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第1章 星環暦817年~826年 第1話:観測対象1「ペットとして飼われる少女」

 ソランテが最初に降り立ったのは、ヒューマ国南部に位置する巨巌(きょがん)族の植民地"トルク岩区"だった。


 植民地といっても名ばかりで、実情としては共存地と呼ぶほうがふさわしい。

 巨巌族は、大きな岩を組み合わせたような体を持つ巨大種族だが、気性は極めて穏やかだ。断崖と岩窟に囲まれたこの地には、そんな巨巌族のなかでも人間たちに友好的な者ばかりが移住してきている。

 正確には、保護対象種族である人類に危険を及ぼしかねない思想の者は、連合国側の移住審査で弾かれるようになっていた。


 そのためこの地にいる人間たちは基本的に不自由なく生活できているのだが、今回は異常値――とあるひとりの人間が巨巌族から破格の厚遇を受けているという情報が入ったため、ソランテの向かうところとなったのだ。


 人類絶滅の観測官としてこの地に赴任したソランテは、軍服を脱ぎ捨て黒い神父服を身にまとい、“絶滅享受派”の宣教師になりすました。


 足を運んだのは、切り立った崖の中腹に築かれた豪奢な岩造りの館だった。巨巌族の、いわゆる富裕層が暮らす邸宅だ。


「こちらにお住いの人間ナリュさんへ、人類絶滅に臨む教えを届けに参りました」


 応対に出た執事――全長四メートルはあろうかという巨体――にソランテが叫ぶように伝えると、執事は一度館内へ戻っていき、また出てきて、ソランテを中へと通した。


 案内された部屋に入った瞬間、ソランテは絶句した。

 巨巌族サイズの広い室内で、あらゆる調度品に、ひとりの人間の少女――ナリュの姿が印刷されていたのだ。壁一面に並ぶポスター、カーテン、クッション、ベッド。

 それだけではない。ナリュを模したフィギュアやぬいぐるみが、キャビネットやデスクに所狭しと並んでいる。


 そのデスクの前に座っていたのが、この館の主人夫妻の息子、ドルドンだった。どういうファッションセンスなのか、額に赤いバンダナを巻いている。


 ドルドンは、自身の腰掛けた椅子ほどの身長もないソランテを見下ろして、怪訝そうに言った。


「オデのナリュたんと、話したいんだって?」


 マグカップを持ち上げて口元に運ぶ。カップの側面にも、笑顔のナリュが印刷されている。


「絶滅享受派だかなんだか知らないけどさぁ。ナリュたんはたぶん、そういう話、興味ないと思うんだよねぇ」

「それは本人に聞いてみなければ、わからないことです」

「わぁかるよ! オデはナリュたんの"飼い主"なんだから」

「いいですか、ドルドンさん。すべての人類には、心安らかに絶滅を迎える権利があります。ナリュさんが絶滅について、少しでも不安に思っているのなら、私は宣教師として彼女の心を導きたい」

「でもぉ」

「絶滅に臨む教えを受けることは、人類の権利です」


 ソランテがぴしゃりと言いきると、ドルドンは明らかに不機嫌な顔になる。そして、渋々といった様子でマグカップを置いた。


「まぁ、しょうがないから会わせてあげるよ。オデはちゃんと人権を守る良い"飼い主"だからね」


 ドルドンは立ち上がると、目の前に立つソランテを悠々と跨いで歩いていく。ソランテは小走りで巨体のあとを追った。




「ナリュたぁぁぁん! くつろいでるところ、ごめんねぇ」


 辿り着いたのは、ピンクのレースとフリルに囲まれたドールハウスのような部屋だった。調度品はすべて人間のサイズに合わせてある。


「あれれ、ドルドンしゃま、どうしたの?」


 彼女はふかふかのソファに脚を組んで座り、宝石箱のようなクッキー缶を抱えていた。それがクッキー缶だとひと目でわかったのは、彼女が中身をポリポリかじっていたからだ。


 ツインテールに結った漆黒の巻き髪に、猫耳型のカチューシャ。ピンクと白を基調としたミニスカメイド服をまとった人間の少女、ナリュ。

 連合国のデータによれば、年齢は十六歳。先の戦争で家族を全員亡くしていて、天涯孤独の身だ。


「その人、だあれ?」


 ナリュの焦げ茶色の瞳が、僅かな警戒心を持って、ドルドンの足元に立つソランテを捉える。


「ナリュたん、今日も……っ、尊いよぉ……そのメイド服、ああ、至高……ッ!」


 ドルドンは両手を胸の前で組み、頭を左右に振りながら身悶えている。ソランテは内心でため息をつきながら、巨体をよけて進み出た。


「私はソランテという。絶滅享受派の宣教師として、絶滅に臨む人間の心の不安を取り除くべく、この辺りを回っている」

「絶滅キョージュ派? 何それ。聞いたことない」

「絶滅享受派というのはつまり、人類が絶滅することによる世界的意義を認め――」

「ああ、いい、いい。あたしキョーミないよ、そんなの」


 ナリュが頭を振り、ツインテールの巻き髪がふぁさふぁさと揺れる。彼女はクッキーを口に放り込みながら、素っ気なく言った。


「絶滅とか100年もあとの話でしょ? あたしそこまで生きてるかどうかも、わからないし」

「それはそうだが、無関係ではないはずだ。『オルドナ宣言』により、人類には去勢の義務が課せられた。君にもいずれ、医療機関から召集令状が届く」


 ナリュの眉間に不穏なしわが寄った。しまった、とソランテは思ったが、もう遅い。


「うるっさいなあ。あたし今、幸せなんだよ? 意味わかんない説教なんかで邪魔しないでくれる?」

「いや、説教をしているつもりは――」

「ちょっと、ちょっとぉおお! ナリュたんが嫌がってる、でしょおがぁ」


 ドルドンが、にょいっと身をかがめて、ソランテを覗き込んだ。生温かい鼻息が掛かり、思わず顔をしかめそうになるのを耐える。


 巨大な岩男は、捕らわれのヒロインを助けに来たヒーロー然として言う。


「帰って、くれるかな。オデのナリュたんの精神衛生に悪いんで」


 ソランテは執事の手によって、文字どおり館から"摘まみ"出された。



   ◆


 翌日。再び館を訪れたソランテの姿は、昨日とは打って変わっていた。


 銀糸の髪には紅い牡丹の髪飾りがひとつ。同色のチャイナドレスは足元まで滑らかに伸び、片脚に入った長いスリットが歩くたびに揺れて白い肌が覗く。


 昨日は堅物に見えた執事ですら、ソランテがじっと見つめ、僅かに口角を上げただけで、心得た様子で主のもとまで案内した。


「え……ええっ!?」


 ソランテが現れた瞬間、眠たげだったドルドンの目は見開かれた。不躾な視線がソランテの全身を舐めるように上下する。


「オデ……オデはナリュたんひと筋っ……! でも、綺麗系のソラたんも……す、捨てがたく……っ」


 気色悪い呻き声を上げながら、巨体をよじらせてソランテにじり寄る。

 ソランテは駄目押しとばかりに頭上のドルドン目掛け、最上級の微笑みを見舞ってやった。


 巨体がぐらりとよろけて、壮絶な衝撃と共に尻餅をつく。


「ソ、ソラたんっ、いっ、いっ、一緒に暮らさない……? オデのペットとしてッ!」


 地響きを聞きつけたのか、別室からナリュが駆けてきた。


「なに? 何の騒ぎ?」

「ソラたん! オデのペットになってくれたら、欲しいもの何でも買ってあげるよっ」

「はあ? ドルドンしゃま、何言ってんのっ!? あんたの一番はあたしでしょ!!」


 ナリュが叫び、手に持っていた宝石箱のようなクッキー缶を、尻餅からようやっと立ち上がったばかりのドルドンの足の小指に投げつけた。


 イデデッ、と悲鳴を上げたドルドンは、慌てた様子で足元のナリュに(こうべ)を垂れる。


「ご、ごめん! オデが悪かったよ、ナリュたん! オデの一番はいつだってナリュたんだよぉ。……で、でもナリュたんだって、たまには人間の遊び友だちが欲しいでしょ? ね? ソラたんには、たまに遊びに来てもらうなんてどうかなぁ? ねっ? ねっ?」


 当人の意思を一切聞かずに話を進めるドルドンにソランテは呆れたが、観測対象であるナリュに近づけるのなら、との一心で、黙って成り行きを見守っていた。


 首の座らない赤子のように頭をぺこぺこさせていた岩の巨体はやがて、自らを"主人"と称し相手方を"ペット"と称したそのペットに許しを貰ったらしく、嬉々としてソランテを振り返る。


 どこから取り出したのやら、その両手の指先で、モノトーン調のゴシックロリータ衣装を吊るし掲げている。


「ということで……えっと、これ、次来るときに着てきてほしいなぁ……うへへ」


 ソランテは極上の微笑みを浮かべながらそれを受け取ったが、心中では冷え切った声で呟いていた。


 きもちわる……。

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