足革を切り出す
足革というのは、読んで字の如く足に巻き付ける革ひもで、基本構造は1本の紐です。西洋の足革は本当にそんな感じなのですが、日本のそれは持ち手部分に手取という膨らみのある構造を付加してみたりと、割と細かな工夫と細工が為されております。本来の足革は、飼育器具と言うよりは使役の為の道具で、鷹を投擲するのに都合の良い様に道具として整えられた物です。背景として、西洋ではハヤブサによる鷹狩りが主流で、こちらはゆるりと拳からスタートさせるだけですので「投げる」という行為に工夫を凝らす必要がありません。一方で、日本の鷹狩りは主としてオオタカを獲物に向かって投げて捕らせるというスタイルで、こちらは「投げる」という行為に工夫を凝らす必要と余地があったのです。
おおよそで、120年ほど前かそこらという事になるでしょうか?20世紀初頭、第一次世界大戦の頃に従軍経験のあった人物で、「アイルメリ」という鷹匠がおりました。この人は、従来あった革ひも1本で構成されている「伝統的な足革」に改良を加えまして、現在ある「アイルメリ方式」という足革、すなわち「アンクレット」と「ジェス」という二つの構造に分かれたタイプの足革を普及させます。正確には、この人物が直接的に普及させたのではなく、この方法を知った人たちが改良版を普及させたというのが実態だった様ですが、この人から始まった事に成っております。ところが、いえ、実はと申し上げるべきか、「アイルメリ」という人名は残っているのですが、巷間言われている様に第一次世界大戦に従軍した「Guy Aylmeri」という人物が、この「アイルメリ」と同一人物なのか後世の人達の後付けによるものなのか、現在では上手く追えなくなってしまっております。ご本人も、まさかそんな事に成るとは思いもしなかった事でしょう。それでもともかく、アイルメリ氏は「アイルメリ方式」という世紀の大発明で以て、その名を鷹狩りの歴史の中に残したのです。
さて、今どき「足革」と言ったらアイルメリ方式なのです。具体的には、初期アイルメリ方式に対して「修正型」と呼ばれた方式です。脚部に巻き付ける皮革に2つ穴を開け、この2つにハトメを通して固定して一体型の「アンクレット」とします。これに連結する「ジェス」は、着脱式に成っており、本来「jess」とは足革の事なので、このジェスを握って鷹を投げたり、ジェスに大緒を通して鷹を繋留したりします。
滅多にある事では無いのですが、旧来の一体型の足革だと、フィールドで木の枝などに絡みついた場合、鷹が外す事が出来なくてそのまま回収出来ないで死亡してしまう事があるのに対し、ジェスを鷹のチカラでも抜いてしまえるアイルメリ方式の方が、万が一の場合生存率が上がるというのです。本当にそんなケースがあるのかと聞かれたら、「誤差の範囲くらいなら?」と答えてしまうでしょうが、鷹の世界ではそういう事になっております。
実際には、繋留型の飼育をするのに便利だから使われているだけでしょう。ハトメに挿入されているジェスは、伝統的な足革と違い絡んだりしづらいので、かなり「安全」なのです。そして、アンクレット部分はまだ使えるのに、ジェス部分が劣化してしまっている場合、これを頻繁に交換する事で足革全体の交換を避ける事が出来ます。中には、フィールドに鷹を連れて行く際に、繋留用と飛翔用のジェスを付け替えるとか、そういう事をなさる方もおられます。実際に、アンクレットのハトメには、色々なタイプのジェスを挿入して使用する事が出来ます。
アイルメリ方式の足革には、従来カンガルーの皮革が使用されてまいりました。御存知、オーストラリアに生息する野生動物です。その昔、この動物が増えすぎてしまい、肉はドックフードに皮革は靴などにと、色々な利用が為されていた時代があったのです。いつの頃からだったか、世間でオゾンホール云々という事が言われる様に成った頃ではなかったかと記憶しておりますが、オーストラリアは「例年」干ばつや森林火災にみまわれる様になります。こんな自然環境に成ってしまいますと、野生動物であるカンガルーは、絶滅の危機に瀕するという事もなければ、資源としての供給が途絶える事もなかったのですが、「かなりな」影響を受ける事に成った様です。あるメーカーは「品質が維持出来なくなった」として、カンガルー肉が使用されていたドックフードの製造販売を止めてしまいました。鷹の世界でも、年々強度のあるカンガルー皮革という物が入手困難になっていき、気が付くと「薄い」「短期間で、ものすごい伸びてしまう」「千切れる」といった素材しか入手出来ないのが当たり前に成り、これでは鷹の繋留が行えませんから、カンガルー皮革の使用に見切りを付ける人たちが現れる様に成ります。しかたのない話です。かつては、サッカーの高級シューズは軽くて丈夫なカンガルーの皮革製だったそうで、「そんな時代もあった」と、ため息を漏らすしかない、そんな昔語りが、このアイルメリ方式の足革にはあります。
こういう経緯で以て、代替素材として主流になっていったのが、人工皮革ないし合成皮革の使用です。両者は厳密には違う素材らしいのですが、私は「合成皮革」と呼んでおりました。合成皮革には、カンガルー皮革には無いメリットがありました。まず第一に、非常に変形の少ない素材で、カンガルー皮革と違い伸び縮みがありません。いつまで経っても、同じ長さと幅のジェスが維持されます。第二に、カンガルー皮革の様に時間の経過と共に硬化しません。硬化したカンガルー皮革製のジェスは、挿入されている真鍮製のハトメ(つまり金属で出来ている)を磨り減らしてしまうほど硬く成るのですが、これが無いとアンクレットの交換回数が減ります。つまり、合成皮革製のジェスは、いつまで経っても「軟らかい」のです。こういう素材は、突然ジェスが切れるといったイベントを発生しづらくしてくれますから、長期の繋留に適しています。
こんな事を書きましたが、ひとくちに「合成皮革」と申しましても、硬度耐久性その他、かなり色々な製品があるそうで、中には使用を控えた方が良い素材もある様です。私の使っている素材が、たまたまこういう特徴の製品だという事です。
さて、皮膚筋炎なのです。なんやかやでチカラが足りなくて、今後それほど頻繁にアンクレットやジェスの交換が出来ないし避けたい我が身に成りました。カンガルー皮革のジェスやアンクレットの素材は、それなりの量を保有していたのですが、ただ鷹を繋いで飼うだけならば、試用してみた合成皮革製のジェスは悪くない使用感を提供してくれました。この機会に、今度からは合成皮革の使用を主軸にしていこうという事に成りました。
入手した合成皮革は厚い物と薄い物、30センチx30センチで2枚ありました。以前なら、頑張ればカンガルー皮革半頭分からジェスとアンクレット用に裁断した皮革を切り出すくらい、半日もあれば出来たのですが、現在の筋力低下の我が身では、なんと、切り出しは休みながらの2日越し、切り出したジェス用皮革(それ程の本数ではない)を、形を整えジェスにするのに5日を要しました。チカラが無くて出来ないという事はなかったのですが、すぐに疲れてしまったり手首などが痛くなってしまい、休みながらでなかったら作業を終了する事が出来なかったのです。やはり、大緒の時と同じで、出来ないという事はないけれど「以前と違う」ことを、こうやって実感していきました。




