猟野にて 飛梟様無双4
とにかく、飛梟は1年目のハンドレアードなのです。経験が足りず、雛が辿るべき「行動発達」の過程が、まだ途上にあります。本来の巣外育雛期を経た本当の巣立ち雛とは行動が違う所を、鷹匠が教育して一人前にして行くのです。猟期とはつまり、雛の独立に必要な「獲物を捕る」という最終ステージを合法的に教えられる時期なのです。あくまで実猟の形式をなぞるだけですが、ここから確かに鷹が鷹らしく感じる様に成っていきます。
ある日、農地を貫く狭い放水路に、半矢の上手く飛べないマガモを見付けました。「これは獲れる!」、そう確信して、鷹を据えながら水路に沿って鷹からカモが見える様に近付いて行きます。なにしろ水が浅い、飛びついたら何とか成る上に、相手も警戒していない。
さにあらず。パーンと飛んで行って、「やった!」と思ったのは捕らぬタヌキの皮算用というもの。水面で躊躇い、みさご羽(ホバリング)、カモの頭上の地面に降りる。行け!あとちょっとで勝利だ!私の方で回り込んでカモの行く手を塞ぎ、鷹の方に押し込む様に誘導してみたり、鷹を拳に呼んで据えながら追いかけてみたり、こんな時、とち狂った鷹なら逆に私に向かって攻撃を仕掛けてくる事もあり得ますから、餌を使って拳に呼んだりしません。「止まり木」である拳に「乗れ」といって拳を差し出すだけです――――――いつもの様な、拳に戻った瞬間に経験する興奮はありません。ジェスも捌かせています。いい感じに気持ちがカモに向かっています。
あとちょっと、あとちょっとという所で水中に潜られ続け、その度に拳に戻し、「初めての鷹との一体感」を味わいながら、おおよそで150メートル以上か、もしかしたら200メートルほど追いかけたでしょうか、水路がくの字に曲がった先で排水管の中に潜られて隠れられてしまい、出せなくなってしまいました。30センチくらいでしたが、カモが水面から翼を使って浮かび上がったときが、一番夢が見れました。皮膚筋炎で間質性肺炎のある身ですから、途中からは息切れは酷い、太腿は上がらなくなるわでえらい事でしたが、楽しい時間を過ごせたと思います。この頃からです、鷹の挙動が変わってまいりました。
本来なら、捕れる獲物を紹介して、鷹に成功体験を積み重ねていくのが「やり方」です。特に雄はそうします。何かの弾みでへこたれたり諦めたり、し易いからです。現実には、それほどカモを見かける機会が無く、次点で水路にたむろするカラスが狙えたら御の字というところ。もちろん、近付けるはずもないので、遠くから鷹を投げるだけです。居れば、カモの方がよほど近付けます。
そんな鷹が、マガモを取り逃がして以降、距離はあってもカラスの群れに羽根を割る様に成ったのです。それはつまり、「捕りたい」という鷹の意思表示です。もちろん、水路が水田でも、地面にたむろするカラス連中は、こちらに気付くとすぐに飛び立ってしまうので、鷹がその場所に辿り着く頃には何も残っておりません。
しかし、鷹の方はそうでもなく、水路に残った何かを、獲物に見立てて蹴ってみたり掴んでみたり、する様に成ります。もしかしたら、水面や地面に映る自分の姿や影に反応した結果なのかもしれません。それは、ある時は木片であり、ある時は小石であり、到底獲物と呼べる物ではありませんが、鷹にとっては「獲物」なのです。「捕った!」、そんな声が聞こえてきたかと思うほど、鷹は普段と違う行動をしております。私の目的とする所とは違いますが、これは一種の成功体験であり、「次」の行動発達を促す刺激になっていくのです。
意外に思うかもしれませんが、カルガモは海洋でよく見かける生き物です。昼間は海に居て、防波堤や桟橋の上にたくさん集まって寝て過ごします。これが、夜に成ると水田地帯に現れて、落ち穂を食らいます。私は、車を停めて鷹を出し、そういうカルガモの群れを遠くから鷹に見せたり、群れに向かって歩いて行って鷹の反応を引き出したりしました。万が一、飛んでいったカモに向かって鷹が追尾していく事態となれば、掴んだ先で落ちるのは海ですから、絶対に大緒を放したりはしません。こうでもしなければ、獲物となるものを「見せる」機会すら無かったから、こういう下地作りに精を出したのです。
あるときは、路上に肉も残っていないツミの死体を見付け、これを捕らせました。近付いて行っても鷹が反応しなかったので、足で蹴り出すと、「逃げた」と思ったのでしょう、反射的に羽根を割って飛び付き、羽毛を引き始めます。しばらく経って、「獲物」と交換する為の口餌を用意したら、「据え上げ」です。正直、獲物らしい物を見せても反応らしい反応をしない時の方が多かったですから、「捕ろうとはするらしい!」と、内心快哉を上げるほどでしたが、落ち付いて、何食わぬ顔で鷹から獲物を受け取ります。
生きた鳩が手に入るなら、そちらで「丸嘴飼い」を行っても良かったのですが、幸か不幸か鳩という生き物は人獣共通感染症の保菌に始まって色々と不衛生になりがちで、病気の関係で薬を飲んでいる身としては、扱えなかったのです。むしろ、身も残っていない死骸の方が「安全」だと思うほどに、まずいのです。ちなみに、入院時に私は飼育していたインコ2羽を手放しておりますが、この時同時に餌用に保持していた鳩も全て手放しております。いざとなれば触ってしまうかもしれませんが、微妙に鬼門な鳥種に成ってしまいました。
対象は生きた鳥とは限りません。口餌は鷹の足元で囓らせる餌の全てに使う総称ですが、パーツによって羽節(片翼)、足界(レッグ)と呼んだりもします。風の強い日に、うっかり落としてしまった鷹が囓っていた羽節を拾おうとすると、「とられる!」と思ったのでしょう、鷹は途端によろしくない声で鳴き始め姿勢が崩れ、こちらに飛び付こうと準備を始めます。私は、鷹が飛び付いてくる直前に、風下に向かってウズラの羽節を放ります。強い風が吹いておりますから、その口餌は風に乗って10メートル以上流されて行きます。そちらを鷹が視認した瞬間、羽根を割ったのを確認してから鷹を放り「捕らせ」ます。今度は取り上げたりしないで、羽節を食い尽くすのを待ってから、ゆっくりと拳に戻します。こうやって、フィールドでは「こっち」じゃない「向こう」だと、私ではない方に向かって興味を示すべきなのだと、鷹に習慣化を促していきます。




