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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
7章

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その後のわんわん

 「さらば!我が人生の伴侶よ!」、本当にやっておりましたが、回収から1ヵ月が経過した頃、ようやくわんわん(わんわん)復調(ふくちょう)を果たしました。「完了」には更に1ヵ月以上を要するのですが、「なんとかなった」という手応(てごた)えを()たのは、その頃です。私は妻帯(さいたい)しておりませんが、21年も共に過ごした鷹ともなれば伴侶(はんりょ)同然(どうぜん)で、この鷹の生存には感慨深い(かんがいぶかい)ものがあります。


 回収当初(とうしょ)、あまりにも痩せてしまった体躯(たいく)は、満足な飛翔を許さない状態でした。少しくらい多めに食べさせても、体重を維持するのがやっとの有り様(ありさま)で、様子見(ようすみ)の給餌から始めて確認して行ったところ、本来の給餌量の2~3倍程度という量を与えないと、「前日比、増体(ぞうたい)5~10g」を維持出来ないほどでした。つまり、545gまで落ちていた体重を、換羽が行われる680g以上まで持ち上げるのに、2週間以上かかったという事です。

 衰弱鳥の増体(ぞうたい)は、ゆっくりと少しずつ行います。そうしないと、例えば、与えた肉が多すぎると、体重だけ見れば「重く」成ります。ところが、これは無駄に嗉嚢(そのう)内に留まった肉によるもので、嗉嚢(そのう)は消化管ではありますが、この場所では消化酵素の分泌が無いので、内部に(たくわ)えられた肉がなまじ通過に時間をかけている間に腐敗を始めます。「前日に比べて奇妙な増体(ぞうたい)」と「鷹の体調不良」とくれば、それは食中毒の状態で、何なら細菌が産生した毒素を腸が吸収してしまいますから、鷹は致命的な状況に(おちい)ります(エンドトキシンショック)。もちろん、生命の危険があるレベルまで痩せてしまった鷹の話ですから、それなりの量の食餌を与えないで微妙な低体重を維持したら、少しくらい冷え込んで鷹の周囲温度(しゅういおんど)が下がったくらいでも死んでしまいます。このように、衰弱鳥の増体には「餌加減(えさかげん)」と「腹加減(はらかげん)」が(きわ)めて重要なものになります。


 食べさせていれば体力を取り戻すのは道理(どうり)で、鳴く(よう)に成る、鳴き声に力強さが戻るなど、いちおうの元気は出てまいりますが、如何(いかん)せん運動能力とはすなわち筋肉量の事ですから、こちらはすぐに元に戻ったりはしません。とにかく、少しずつ馴染(なじ)ませる(よう)に体重を戻して行くのですが、過去に同じ体重の頃に確認出来ていたキレも無ければ飛翔距離も作れない、空中でバランスを(くず)しているのが見える、どうかすると地面に降りてしまう姿が頻繁(ひんぱん)に目撃されました。実際には重さだけがあって筋肉が無いので、体重自体が体の動きに影響する「重し」としてしか機能していなかったのです。

 計量上、一時的にそれくらいの重さがあるのではなく、腹の中が空っぽでも正味(しょうみ)それくらいの筋肉と体重(680g以上)があるだろうと成った頃には、1ヵ月くらいが過ぎておりました。その頃には、「復活」を印象付ける、水田1枚分程度の飛翔距離を一瞬で作ってのける、瞬発力のある飛翔能力が戻ってまいります。この時点で、回収の時点で失われていた尾羽(おばね)が、再び生えてきました。


 調教したハリスホークは、年月(ねんげつ)()ると換羽中でも飛ばせる(よう)に成ります。ロスト前に(すで)にフリーフライトを行っておりましたが、この時点で、脱落した尾羽の羽包(うほう)からは新しい尾羽が伸長中(しんちょうちゅう)でした。回収後に確認すると、あったはずの伸びきった尾羽が2枚失われており、残った隣接する尾羽にある損傷の様子から、カラスあたりに羽毛を引き抜かれた可能性が示唆(しさ)されました。正常な換羽の過程を()て自然に脱落したのであればいざ知らず、強制的に引き抜かれた風切羽(かざきりばね)などの長羽(ちょうう)は二度と生えてこない事があります。そもそも、生えてきても次の換羽シーズンになる事も多いのです。ただし、今回の場合がそうですが、足腰立たないほど鷹を痩せさせた(あと)に大量に給餌を行いますと、短期間で一気に換羽が始まり終わる事があります。怪我の功名(けがのこうみょう)としか言いようのない話ですが、リセットにより羽毛が追加され、既に伸長中(しんちょうちゅう)だった羽毛も、一時的にエネルギ-供給が途絶(とだ)えてしまい低迷しておりましたが、だいたい生えそろいます。外観上の「復活」は、回収後2ヵ月頃にかけて終わりました。


 極限まで痩せた影響は、他にもありました。体内から、ポコポコと音がするのです。便宜上(べんぎじょう)稔髪音(ねんぱつおん)」と呼んでおりますが、これは、間質性肺炎などの哺乳類の肺の中の異常に対して使われる用語で、鳥類には、哺乳類の(よう)な横隔膜を使って肺を拡張させて呼吸する仕組みが無い代わりに、主に胸部の筋肉を使って気嚢(きのう)と肺を巡る空気の循環を作って呼吸しますから、この稔髪音の発生と発生部位について、哺乳類の場合とは異なる意義が提示されます。経験から、この「ポコポコした音」(「ブリュッ」という音がする事もあります)は、痩せさせた雌の「よく鳴くハンドレアード」で遭遇します。だいたい、詰めて数ヶ月経った鷹に多く、レントゲンを撮ると、内臓脂肪と消化管内容物が失われて「がらんどう」に成った体内に、残された臓器を押し退()ける様にして「最大限に」拡張した気嚢が体腔内(たいくうない)を占拠している様子が観察されます。

 どうやら、以前にも増して大量の空気の移動を経験する様に成った気道から発せられる音らしいのですが、意外に部位の特定は出来ないし、何か体調不良を訴えている様子も無いし、しかしかなり気になる音量で聞こえる様に成ります。実は、こういう相談は毎年の様にあり、「がらんどうがいけない」「身を戻すと消える(食べさせろ)」という説明をしております。あまり、死んだりとかトラブルを誘発してしまう事は少ないのですが、人の自然気胸(しぜんききょう)の様なものなのでしょう、気嚢破裂(きのうはれつ)が原因と考えられる皮下気腫に遭遇する事があります。治る事は治るけれど、時間がかかる上に、%のレベルで患者が死ぬので、「何がなんでも使わなければならない」といった事情でもないなら、ドクターストップにして、もっと穏やかな生活をして過ごさせます。

 体重さえ戻せば「大概(たいがい)問題無く終わる」とは言え、毎日体の中から音がするのを聞いている(わけ)ですから、決して気分の良いものではありません。この音が、音量や回数共に低レベルに成ったと感じられる(よう)に成ったのは、やはり1ヵ月が過ぎて新しい尾羽(おばね)伸長(しんちょう)が確認出来る(よう)に成った頃です。ふり返ってみれば、尾羽(おばね)伸長(しんちょう)()れて聞かれなくなって行ったと思い返されるのですが、それはつまり、その頃からようやく鷹の体内が「がらんどう」でなくなって行ったという事だったのでしょう。


 順調に、1週間ほどで()()()()()()治ってくれたのは、左脚(ひだりあし)の第3趾に見つけた傷くらいなものでした。こちらは、発見時(はっけんじ)触れると熱を持っていたのですが、投薬によって1週間ほどですっかり良くなりました。


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