放鷹雑記 白い鷹
鷹の雑学。
古来より、日本人は白い鷹を好んだようです。「古くは○○という文献にあるとおり…」などと講釈を垂れる必要も無いくらい、日本中に白い鷹にまつわる故事・伝説の類を見付ける事が出来ます。
紛らわしいのですが、『白鷹伝』は山本兼一さんの小説です。『白鷹記』は古書です。実は私、「いわゆる白鷹記」と言われたらどの本の事で、内容がどう成っているのかまでは存じません。著者の異なる白鷹記があるらしいのです。ただ鷹の流派あるいは鷹書について書かれた文献を読んでいると、『白鷹記』というタイトルが頻出するので、その名前を覚えているだけです。南北朝時代の頃、『嵯峨野物語』という鷹書をものした二条良基という公家さんが書いたとされる『白鷹記』が、一番それらしいのですが、現代語に起こした物を読める訳ではないので、何もかもが謎の侭です。
実在した人物で、小林家鷹という人は、現代まで続く諏訪流放鷹術の初代という事になっております。この小林家鷹が主人公として書かれた小説が『白鷹伝』です。かの『信長公記』の中にも白い鷹の記述があるそうで、『白鷹伝』はそういう記述をモチーフにして作られたのでしょう。他にも、『信長公記』には角鷹のエピソードもあったと記憶しておりますが、織田信長公の鷹にまつわるエピソードは今もかなり残って伝わっており、この人は鷹狩りを好んだとされる徳川家康に並んで、本当に鷹狩りを愛した戦国武将だった様です。どうでもいいうんちくですが、『白鷹伝』の鷹狩関連の記述は、当時の諏訪流放鷹術17代鷹師田籠善次郎という人が監修している。作中、やけにその辺りの記述が真に迫っているのは、「ちょっと詳しい」では済まないくらいのプロ中のプロのチェックが入っているからです。
実はこうした「白い鷹」、かなり謎なのです。明らかにそれと分かる、全身が白い亜種シロオオタカは、留鳥ではなく、本邦に数多く飛来する鳥種でもありません。当時の日本人が、その辺で捕まえて来て使ったかのと問われれば、無理があります。
現代日本においてなら、「白いオオタカ」の入手は容易です。そもそも海外産の個体は、日本で見かける「日本産亜種Accipiter gentilis fujiyamae」より色の薄い個体がたくさん居りますので、それだけでも「白い鷹」と言えなくはありません。さらに、「シロオオタカ」という商品名で売られている事が多いですが、世間で見かける「シロオオタカ」は、実際にはシベリアオオタカとシロオオタカの亜種間雑種で、純粋なシロオオタカではありません。しかし、見事なくらい真っ白な個体がたくさん居ります。
書物によっては、眉が白いオオタカのことであるとか、ハヤブサのことなんだという解説をしているものもあります。学術の方から正しくアプローチした上での結論ですから、あたら疎かにしていい意見ではないのですが、鷹書にも色々ある所為か、しっくりこない時がある。やはり、絵の1枚もあれば良かったのにと思うでしょうか?
私の手元にあるのは引用解説された現代版ですが、江戸時代に描かれた『観文禽譜』という図鑑には、やはり白いオオタカの絵があります。こちら、絵によってはシロオオタカの幼鳥の様ですし、絵によってはオオタカの白変個体に見えます。普通のオオタカであっても、成鳥を真正面から見たらかなり「白い鷹」です。絵としては素晴らしい物で、昔の人たちの「白い鷹」への憧れを強く感じさせられます。しかし、写実的な絵が残されていたら良かったのですが、当時の絵は写実性からかけ離れている物が少なくなく、伝承から想像で描いたのか、実際の鷹を見て描いたのか、全く分かりません。絵師にその気があれば、目の前にある本来の鷹の羽毛の色を、別の鷹の絵の色使いと照合しながら他の色に変えて描いている可能性すらあるのです。もちろん、それは不正行為とかではありません。
門外不出の秘伝書であるところの『鷹書』には、白い鷹に関するうんちくが書かれております。私が「憧れ」という表現を使うのは、現代文に訳された鷹書を読んだ影響があります。おそらく、その成立年はそれなりに古い本であるはずの鷹書ですが、「鷹」という枠の中に、わざわざ「白い鷹」というジャンルが設けられており、「ああしろこうしろ」と長々と説明があるのです。
「私に言わせれば」と断ってしまいますが、現代に残るこの本、もちろん全て同じという事はなく、かなり色々違い、研究者の方たちが調べているほどの文献群です。ところが、理解出来る範囲で内容を吟味してしまうと、少なくとも一部の鷹書は、当時書かれた「鷹狩りのハウツー本」の成れの果てなのではないかという疑念が消えません。つまり、なまじ古書であったばかりに、ありがたがられて秘蔵されてしまった「能書き本」の類ではないのかと、思った事があります。他でもない、私が自費出版でそういう本を書いた事があるからこその感想ですね。もちろん、能書きに問題があるという話ではなく、難解で理解が及ばない箇所は多々あれど、やけに具体的に見えなくはない解説のある「白い鷹」というジャンルの存在が、私は気になったのです。
私の考えを申し上げるのであれば、「白い鷹」というのは外国産のオオタカです。国内の物よりも色が淡いので「蒼鷹」を意味するはずの表記に「蒼鷹」という書き方がされたのではないかと推理します。こういう考えを裏付ける為には、当時海外からオオタカが輸入されていた記録が残っていれば良いだけの話なのですが、それが分かりません。現代日本であれば、鷹の年間輸入量を、財務省の統計品別推移表といった公開されているデータから簡単に知る事が出来るはずです。いちおう、江戸時代の将軍綱吉の時代に、朝鮮通信使によりオオタカの献上が行われたという記録なら読んだ事があります。しかし、鷹書が書かれたであろう時代はさらに昔になるので、よく分からないのです。鎌倉時代に、あるいは平安時代に、「朝鮮半島からオオタカを○羽輸入した」といった記録が残っていたら、それだけの話なのです。そこが分からない。口伝レベルで、戦国時代以前には既に朝鮮半島産のオオタカが使われていたという、「○○私信」と言われる情報があるだけです。
おおよそで、いくつかの鷹書が成立した時代であろう鎌倉時代の末頃までに、既に海外からオオタカの持ち込みがあった。それを「白い鷹」と呼んだのではないかというのが私の私見で、「白い鷹」に対する回答、「一説には」というそれです。
参考文献
本文中に紹介のあった物を除く。
堀田正敦, 江戸鳥類大図鑑 よみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』, 平凡社, 2006
鷹書研究会, 鷹の書─諏訪藩に残る『鷹書(大)』の翻刻と注解─, 文化出版, 2008
根崎光男, 江戸幕府放鷹制度の研究, 吉川弘文館, 2008←江戸時代にあった,朝鮮半島からオオタカの献上の記述.
環境省, オオタカ識別マニュアル 改訂版, 2015
三保忠夫, 鷹狩と王朝文学, 吉川弘文館, 2018←白い鷹について説明がある。
二本松泰子, 続々・松代藩の祢津氏伝来の鷹書, グローバルマネジメント 第7号, 2022←こちら,伝本の一つになるのでしょうか,現代の文字使いに起こした『白鷹記』が読める.




