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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
7章

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鶏鳴狗盗

 世の中、何が役に立つか分からないという意味で鶏鳴狗盗(けいめいくとう)の故事成語がありますが、(わたくし)、このたび皮膚筋炎という病を得るに至り、病気で投薬で、色々と日常生活に不具合を(きた)す身と成りました。ただ「出来ません」で終わって良いはずもないシチュエーションというのが多々ありまして、地味に困るので、以前より杖は突いておりましたが、様々な日常生活を支える自助具(じじょぐ)を使う様に成りました。「補助具」の方がイメージに合うかもしれませんが、こっちは別の道具類になりまして、患者なりが自分で使ってどうにかするのは自助具と言います。単純に「やり方を変更した」と言うべきなのかもしれませんが、とにかく変わったのです。


 例えば、(ハシ)です。微妙な手首の痛みから、刺身すら摘まんで食べるのが苦痛に感じる日がしつこく続く事があり、スプーンの事もあるのですが、(はし)の代わりにフォークを使って各種料理を食べる機会が増えました。介護用フォークを使う所まで不具合が進行したりはしておりませんが、うどんも蕎麦も、なんなら炒飯やカレー、粥とかも、フォークで食べる事が結構あります。やってみたら食べ(にく)かったので、焼き魚、煮魚、お刺身については、切り身であっても、頑張って(はし)で食べる時もあります。あと、おにぎりやサンドイッチは、やはり食べやすい食べ物だと思います。


 買ってみたら便利だった自助具(じじょぐ)には、ペットボトルの開栓に使うキャップオープナー、リンゴを切るのに使うアップルカッターがあります。

 信じられないかもしれませんが、左手にペットボトルを持って右手で(ふた)を押さえキュッと回す――――――いつまで経っても(ふた)が開けられないのです。握力が無くなるとそう成ります。時間をかけ何度も挑戦しても、手の平の皮膚が軽く()ける様な事態に成っても、まだ開けられません。これを、一瞬で達成させてしまうのがキャップオープナーです。

 実は、缶コーラを開けたりも長いこと出来ませんでした。キャップオープナーの中には、開缶用の突起の付いているタイプがあります。この道具のお陰で、再び缶コーラや缶で売っているノンアルが飲める様になりました。入院中の差し入れの中に、キャップオープナーを指定したくらいには便利でしたよ。なぜか、ホームセンターでは売っているのに、病院内のコンビニでは売っていなかった。カツラや医療用帽子まで売っていたんですがね?

 リンゴなんですが、当時の話、「真っ二つに切る」ことが出来なく成ってしまいまして、床にまな板を置いてテキトーに包丁をブッ刺し、これをイスに座って足で踏み抜いてリンゴを切っておりました。「あとは、洗ったら食べられるから♪」という訳です。いえ、原始人から復活するのは、中々大変でした。少しくらい回復しても、逆にリンゴを食べようとして手首を痛めてしまうので、カットリンゴをよく買って帰りました。(なが)らくそんな状態だったのが、アップルカッターを()ってから、再び自宅で自分が選んだ好きな種類のリンゴが用意出来る様に成りまして、「リンゴとはこういう味の食べ物だったのか!」と、ちょっと感動しました。意外にも、味覚障害があっても、リンゴは美味しく感じられることの多い食べ物でした。

 当たり前になり過ぎて忘れるところでした。退院後から私、靴ベラを使って靴を履く(よう)に成りました。「リンゴを切るときにイスに座って…」という話の続きです。靴ベラを使わないと、姿勢を上手に(くず)す事が出来なくて危ないので、靴が履けないのです。つまり、筋力が足りなくて、片足立ちが上手く出来ないから、リンゴを切るときにイスに座ってから包丁を踏み抜いていたのです。


 元々、眼鏡だ杖だと使っておりましたが、能力が足りないというのであれば、恥も外聞も無く使うべきです。その方が楽です。それでも使わないというのであれば、それは遠近両用眼鏡の様に作っても意外に役に立たないしむしろ不具合の方が目立ったとか、習慣から、どうにも採用しがたい変化を受け入れなければならなくなった時だけでしょう。

 退院後の生活の中で、短い期間に2羽の鷹をロストするという異常事態を経験した私は、逸失防止策(いっしつぼうしさく)(こう)じる事になります。当然ながら、「おかしい」のは私で、「元には戻らない」。どういう事情であってもいいけれど、何かあれば「事故を起こす様に成った」と見なすべきです。起きない方が良いに決まっておりますが、「起きる」という前提で、起きるとしたら何をどうしておけば最悪の結果を避けられるのか、そこを考えたのです。


 何をしたら良いか、割と悩みました。費用と時間をかけて鷹部屋(たかべや)を整理する事は出来るけれど、二重扉を設けるとか利点はあるもののメンテナンスに難がある。はたして、そんな物を作っても、私がそういう作業が出来るのか、いつまで生きていられるのか、とても怪しい。私が死んだら、解体撤去とかもしてもらう必要がある。

 結局、無難なところで始めたのは、紛失防止タグの使用と発信機です。どちらも元々使っていたのですが、何やかやで使っていない事も多かった、それを日常的に使う事にしたのです。

 紛失防止タグは、常に大緒(おおを)に取り付けたままにしておく事にしました。こうしておけば、「大緒(おおを)ごと飛んで行ってしまった」という事態に成っても、おそらくそういう時はオフシーズンであったり発信器なんか付いていないはずですが、しらみつぶしに周辺を探していけば、対象が動かなければ発見に至るケースが出てくるはずです――――――真砂(まさご)の時は、本当にそう成った可能性が高い。

 実は、以前にも、繋留状況の問題から、薬研(やげん)には年余に渡って紛失防止タグを使っておりました。ところが、ヒヤリハットも含めて、必要を感じたケースというのが全く無くて、ちょうど退院した頃に「要らない」と言って外してしまった道具だったのです。どのみち、大緒(おおを)をよく壊してしまう真砂(まさご)では使っていなかったのですが、「それはそれ」、何があっても大緒(おおを)には紛失防止タグを付けた物を用意して、繋留に使うべきという結論に至りました。今の私だから必要なのです。宮澤賢治(みやざわけんじ)の詩の(よう)に「役立たず」と呼ばれ続ける事にこそ意義がある、そういうアイテムです。


 発信機の使用については、今どきの猛禽類事情なら、フリーフライトには欠かせない必須アイテムです。残念ながら、時代の趨勢(すうせい)で、そろそろGPSに取って代わられようとしておりまして、機械自体の入手が難しくなっておりますが、まだまだ役に立つ鷹道具(たかどうぐ)である事に変わりはありません。本来の使い方とは異なりますが、こちらも、私がフィールドで気分が悪く成って車内に逃げ込むなどした時に、必要に成る訳です。軽く頭が朦朧(もうろう)としていて鷹を見失ったとか、普通に考えたら鷹をいじろうとする事自体が駄目でも、日常的にそんな感じの時も多い病人の場合、「普通に」過ごす為にこういう道具に頼った方が良くなるのです。飛梟(とび)をいじっていて、そう思いました。雑にやれる分、気楽なのです。(わずら)わしい部分もありますが、発信機の装着、スイッチのオンオフ、こうした行為を許容させる鷹を作る事も、新たな楽しみの一つとするべきでしょう。


 意外なところで、「フィールドに出たら指さし確認」を始めた事も、断っておいた方が良いかな?前後左右を確認して、何か見当たらない音がしない、それを確認してからでなければ鷹を出さないという事です。『鉄道員(ぽっぽや)』という映画で高倉健さんがやっていた「しゅっぱ~つ、しんこ~う」、あんな感じのやつです。

 そして、特に通院の日は、鷹を据えながら頭の中が他の事を考えていると感じられたり、普段と違う体調の異常が追加されていると感じられる様だったら、「鷹をいじらない」。これが一番大事な逸失防止策(いっじつぼうしさく)なんでしょうね。

挿絵(By みてみん)

写真はミサゴとトビです。身近な猛禽類という意味では、どちらも国内最大級です。

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