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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
9章

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放鷹雑記 赤い鷹

鷹の雑学。

 江戸時代以前には、「赤い鷹」の絵がたくさん描かれておりました。鳥種はオオタカ。色調は白地に赤。赤は、ハリスホークなどで見かける「赤(茶色)」と同系統です。幼鳥は黄鷹(きだか)とも呼ばれるくらいですから茶色をしておりますが、鷹斑(たかふ)の様子からなんと成鳥なのが分かります。今どきなら、ネット上で公開されているので、そちらから実際の絵を見る事が出来ますが、何とも色鮮やかな美しいオオタカたちで、もしも実在するならば欲しがる人もいるであろう、そういう鷹です。

 ハリスホーク、レッドテールホーク(アカオノスリ)、アプロマドファルコン(オナガハヤブサ)、アカトビ、シロガシラトビなど、現代では、全身あるいは羽衣(うい)の一部が「赤い」猛禽類がおり、それらをお金を払って入手する事が出来ますが、こうした鳥種が江戸時代以前に流通していたとは考えられず、それらしい絵も残っておりません。あくまで、赤いのはオオタカなのです。


 赤い鷹の記述を文献の中に求めるのであれば、かなり古い時代まで(さかのぼ)る事が出来ます。なんと、鷹書の中にそれらしい記述が見付かります。桃花鷹(あかたか)、大赤鷹、大赤白、小赤白、ホラ貝の白(ホラ貝は内側が赤い)など、絵画の題名にもなっている、そういう「赤」を連想する記述です。「ところが」となってしまうのですが、その赤い鷹は「白い鷹」の説明の中に書かれている「赤」です。これはどういう事なのでしょう?

 文献を読んだ当時の人たちも相当悩んだとみえて、結果として白地に赤を散りばめた、独特な美しい鷹の絵が描かれたらしいのです。決して、そんな鷹が居るはずもないけれど、床の間を飾る芸術品としては、十分に機能しただろう、それ程の絵です。

 江戸時代に編纂された『観文禽譜』の著者の堀田正敦(ほったまさあつ)という人は、当時の幕府若年寄を務めた方で、身分もあり、武士で、つまり「お殿様」です。実際に鷹を扱う機会もあったであろうその道の大家が、「今按(いまあん)ずるに」と、独特な語りで(もっ)て「赤い鷹はないだろう」という趣旨の事を残しております。「ない」と明言している訳ですから、「昔の日本に赤い鷹がいた」というファンタジーは成立しないはずです。そう、実はニホンオオカミのように、江戸時代よりもっと過去に絶滅した種だというのでもなければ。

 私が、鷹書というものの一部が、その昔の昔、江戸時代よりも昔にばら撒かれたハウツー本の成れの果てではないかと思うに至った理由が、この辺りにあるのですが、(私には無理でしたが)読む事は出来たとして、「それが何であるか分からない」情報が多すぎるのです。なぜか、秘伝の書という割にはやけに情報が世間にあって、しかし中途半端で、何処を(つた)ってもその内容を完全に補完する事が出来ない。何らかの事情で、そういう情報が大量に巷間(こうかん)利用出来る状態で存在していた事があったのではないかと、考えたのです。


 詳しく述べると無駄に文章が増えてしまうので、結論のみ述べる様に致します。もちろん、これは私の考えです。

 鷹書には複数がありまして、その中には、絵画の「赤い鷹」の全身像にある名称を、実は尾羽の名称として説明している物がありました。そういう文献が成立した経緯は不明ですが、もしかしたら家紋に使用する図案であったとか、それくらい実在するとは考えられない模様の描かれた「鷹の尾羽一覧」という物です。

 この情報が「文字だけ」で伝わってしまった結果、絵師たちが想像たくましく創作した全身像へと至ったのだろうと、私は考えました。当然、そのオオタカは架空の物です。大赤鷹、大赤白といった鷹の絵が、それに該当する様です。一人の人間がそういう創作をした訳ではなく、ホラガイ白の鷹、ホラ白、貝生の鷹といった、いくつかの書物の中で、一部は一致するものの微妙に異なる表記・描写を見つける事が出来ます。つまるところ、「赤い鷹」にはネッシーの想像図なみに実物が存在しなかったその結果だと、私は思ったのです。

 何よりも違和感を覚えたのは、鷹書の中で「白い鷹」の説明がされているはずの項に、色の付いた鷹の説明が見付かるのです。「()()紫鷹(しほ)桃花鷹(あかたか)」という鷹です。ここでは省きましたが、紫の鷹の()もあります。

 これらは全て昔の書き方で、本来、「蒼鷹」は、「おおたか」と読みます。つまり、「蒼鷹(しろ)」について説明されている項で、「蒼鷹(おおたか)紫鷹(しほ)桃花鷹(あかたか)」という名称に出遭った事情を知らない人たちが「どういう勘違いをしたか」という話が、「赤い鷹」の創作へと繋がった様です。「読めるはずもなかろう」と思いましたので、私は鷹の名称に振り仮名を付けておりますが、原文にはそんなものは無いのです。何とでも誤解することが出来ます。

 その昔、「蒼鷹(おおたか)」は雌の鷹の呼称でした。現代では「ダイ」と呼ばれます。紫鷹(しほ)というのは、雄の鷹を示す「ショウ」の事であると『観文禽譜』にあります。昔の人たちの色彩の表記は現代と異なりますが、「赤」というのはつまり茶色の事で、「黄鷹(きだか)」と呼ばれる幼鳥の羽衣(うい)の色です。

 現代では、「雌成鳥・雄成鳥・幼鳥」という意味で、「弟鷹(だい)兄鷹(しょう)黄鷹(きだか)」と書きますが、「白い鷹」、つまり外国産のオオタカの弟鷹(だい)兄鷹(しょう)黄鷹(きだか)について説明していただけの項が、誤解によってあらぬ方向へと成長を遂げたらしいというのが実態であったと、私は考えました。つまり、その方が情報に整合性が生まれるのです。


 桃花鷹と書かれた鷹は、昔の人たちにとってもロマンを掻き立てられる名前だったのでしょう。春の頃に神事慶事贈答などに用いた鷹の呼称であるとか、そんな記述も見かけます。

挿絵(By みてみん)

参考文献


絵本鷹かゞみ, 金花堂, 1879←鷹の絵.国立国会図書館のデジタルアーカイブで閲覧出来る.

仁義理古武志←鷹の絵.国立国会図書館のデジタルアーカイブ.

宮内省式部職編, 放鷹, 吉川弘文館, 1931←国立国会図書館のデジタルアーカイブ.

堀田正敦, 江戸鳥類大図鑑 よみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』, 平凡社, 2006

鷹書研究会, 鷹の書─諏訪藩に残る『鷹書(大)』の翻刻と注解─, 文化出版, 2008

二本松泰子, 真田家の鷹狩り 鷹術の宗家、祢津家の血脈, 三弥井書店, 2023

石川県立美術館所蔵『架鷹図』https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/shosho/←鷹の絵.


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