入院5
コロナ禍で耳にするように成った言葉で「行動制限」というのがありましたが、皮膚筋炎にも病気に由来する行動制限が幾つかあります。この辺り、医師の指示によるもので、「言わないといけないから」と断ってから言われた話であると、やはりお断りをしておかないといけないかもしれません。つまり、「無理筋」な内容も多くて、到底実行出来るとは思えない、もしも「やってしまったら」別な意味で深刻な問題をもたらす項目が、いくつもあったのです。
その1.「車の運転はしない方が良い」
私の場合、田舎暮らしで、退院後車を使わない生活は考えられない地域に暮らしていたのですが、「やめておいた方が良い」という事を言われています。「こうだから駄目」という具体的な事を言ってくれたら違ったのですが、結論を先に述べてしまうと「やはり駄目」ではありました。私の場合、退院当日には車の運転をしているし、それなりに運転は出来ていたのですが、手足にチカラが入らなくて、ハンドルを取られたり、ブレーキを踏むつもりが足が持ち上がってなくてアクセルを踏み込む、アクセルを踏んでいるのだけれどチカラが足りなくて60キロくらいで走っていた車がいつの間にか40キロ以下で走っている(後ろからクラクションを鳴らされて気付いた)━━━━━━そんな事をやらかしています。なんなら、退院後の1ヵ月くらいの間に作った車の傷や凹みが許容される数を超え(見るからに問題しか無い外観)、ステロイドの減薬につれて車の運転が安定しだしたのを機に、新車を購入してしまったほどです。
退院後、「先生も膠原病かね」ということで、御身内の方に膠原病の方が居た飼い主の方と話をしたことがあります。同じ病気ではなかったのですが、どうしても治療の内容が似通うので、生活に関わる苦労や思い出は共通する話題がたくさん出てまいります。私もふと気になって、「どれくらいで(病気で)亡くなりましたか?」と聞いてみたところ、飼い主の方は苦い顔をなさって「事故で死んでいるんだ」という事を話していかれました。つまり、居眠り運転です。私の場合も、病気の影響で疲れやすく、薬の影響で眠気に襲われる時間帯がありで、信号無視(実は居眠り運転)で違反切符を切られた事があります。
そう、うっかり車を運転させるとこういう危険があり、特に高速道路なんか絶対に利用したら駄目だという事を言われてしまう訳です。
その2.「仕事をしたらいけない」
理由は幾つもあります。私の職業は獣医師で、汚物あるいは感染症の原因となる諸々との接点が多すぎたのです。そして、病気の性質上、免疫抑制剤を常用しなければならないのですが、例えば臓器移植を受けて免疫抑制剤を飲むことに成った患者の場合、投薬量が減り、容態が安定して、「手術から半年くらいしたら」動物園や水族館に遊びに行くことが許可されるのだそうです。ペットとの同居にも色々と制限があります。
さらに、皮膚筋炎の患者は病気そのものとその後の投薬の影響で(ステロイド筋症)、筋力の低下や手指の震えが著しい事があります。例えば、楷書が綺麗に書けない時点で、細かな作業は難しいと言わざるを得ません━━━━━━退院後、指にメスを貼り付けるような真似をして手術をした事があります。「持とう」とすると、逆に手が震えだしたりするのです。
「そもそも」という部類の話ですが、皮膚筋炎は、常時筋肉が免疫担当細胞によって攻撃を受けており、筋肉が「傷んだ」状態が維持されています。この筋肉に「重い物を持つ」といった負荷をかけて。ぐいと引っ張ると、筋繊維が損傷してしまい、かなりマズイ事になる場合があります。冗談でなく、足の腱が切れたりするみたいですね。だから、ろくな労働をしたら駄目で、労働基準監督署だったかのガイドラインには「デスクワークしかさせたらいけない病気」という説明があったと記憶しております。
自己免疫性疾患の治療に必須なステロイドは、脳に影響を与える薬です。具体的には、認知機能や精神状態に影響を与える事があると言われており、入院直後より、私も、リハビリ科の医師からこの辺りの説明をしつこくされました。ステロイドハイ、あるいは抑鬱状態を経験しても、それは薬の影響なのだと、お酒を飲んでいる人が経験するような一時的な記憶力の低下(集中して取り組めば出来るのに、何故か咄嗟には出来ない記憶ゲーム)というものがあるそうです。私の知っている獣医師で、その昔脳梗塞で入院してしまい、退院してきたのですが、その後しばらく「直前に言った事を覚えていない」といった異常が続いた方がおりました(治療にステロイドを使った事が原因と考えられる認知の異常)。私は、表向き異常が出なかった方らしいのですが、知り合いの先生の様な状態であったら、さすがに仕事をしなかったと思います。
その3.「日の光を浴びたらいけない」
光線過敏症は、紫外線による言わばアレルギーで、しばらく直射日光を浴びているとさながら火傷のような外観が発生する疾病です。火傷を連想する激しい炎症が発生する訳ではないのですが、皮膚筋炎にも「光線過敏」があると言われます。具体的には日焼けの原因となるUVAという波長を浴びていると、それは外観上通常レベルの日焼けが生じるだけなのですが、体内の免疫細胞の活動を励起させ、様々な炎症系パラメーターの上昇と間質性肺炎の「再燃」を誘導します。良くてステロイドパルス療法のやり直し、悪ければ薬石効無くして死んでしまう事態を誘導するのです。だから、公園で散歩とかを控えるようにと指導されます。一つ救いがあるとしたら、ガラス窓にはUVカットが効いている物が多く、特に車のフロントガラスは80%程度紫外線を遮るそうです。普通の家屋のガラス窓は仕様によって様々で、「20%くらいから」ということで、かなり能力に差があります。「こういう事に気を付けて暮らしなさい」と言われた訳です。ちなみに、私の入院室は、当時わざわざ「日当たりの悪い北側の部屋」を指定されていた、それくらいの話です。
その4.「風邪をひかないように注意する」
悪化しやすくなるのか感染し易くなるのか、免疫抑制剤を常用しているのですから当然のことなのですが、実際には露骨な風邪症状のある人を遠ざけるだけで話は終わりません。どうしても人混みに揉まれる機会はあるでしょう。常識的には感染能力の強い「風邪」について気にするだけで良いように思えるかもしれませんが、「免疫抑制状態」というのは少々違いまして、私の場合健康な人が肺から排出するカビによって発生する「ニューモシスチス肺炎」にも注意を払う必要があり、普段から毎日、この感染を抑制するための抗菌薬の内服を余儀なくされております。私は獣医師なので関連があるのですが、毎年流行のある鳥類の高病原性インフルエンザは、養鶏場関係者など、異常な密度の鳥たちの中で仕事をする人たちに稀に感染者が発生します。普通はヒトには感染しません。ところが、このウイルスに感染した人間の感染者が生き残ったケースはとても稀で、「助かるような病気ではない」という事も同時に言われます。さらに、この病気は基礎疾患のある患者や免疫抑制剤を使用している患者だと感染が起きることがあり、海外で病鳥の看護をしていた人が感染して死んでしまった事例があります。
その5.「生モノを食べたらいけない」
幸い食べる機会の無い食品でしたが、生牡蠣の生食について「食べるな」と念を押されました。具体的には、生牡蠣を通じてノロウイルスに感染すると、とても重篤な状態に陥るそうです。厳密にやると、生サラダを食べたりしてもアウトに成るそうで、加熱調理済みの食品を食べるのが基本であると、説明を受けております。「いちおう」納豆は食べてもいいそうなのですが、やはり問題を起こしたケースはあるのだそうで、実は加熱がしてあっても問題になる事があるのだそうです。そんな食べ物の話を随分色々聞かされました。漬物とかは大丈夫?
━━━━━━もちろん、医師にしてもそんな話は想定外のことです。こうした諸々を『鷹』という枠に押し込んでみると、「なるほどこうなる」という話が出てまいります。退院後、私は様々な経験をすることに成るのです。いえ、入院中はまだ実感を伴うことが無く、頭の中で机上の空論を並べて過ごしていただけです。




