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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
8章

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猟野にて 風の名前は臆病風

 渥美半島名物と言えば、「冬の偏西風」でしょう。とにかく一日中、馬鹿みたいに強い北西の風が吹き続けます。もちろん、この偏西風というのは地理の授業で習う偏西風ではないのですが、とにかく一方的に24時間休みなく向きを変えることもなく吹き続けるので、そんな言い方をする人がいます。

 人間の体感温度は風速1メートルにつきマイナス1度と覚えておりますが、おおよそ風速4メートル程度までは周囲は穏やかで暖かく「風」を感じる事はありません。だいたい、風が吹いて「寒さ」を感じる様に成るのは5メートル以上からです。時々吹く風ではなく、一日中吹いているから余計にそう感じるのでしょう。割と冷えます。

 冬季、外気温が10度を下回る季節に成り、1日中5メートルを超える風が吹き止むこと無く吹き続く様に成りますと、それは体感温度で5度以下という事に成りますから、かなり寒い日々が当たり前に成ります。海の近くなので、強い風が吹く日は多く、地元民にしてみれば風速9メール程度までなら「そういう日もある」という予測の範囲内です。もちろん、そんな日は滅茶苦茶寒いです。それでも、観光渥美には「常春(とこはる)の半島」というコピーが使われている程度に地の気温は高いので、氷や霜とは縁がありません。しかし、出稼ぎに来た人が「北海道よりも寒い!」と叫ぶくらい、体感上の寒さは別なのです。


 猟期とは、そんな季節なのです。風が吹かないはずはなく、寒くないはずはありません。しかし、狩猟鳥獣に限って、鷹で獲物を捕っていい季節なのです。その日も私は、飛梟(とび)を連れて猟野へと出かけました。「猟野」などと格好の良い事を言いますが、つまり鳥獣保護区以外の場所の事です。法律上、この場所でだけは「捕獲行為」が禁じられているので、余所でやります。猟期を守って狩猟鳥獣を捕る限り、鷹狩りというのはフリーな捕獲方法で、銃猟みたいに猛烈にウルサイ法規制の対象となったりしません。


 「さあ、今日こそは猟果を!」、初鳥飼(しょとりかい)もまだの若鷹です。その辺で手慰みに飛ばすのを主にするつもりで飼い始めた鷹ではありますが、獲物の1羽も捕らせてみたいのは人情というもの。あくまで鷹は鷹として、手元にあるのは「鷹」でなければなりません。車中の箱に入れるべく、(あらかじ)め屋内で発信機を付けた鷹を拳に据えながら、玄関をガラリと開けました。

 一歩表に出るなり、ものすごい風です。昨晩から吹いていた風が止んでおらず、ゴオゴオとして「ちょっと、うるさいな」とは思っていたのですが、「拳の上で鷹がジッとして居られない」、そういう強さの風でした。何なら、カラスやトビが建物の2階の高さより低い位置でしか飛んでいられません。


 あわよくば獲物をというのはオマケの様なもの、そもそも毎朝の日課としてその辺で飛ばして帰って来るのが目的のお出かけです。これでは、到底実施出来るとは思えません。思案した後、風で吹き飛ばされない様に、口餌(くちえ)をかけて鷹を車内に連れて行きました。元より、私の方に光線過敏の問題があるので、UVカットの効いた車内で鷹を据えて外の景色を一緒になって眺めているのは、日常の話です。車の中なら風が無いので、鷹を据えていられます。そのまま、「歩いて行くよりまし」という事で、強風に揺れる車を最徐行で移動させながら、海浜まで移動し、正に疾風怒濤(しっぷうどとう)とはこの事だという白波と風に揺れる海浜地帯の低木を鷹に見せ、近所をグルリ一周して戻ってまいりました。

 途中、風除けに成った防風林のある水路近くで車を停め、水路をのぞいて見たのですが、こんな荒天の日に限ってカモが入っている。しかも、何度もやる気無さ気に獲物を無視して電柱に上がっていた場所であったにもかかわらず、獲物を追おうとしている――――――いいえ、さすがに投げませんでした。こんな天気の日ですから、風を遮っていた木の無くなるその高さまで鷹が上がった瞬間に、どんな勢いで鷹が風下に「吹っ飛んで行く」か、分からないからです。


 その前に鷹が獲物をつかんでしまったら、勝利のファンファ-レが鳴る?いいえ、そういう無茶が出来ていたのは、昨シーズンまでの話です。当然の様に吹っ飛んで行った鷹を追いかける体力が、今の私には無いのです。

 助手席に放かって置いた受信機が、鷹に取り付けた発信機の放つ電波を拾う音を頼りに、風下に向かって車を走らせる。そこいら中で車を停めながら、東か南か、電波を確認しながら鷹と合流…!鷹の方でも爆風の中で姿勢を保ちながら、私の車を見付け、良い感じに風を御してこちらに近付いてくるのが見える!数十分ぶりの合流!そんな事がやれていたんですが、体にチカラが入りきらない今では、ちょっと試す気にもなりません。たぶん、強い風の中で、立っている事が出来ないと思います。危険と(たわむれ)れていたあの時が懐かしいですね。


 帰り道、ちょうど一際(ひときわ)強い風が吹くと、キャベツ畑の刈り痕に残されたキャベツの葉が一斉に舞い上がり、まるで畑に居たカモの群れが飛び立った様でした。鷹は羽を割っておりましたが、もちろん投げることなく、口餌(くちえ)をかけて戻ってまいりました。「こういう日もある」、そんな寒い日の朝の光景でした。

挿絵(By みてみん)

写真はオオバンという鳥です。農家にとっては、キャベツを食い荒らしに来る害鳥ですね。

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