93話 失われた神々の声
春の旅路のなか、仲間たちはそれぞれの土地で、忘れられた神々――土地神や祖霊、アラハバキなど“奉ろわぬ神”の痕跡や警告に出会い始めていた。
それは、記紀神話に記されぬ、しかし日本列島の深層に脈打つ古代信仰の残響だった。
カナエ:月の巫女とアラハバキの祠
カナエは町外れの古い神社を訪れていた。
境内の片隅に、苔むした小さな祠がひっそりと佇む。
「ここは……“アラハバキ”と書かれてる。聞いたこともない神様……」
地元の老人が声をかける。
「アラハバキさまは、昔は道の守り神だった。今じゃ誰も祭りをしなくなったがな」
カナエは祠に手を合わせ、ふと頭上の木漏れ日に目を細めた。
「この場所だけ、空気が違う……。何か、忘れてはいけないものが眠ってる気がする」
老人は静かに語る。
「昔は旅人の無事を祈って、足腰の守りとして拝んだもんだ。だが、時代が変わり、祭りも絶えた。神さまは忘れられると、時々怒るんだよ」
涼太:地主神の警告
涼太は高天原伝承の残る村を訪ねていた。
村の古老が、山の奥にある石碑へ案内してくれる。
「この石は地主神、つまり“もともとこの土地を守ってきた神”のものだ。天津神が来る前から、ここにいた」
涼太は石碑に手を触れ、ぞくりとした感覚を覚える。
「地主神……。記紀には出てこないけど、土地ごとに違う神話が残ってるんですね」
古老が言う。
「天津神の時代になってから、地主神は“客人神”になった。けれど、忘れ去られると、土地が荒れることがある。
神話の表に出ない神々の声にも、耳を傾けておくれ」
カオル:畑の蛇神と祖霊
カオルの村では、田植えの準備中に不思議な出来事が起きた。
畑の脇に、蛇の抜け殻が何本も並んでいる。
「これは……祖父がよく“蛇神さま”の話をしてたっけ」
若手農家がつぶやく。
「昔は、田の神が蛇の姿で現れるって言われてたよな。今は誰も祀らなくなったけど……」
カオルは抜け殻をそっと拾い上げる。
「土地の神さまや祖霊を忘れたら、俺たちの暮らしも根っこから揺らぐ気がする」
レナ:ネットに現れる“奉ろわぬ神”の影
レナのSNSには、謎のアカウントから警告めいたメッセージが届く。
「奉ろわぬ神の声を聞け。忘れられた神々が目覚める時、世界は揺らぐ」
デザイナーが不安げに言う。
「これ、ただの都市伝説じゃないよね? 各地の“アラハバキ”や“地主神”の話が、ネットで急に増えてる」
レナは画面を見つめ、呟く。
「忘れられた神々の声が、現代に届き始めてる……。私たちが何かを見落としてるのかも」
サラ:祖霊の夢と土地神の囁き
サラは夜ごと、祖母や知らない祖先たちが夢に現れるようになった。
「サラ、土地の神を忘れるな。舞は神々への祈り。
天津神も国津神も、そして“奉ろわぬ神”も、すべて大地に宿る」
目覚めたサラは、祖母に夢の話を打ち明ける。
「昔は、村ごとに違う神さまを祀っていたの。忘れられた神々の声は、風や水や土の中に今も残っているのよ」
サラは舞の所作を繰り返しながら、土地神の囁きを心に刻んだ。
仲間たちの共鳴
その夜、仲間たちはオンラインで語り合う。
カナエ「アラハバキの祠で、不思議な空気を感じた。忘れられた神さまが、何かを訴えかけてくるみたい」
涼太「地主神や客人神……記紀に出てこない神々の声を、もっと調べてみるよ」
カオル「畑の蛇神や祖霊、俺たちの暮らしの根っこにあるものを大事にしたい」
レナ「ネットでも“奉ろわぬ神”の話題が急増してる。現代社会が見落としてきた何かが、今動き出してる気がする」
サラ「土地神の夢を見た。舞や祈りの意味を、もう一度見つめ直したい」
悠馬が静かに言う。
「忘れられた神々の声に耳を澄ませよう。きっと、次の“起源”への扉が見えてくる」
こうして、仲間たちは土地の深層に眠る神々の声に導かれ、
“記憶の橋”の物語は、さらに古く、深い層へと進み始めた。




