、相手が放してくれません。やはりその姿勢は、「いやいや」に成るのです。
阿呆な話ですが、実は鷹の方でまるでカラスがつかめていない事があります。近付いて行ってみると、カラスの方が攻撃を避ける為に鷹の足をつかんでいるだけで、頭に血が上ったカラスは「それを離したら逃げられる」ことに気付いていない。そのまま、私が素手でカラスを「捕まえて」やると、ようやくカラスが鷹を放し、自由に成った鷹が「パッと離れ」、私がカラスを拘束したのを確認してから地面をテクテク近付いて来て、「あらためて」獲物への攻撃を開始した事があります。「虎の威を借る狐」「漁夫の利」、そんな感じですね。
こういう「手伝って、捕らせてあげた」という捕り方はそんなにありませんで、普通は私が近付いて行くまでに、カラスの方で気付いて鷹を放して逃げられてしまいます。「なにくそ!」と言わんばかりに、拘束が解けた瞬間にカラスを追いかけて行くわんわんも大したものだと思いますが、さすがにそれでカラスを捕まえる事が出来た事はありません。
大概は「痛み分け」とでも言えばいいのか、鷹がカラスの胸か足をつかみ、カラスも鷹の足を握りで、両者それ以上「次の一手」を打つ事が出来ずに膠着状態に成ったところに、私が介入します。なにしろ、カラスの次の一手というのはクチバシによる攻撃なので、鷹が危ないのです。介入とはすなわち、カラスの攻撃力を奪うという事です。
本来なら、「据え上げ」という正式な作法に則り鷹から獲物を受け取るのですが、カラスだけは別にしています。なにしろ鷹が危ない。世間には、鷹にとっての危険性を顧みずにカラスばかり捕らせる鷹匠もおりまして、そういう鷹の治療を依頼されるのが獣医師である私の仕事――――――ですが、「満身創痍」すぎて鷹が可哀想に見えるくらい腫れた傷だらけです。カラスは爪が鋭い鳥種ではないはないので「握られた」だけなら鷹が嫌がるだけで実害がありませんが、握られたが最後、次はクチバシが飛んで来て「突かれ」「咬まれる」のです。だから、ゆっくり鷹に任せていると、その間に反撃を受けてしまいます。当然ですが、雑食性のカラスのクチバシは汚い上に「切れる」ので、それを半端ない咬合力でやられた日には、かなり傷が腫れる事に成ります。
まず、獲物の翼を組んで、逃げられないようにします。翼を足で踏んで、自分の両手をフリーにします。優先順位の高そうな方、つまりその時点で危ない感じのする方、足かクチバシを、バキバキと折ってカラスを無力化します。足については、足の指を1本ずつ折って外すという方もおられますが、私の場合は、有無を言わせず一気に脛足根骨部分で2本、ボキリボキリです。もちろん、強いチカラをかけるので、間違っても鷹の方に影響が無い様に、折った拍子に爪が引っかかって鷹に傷が付くとかですね、そういう事が無い様に折ります。クチバシについても同様に、右手の指を近付けて咬ませ、既に鷹の指が入っているときは鷹の邪魔に成らない様に「こじ開け」、そのまま両の手で上下に一気に「開閉」してしまいます。こうすると、上嘴か下嘴のどちらかが折れて、咬む事が出来なく成るのです。
この時点で、カラスによる拘束が緩み、危険性が下がったのに気付いたわんわんは、つかんでいた諸々を全て放して「パッと」離れます。それはもう、小気味良いほどです。しかし、ものすごい遠くに逃げて行ったりする訳ではなく、一足一刀の間合い、何かあったらカラスを逃がさないで押さえる事の出来る、私が押さえているカラスのすぐ前で待機しています。なんなら、共同作業のつもりか、今の内の復讐なのか、無防備に成ったカラスの胸あたりに、繰り返しゲシゲシと蹴りを入れたりもしています。
わんわんの「仕事」を眺めながら、私は口餌を用意し、上から鷹の足元を隠すようにして差し出します。「終了の合図」です。鷹はそのまま、慣れた動作で拳の上に乗り口餌を食べ始めます。あとは、翼を組んだカラスを鷹から見えない位置に隠して、停めてあった車まで戻ります。これにて「据え上げ」終了です。
入院前、最後の実猟の折り、やはり獲物はカラスで、連れていた鷹はわんわんで、私、この据え上げを完遂する事が出来ませんでした。なんとなれば、素早く動けない、地面に上手くしゃがめない、カラスの足が上手く折れない、クチバシはそのまま、そんな感じで、いつもなら手早く済ませて現場を立ち去るだけだったのですが、「ここに鷹がおる!仲間が襲われているぞ!」と、何処からともなく目ざとく見つけたカラスが集まってきて上空が真っ黒、少し遠くを見やれば電線の上にも鈴なり数珠つなぎのカラスの列、とにかくえらい騒ぎにしてしまって、帰って来ました。
試しに獲ってみたカラスで、思った以上に普通に据え上げが出来た私は、「しばらくは何とか成るのかもしれん」と思ったのでした。
写真は、学校飼育動物のお仕事で往診を依頼された際に、小学校の向かいの畑で見付けたオオタカです。なんと、カラスを捕らえた瞬間に出くわしたのです。




